現代のものにはない色や柄、フォルムに無性に惹かれるのはなぜだろう。時間という魔法にかけられて、それらはとってもチャーミングな輝きを放つ。ヴィンテージを愛する人に“いちばんのお気に入り”を見せてもらいました。
クローゼットの宝もの 島津由行さんの19世紀チェコの刺繡ベスト
コルセット風の女性用ベストに、目が眩むほど緻密なコード刺繡。胸まわりには飾りボタンが並び、背面にも華やかな意匠が広がっている。
「1918年に独立する前のチェコで作られたものだと思います。手のこんだ装飾と丁寧なつくりから見て、貴族の服、それも150年以上前のものじゃないかな」 と語るのはスタイリストの島津由行さん。ロンドンパンクやアーミーものなどヴィンテージの目利きとしても知られている。1970年代に渡米したのを機に、世界各国を旅しつつ、土地土地のファッションに触れてきた。
「81年からの2年間は、パリで暮らしながらの放浪生活。モロッコ、エジプト、東欧と足を運ぶ中で、面白いと感じたのが民族衣装です」
その興味に拍車をかけたのがパリの蚤の市。ちょうどイッセイ ミヤケやコム デ ギャルソンといったモードの仕事を手伝い始め、レディスファッションの世界に目覚めたころでもあった。
「まだ夜明け前の暗い中、懐中電灯片手に、ひと山5フランの服の中からお宝を探し出す。時には見事なヴィクトリアンレースのついた舞台衣装に遭遇することもありました。見て触ってお店の人と会話するうちに、服の年代もわかるようになり、古着を選ぶ眼は相当鍛えられた気がします」
そんな折、マレ地区のヴィンテージショップで出合ったのがこのベスト。繊細な手仕事に惹かれて購入したそれは、店主の祖先がかつてチェコからパリへ亡命してきた時に携えてきた品だった。
「歴史とロマンを秘めた貴重なものだと知りました。ただ、僕にとってそれ以上に大切なのは純粋に美しい造形物であることです。スタイリングは白紙の状態から世界観を創造する仕事。撮影で衣装に使ったこともありますが、どんなに価値があるヴィンテージでも、あくまでクリエイションの一部として取り入れます」
だからこそ、今も高円寺や下北沢の古着店をパトロールするし、先日も50年代のボウリングシャツを手に入れた。
「それでも一方で、僕の原点は旅先で買う古着だという思いがある。現地で出合う服を通じてその国の歴史に興味が湧き、より深く文化を知る。ヴィンテージは旅の足跡であり、人生の道標です」
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島津由行
しまず・よしゆき>> スタイリスト。熊本県生まれ。TVCM・雑誌・広告媒体で多くのアーティストやセレブリティのスタイリングを担当。音楽に造詣が深くDJの活動も。