今では、誰もが当たり前のように使っている「ZOZOTOWN」を始めとするファッションECサービス。実店舗に行かずとも、欲しいアイテムを購入できるため非常に便利だが、その一方で、ファッションECサービスにも課題がある。それは“フィッティング”。購入までのフローは効率化できているものの、サイズや色味などを直接確かめることができない点が大きな課題となっている。
そうした中、ここ最近で注目を集めているのが「ファッション×VR」の領域。VR技術がフィッティングの問題を解決するほか、リアル店舗やECでは提供できない、新しい「体験」を創出するということで、百貨店やアパレルメーカーが活用の動きを見せている。
例えば、パルコは米テキサス州オースティンで開催された「サウス・バイ・サウスウエスト・トレードショー(SXSW)」に未来の東京ファッションをはじめ、VRやIoTをテーマにしたブースを出展したり、VOYAGE GROUP(ボヤージュグループ)と共同でVRショッピング「VR PARCO」をオープンしたりし話題となった。
VR技術はファッションのあり方をどう変えていくのか——今回、ファッションVRショッピングサービス『STYLY(スタイリー)』を手がける、株式会社Psychic VR Lab(サイキックVRラボ)の八幡純和さんに話を訊いた。
VRは現実世界の延長線上にあるもの--STYLYのサービスを立ち上げようと思ったきっかけは?
STYLYは、アパレル専用の高精細3Dスキャナで撮影したファッションアイテムとVR技術を組み合わせることで、仮想空間上にファッションブランドの世界観を再現し、新たなショッピング体験を提供する、というものです。
サービスを立ち上げようと思ったのは、2015年末に伊勢丹 新宿店で開催された企画展「ようこそISETAN宇宙支店へ」がきっかけです。その企画展でNORIKO NAKAZATOのデザイナー 中里周子さんがセレクトした商品を3Dスキャンで取り込み、宇宙空間を舞台にした仮想空間でショッピング体験ができるようにしたんです。その際にファッションデザイナーの思い描く、際限のない世界観を表現するのにVRは適しているのではないか、と思ったんです。
この経験から、「ファッション×VR」の領域には大きな可能性があると感じ、STYLYの開発に着手していくことにしました。
“VR”と聞くと、多くの人は現実とは別の世界を創り出すものだと思われがちですが、自分たちはそう思っていません。VRは現実と地続きであり、現実を拡張していくものだと捉えています。
現在はWebサイトやInstagramなどのアプリで、平面の画面を通してインターネット上でコミュニケーションが行われているわけですが、これが平面から空間になることによってその体験性が大きく変わっていくということだと思っています。
VR技術を通じて、ファッションブランドの世界観に没入できるような体験を提供することで、ブランドのファンになってもらったり、来店促進につながっているような状況です。
--ファッションレーベル「chloma」と協業してコレクションを発表したり、「SXSW」のパルコのブースに活用されたりしていますが、これまでSTYLYに対して、どのような反応がありましたか?
そもそもファッション、リテールという領域でのVRの活用事例が他にほとんどないのと、STYLY上でのファッションアイテムの再現性が高いので、皆さんかなり驚かれます。
SXSWでは様々な国の方々から良い反応と引き合いを頂きました。VRのブースがたくさん出展されていましたが、ソリューション単体であるものが多く、私たちとパルコさんのように実際にソリューションを活用した説得力のある提案はあまりなかったのではないでしょうか。
--ファッション業界での活用事例が少ない理由は、どこにあると思いますか?
日本国内のファッション業界は、ようやくEC化が当たり前になってきた段階。そのため、VRがどういったものか、またどう使っていいかわからないという方が大方なのではないでしょうか。
また、これはVRに限った話ではないのですが、アパレル側の人間とテクノロジー側の人間の共通言語がまだない。これもファッション業界でのテクノロジーの活用が進まない大きな理由かもしれないですね。
VRが変えるファッションの概念--今後、ファッション業界にVRが浸透していくためには、どんなことが必要になると思いますか?
VRデバイス自体が過渡期で、まだまだテクノロジー色が強すぎる。デバイスを身につけるハードルが高いので、ここはまずクリアすべきだろうな、と思います。
あとはコンテンツ制作のハードルですね。日本国内にVRのコンテンツ制作やエンジニアリングを行える人が少ないため、企業側が「VRを活用したいけど誰に頼めばいいか分からない…」という状態になってしまう。いかにコンテンツ制作のハードルを低くしていけるか、が大切になってくると思います。
実際、Psychic VR Labは上記の問題を解決するために、クリエイターがクラウド上でVR空間を制作、配信することを可能にするプラットフォームSTYLYを開発、提供しています。このツールを活用することで、あらゆる人、企業がVR技術を手軽に活用できるようにしていきたいですね。
--今後の展開について可能な範囲で教えていただけないでしょうか?
昨年は「VR元年」と言われていましたが、今年の後半から日常使いできるようなVRデバイスがどんどん登場してきます。デバイスを装着するハードルがぐっと下がると思うので、今後は、STYLYで作られたVR空間を閲覧、体験できるアプリをリリースし、順次各デバイスに対応していきます。
また、ツールのほうも様々なクリエーターが空間を用いたプレゼンテーションを行っていただけるように、様々なソフトと連携できるよう機能拡張を行ってゆく予定です。
--最後にファッション業界におけるVRの役割について、八幡さんの考えをお聞かせください。
まずは私たちが現在行っているように、平面の画面では伝わりづらいブランドの世界観などをVR空間で表現し、伝えることだと思います。その中でショッピングするということも当然行われていくと思います。
もうひとつはデザインやプロダクションの領域で、製品開発において今まで現物を作ってみなければ分からなかったものをVRでデザイン・可視化し、それを見てレビューやディスカッションが行えるようになるのではないかと思っています。最近NikeとDellが公開したコンセプトムービーではVR/MR上でプロダクトをデザインする様子が描かれていました。
それから、これは現在MR(Mixed Reality)と呼ばれるものですが、VRの世界が現実世界と重なることによって、ファッションの概念が大きく変わることになると思っています。つまり、実際に自分の目で見ている環境を瞬時に変化させることができる世界であり、現実に別のレイヤーを重ねる、あるいはフィルターをかけると考えるとわかりやすいかもしれません。こうなると、現実のものかバーチャルのものか区別することなくデザインしたり、それをまとったりということが可能になってきます。しかも服だけでなく空間まるごとなので、私たちはこれを「空間を身にまとう」と表現しています。
このようにVRは、実店舗や既存のECに取って代わるということではなく、VRにしかできない表現やデザイン、コミュニケーションを行うツールとして大いに発展していくと考えています。