今、東京に中華料理店がたくさんできている。なんだかめでたいことである。 湖南省、蘭州、花屋さん、鴨、発酵。いろんなキーワードをたずさえて。 2018年にオープンした、愛でたき7つの東京新中華、ここにあり。
ワイン片手にムーディに味わう最上鴨、シビレ万歳な湖南料理 etc. チャイニーズ・ニューウェーブvol.2
麻布十番
鴨肉、鴨肉、また鴨肉。
脂がさらさら溶けていく。
「十番 無鴨黒」で席をとるなら、絶対カウンターがいい。厨房の真ん中にある蒸し器からは常に蒸気があがり、傍らではシェフたちが黙々と調理にいそしむ。魚に包丁が入る瞬間や、和え物の手さばきをアテに、グラスをちびりちびりやる時間がたまらない。ワインの似合うムーディな空間のなか目の前に酢豚ならぬ〝酢鴨〟が置かれると、ここは中華?という気分になる。でも、この黒いソースはまごうことなき黒酢。左に肉団子、そして傍らには鴨のもも肉が添えてあり、異なる食感の鴨肉をコクのある黒酢でいただく。
獣っぽさゼロのこの鴨肉は、自社ブランド肉の「最上鴨」。山形県最上郡の契約農家で生産している国産鴨で、旨味と脂身のバランスがほどよくてクセがなく、料理にはすべてこの鴨肉を使っている。「『最上鴨』のプレゼン技法として中華を選んだんです」と店長が話すように、前菜の盛り合わせ(鴨の生ハム、よだれ鴨の和え物、そして鴨のレバームース入り最中)からバリエーション豊富。花椒がピリッと効いた麻婆ブラータは、鴨肉の肉味噌を使用。一見鴨がいない青菜炒めも、実は鴨がらスープで炒めてある。鴨肉のスペアリブは全然脂っこくない。なぜなら牛や豚の脂の融点が40度ほどなのに対し、鴨はたった14度程度。胃に入ったとたんにすぐ溶け出すから胃もたれしないのだそう。飽和脂肪酸を含む、むしろ食べたほうがいい脂。締めの鴨ラーメンも罪悪感なくいただきました。
右から 前菜の盛り合わせ、青菜炒め、麺飯(鴨ラーメン、汁なし担々麺、カモマンガイ、トリュフ卵かけご飯から選択)、麻辣スペアリブ(コースに追加で2本¥800)、麻婆ブラータ。おきまりコース ¥5,800。
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齢75日以上という長期飼育の国産合鴨(チェリバレー種)に山形県産の米を与え、旨味と脂身がしっかりのった鴨を育成。前菜からデザートまで9品のコースとなっていて、旬の食材を用いてアレンジを施している。ワインリストはソムリエ大越基裕さんがセレクト。
「十番 無鴨黒」
住所: 東京都港区麻布十番2-8-6 ラベイユ麻布十番B2
Tel: 03-5484-5677
営業時間: 17:00〜24:00
休: 火*10〜2月は無休。ただし12/31〜1/3は休み
荒木町
右上から時計まわりに イノシシ肉団子ポルチーニ、ブリの焼きナシズシ、カキシャーベット桃樹液杏仁、トリュフXO醤エビシューマイ、冷菜、カラスミビーフン、オオタニワタリの炒め、珍味盛り。
雲南、湖南、台南の、
南方中華の破壊力。
オープンしてすぐ好事家の目に留まり、たちまち予約が取れない中華店になった「南方中華料理 南三」。この店の何がマニアを惹きつけたかといえば、それは店名の〝南三〟の由来でもある雲南、湖南、台南の3つの中華の融合だ。国は異なるけれど緯度的にはほとんど同じ3つの地域を南方と呼び、独自アレンジを繰り出しまくっている。何やらブリにのっているのは発酵させた麹に、台湾のスパイス、馬告を加えて和えたナシズシ。肉団子に使ったのは丹波の猪で、スネ肉を入れて硬さを出した。炒めものに入っていた葉はオオタニワタリというシダ科の一種で、噛むとシャリシャリ音がする。台湾ではベーシックな食材らしい。なかでも定番は、店仕込みの珍味盛り。羊肉を使ったウイグルソーセージに、スモークした鴨の舌、そしてパリパリに仕上げた大腸がどっさり。
「バーの居抜きで、火力が弱くてコンロはひとつしか使えない。限られたスペースで手際よく料理をつくるには、燻製や発酵を使って工夫するのがちょうどいいんですよ」と店主は愛でるように燻製肉を眺めた。もはや相棒だ。最後に出てきた季節のシャーベットにも、桃の樹液という初めて聞く食材が。桃の木からとれる凝固した樹液を、ひと晩湯につけて戻し、寒天よりすこし硬いくらいのゼラチン状態にしたもの。桃の香りと食感が忘れられない。次の予約をするしかなさそうだけど取れるかな。
予約詳細はFacebookで告知。店主の水岡孝和さんは「メゾン・ド・ユーロン」や「御田町 桃ノ木」、「黒猫夜銀座店」の料理長を経験し、白金「蓮香」で働いたのちに2018年5月に店鋪をオープン。おまかせコース ¥5,400(税込み)から。
「南三」
住所: 東京都新宿区荒木町10-14 伍番館ビル2F B
Tel: 03-5361-8363
営業時間: 18:00〜21:00
休: 日祝
三軒茶
手前から時計回りに 椒魚頭(鯛の頭の発酵唐辛子蒸し)¥1,500、湖南コーラ ¥500、腊肉香干(スモーク豆腐と燻製豚肉の炒めもの)¥900、刀切羊肉(皮付きヤギ肉の冷菜)¥1,200、土匪鴨(ぶつ切り鴨の田舎炒め)¥1,200、紫蘇煎黄瓜(きゅうりの大葉ロースト)¥700。
発酵、燻製、そしてハーブ。
湖南中華の奥深さよ。
信頼の神田「味坊」が三軒茶屋に出店、と聞いたら行かないわけにいかない。ヒツジ、ヒツジ、と胸を躍らせて訪れると、うれしい形で予想を裏切られた。ここで使われているのはヤギの肉。これまでの店鋪では中国北方の料理が中心だったけれど、「香辣里」ではぐっと南に下がって、少数民族の多い湖南地方の料理を取り上げているのだ。
湖南に羊は生息しないから、現地ではかわりにヤギを使う。ミントなどのハーブが効いたヤギの冷菜は、羊肉好きも唸る肉々しさ。そう、どの肉かということより、この店で味わうべきは〝ハーブ中華〟であり〝発酵中華〟であり〝燻製中華〟なのだ。比較的温暖で湿度の高い湖南地方では、スパイスではなく唐辛子やハーブ、発酵した醤を味の要にしている。 椒魚頭は、叩きつぶした唐辛子を塩や塩水で発酵させた調味料、椒が鯛の頭にふんだんにのった料理。後半で太ビーフンをほぐした身と絡めてパスタ状にするのも、現地ではポピュラーな食べ方だそう。保存食としてなんでも燻製するため、炒めものには燻したスモーク豆腐。何より驚いたのがきゅうりの大葉ローストだ。ほかほかと暖かくて水気も塩気もちょうど良く、瓜然としてかっこいい。いつも添え物みたいにあしらわれているきゅうりが、こんなふうに変わるなんて。隣国にはまだまだ見知らぬ食文化があるよと、あらゆる角度から教えてくれる。なんたる贅沢。
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「味坊」「味坊鉄鍋荘」「羊香味坊」「老酒舗」に次ぐ、「味坊」グループの5店鋪目。「日本にまだ伝わっていない中国の食文化を伝える」というミッションの通り、ここでは中国湖南省の湖南料理をメインに据える。
「香辣里」
住所: 東京都世田谷区太子堂4-23-11 GEMS三軒茶屋7F
営業時間: 11:30〜15:00(14:30LO)・18:00〜24:00(23:30LO)、金11:30〜15:00(14:30LO)・18:00〜翌3:00(翌2:30LO)、土11:30〜翌3:00(翌2:30LO)、日祝11:30〜24:00(23:30LO)
休: 無休
Photo: Tomo Ishiwatari/Kazuharu Igarashi Text: Neo Iida Cooperation: Akiko Matsuki