14 Dec 2019
3分で完成する逸品、プチトマトそうめん。平松洋子「小さな料理 大きな味」Vol.18

小さな料理 大きな味 ⑱
プチトマトは偉大です
名前で損をしているような気がする。
たしかに形は「プチ」だが、利用価値と使い勝手のよさにおいてプチトマトは偉大だ。料理の土台にもなれば、弁当箱のすみで彩り役を引き受けたりもする。振れ幅の大きさもダイナミックだ。
プチトマトのことならいくらでも語りたいが、今回は「困ったときのプチトマト頼み」について書きたい。じっさい、私はしょっちゅう助けてもらっている。
深夜、腹ぺこで帰ってきたのにめぼしいものがなくても、あわてなくてすむのは、プチトマトの買い置きがあるから。
3分でできる至福の一品を紹介します。
①プチトマト6、7個を半分に切る。
②小鍋にオリーブオイル、プチトマトを入れ、軽くつぶしながら炒める。味つけは塩、こしょう。
③隣のコンロで、鍋に湯を沸かしてそうめんをゆがく。
④そうめんをザルにあけて湯を切り、うつわに入れて②をかける。
名前をあてがうなら、トマトそうめん。でもまあトマトソースのスパゲッティと同じでしょう、と言われるかもしれないが、まったく別ものである。うまみが凝縮した熱くて赤い不揃いのソースがそうめんに絡むと、一転、穏やかなひとまとまりの世界が現れる。スパゲッティは食欲を弾ませるけれど、この小さなひと皿は、とても胃に優しくて穏やか、空腹も疲れもすべて吸収してくれる。フォークで食べるか、箸で食べるか、そこはちょっと悩むけれど。
うまみ、酸味、糖度、三位一体となった赤い実は無敵。わざわざトマトピュレを買わなくても、プチトマトがあればカレーのベースにも、シチューにもスープにも自在に使えるので手放せない。タネや皮も、歯ごたえ・舌触りの一部になってくれるところも気に入っている。卵と炒めればいっぱしの卵料理になるし、ざくざく切ったプチトマト入りのオムレツもよくつくる。
数日前のこと、ふとその気になって、プチトマトを米のなかに埋めてご飯を炊いてみた。炊き上がったら、素朴なピラフみたいな楽しい味。がりがり黒胡椒を挽き、ついでにパルミジャーノや刻みパセリも振りかけて、これはフォークで食べました。
プチトマトは和洋の領域を自在に超える。
味噌汁にも合う。煮えばなの味噌汁の鍋のなかにまるごと落とし、皮がはじける直前、芯まで温まった頃合いに火から下ろす。ひと椀に3、4個くらい。ぬくい赤が口のなかでぷちんと弾けて酸味が広がると、贅沢な浮き実といった感じである。
もちろん、そのまま口に放りこむだけでも欲望を包みこんでくれるところがまたすばらしい。
平松洋子 ひらまつ・ようこ
エッセイスト。『味なメニュー』(新潮文庫)、『忘れない味 「食べる」をめぐる27篇』(編著/講談社)など著書多数。週刊誌の人気連載をまとめた『かきバターを神田で』(文春文庫)が発売中。
Illustration: Yosuke Kobashi
GINZA2019年11月号掲載