06 Dec 2020
優しい気持ちになる冬の朝ごはん。ぷちぷち食感のたらこ豆腐。平松洋子「小さな料理 大きな味」Vol.31

小さな料理 大きな味 31
冬の朝。たらこ豆腐
波間から現れるみたいに、食卓にひょいと再浮上する料理がある。
思い出すのも自分、つくるのも自分。
料理には不思議なところがあって、記憶の彼方に追いやられていると見せかけて、理由もきっかけもなく浮き上がってくるときがある。そうだ忘れていたよ。誰に対してかわからないが申し訳ない気持ちになり、ちょっとあわてる。
たらこ豆腐もそのうちのひとつだ。
初めて自分でつくったのは三十代の初め頃だったと思う。ちょうど子育ての真っ最中だったから、材料も時間もミニマムなところがありがたかった。たしか料理の本か雑誌で見て、すぐに試してみた。材料はたらこと豆腐だけ、鍋もひとつだけ。しかも、皮からこそげたたらこと豆腐をさっと煮るだけだから、調理時間は5分くらい。シンプル過ぎて失敗のしようがない超簡単な一品で、冬場になると本当によくつくっていた。
そのうち、ふっと食卓から消えたが、たらこ豆腐の名前はずっと忘れなかった。
再会したのは、意外な場所だった。旅先のソウルで友人が自宅に招いてくれ、簡単にぱっと朝ご飯を食べましょうと言いながら台所でこしらえてくれたのが、たらこ豆腐。びっくりして訊くと、「おばあちゃんがよくつくってくれた、私の好きな料理」と彼女は答えた。コンロにかけたチゲ用の小鍋には、たらこと豆腐、ねぎ、アミの塩辛が入っていた。帰国してすぐ韓国食材店に行き、さっそくアミの塩辛を買ってソウルの味の記憶をなぞった。
こんなふうに何度か浮き沈みを繰り返し、冬の朝はたらこ豆腐がしばしば食卓に上る。
いまは、こんなふうにしてつくっている。
【材料】
たらこひと腹 絹ごし豆腐1丁 青ねぎ(みじん切り)少々 水1カップ 酒小さじ1 片栗粉小さじ1(同量の水で溶く) ごま油数滴
【つくりかた】
①たらこの中身をスプーンでこそげ取る。
②豆腐を八等分する。
③小鍋に水、酒を入れて火にかけ、ほぐしたたらこ、豆腐を入れて中火で煮る。最後に水溶き片栗粉を加え、ひと煮立ちさせる。
④椀に盛り、ごま油を数滴垂らし、青ねぎを散らす。
うっすらとした、ほのかなピンク色。お椀のなかを眺めていると、優しい気分になる。するりつるり、ぷちぷち。喉もとをつたい、胃の腑に滑り落ちてゆく。
平松洋子 ひらまつ・ようこ
エッセイスト。『味なメニュー』(新潮文庫)、『忘れない味 「食べる」をめぐる27篇』(編著/講談社)、『暮らしを支える定番の道具134』(マガジンハウス)など。近著『肉とすっぽん 日本ソウルミート紀行』(文藝春秋)は羊や猪、鹿や鳩やすっぽんや鯨が食用となる現場を訪ね、見て、食べて、考察したノンフィクション。
Illustration: Kanta Yokoyama
GINZA2020年12月号掲載