18 Apr 2021
にらには剛のA面、柔のB面がある。平松洋子「小さな料理 大きな味」Vol.35

小さな料理 大きな味 35
にらのB面
緑萌ゆる春。
にらも、萌ゆる緑のひとつです。
一年中出回っている印象があるけれど、春先のにらのパワーは特別だ。むかし住んでいた家の庭に植わっていたことがあり、春になるたび圧倒された。気温が上がるにつれ背丈が伸び、根元を切っても切っても(ハサミで切って味噌汁に使っていた)、すぐ次が生えてくる。緑濃く、香りも強く、翌年になると株も増える。季節のサイクルの先頭に立っているだけあってタフなのだが、葉はしなやかで柔らかい。
まず、あのしゃきしゃきの歯ごたえが好きだ。嚙むたび、繊維の内側から緑の風が巻き起こる。にらに多く含まれるアリシンは、疲労回復、滋養強壮、血行促進、冷え性にも効果があると聞く。ビタミンC、Eも豊富。生命力を還元してくれるところに、にらという野菜の誠実がある。
ただ、香りの強さが敬遠されがち。エネルギーが強いものには、それなりのクセもある。でも、にらレバ炒めに使うだけの野菜では断じてない。本当は違うんですよ。
剛のA面、柔のB面がある。
柔のB面(むしろA面かもしれないけれど)に出会うために絶好の一品を紹介したい。
にら豆腐。
じつは、この春、初めてつくってみた。
優しい優しい、うぶな味。
豆腐の無垢な味わいに、こんなにも優しくにらが寄り添うことに、私は本気で感動した。味つけは酒と塩だけ、鍋を火にかけたら3分以内でできる。でも、その3分の短さに大きな意味がある。ポイントは豆腐を煮過ぎない、にらに火を通し過ぎない。すると、ふわっと染み出たにらの上品なだしをキャッチできる。
【材料】(1人分)
にら1/3束 木綿豆腐1/2丁 水1/2カップ 酒小さじ1 塩少々 ごま油数滴
【作り方】
①にらを2ミリくらいの細かいみじん切りにする。
②豆腐を1センチ角くらいの細かい四角に切る。
③小鍋に豆腐、水、酒を入れて火にかけ、豆腐がふっくらしたらにらを入れて30秒ほど火を通し、塩で味を調える。
④うつわに盛り、ごま油を数滴たらす。
できるだけ細かく刻んで5分ほどそのまま置くと、にらの香りがふんわりと和らぎますよ。
平松洋子 ひらまつ・ようこ
エッセイスト。食文化と暮らし、文芸をテーマに執筆活動を行う。『味なメニュー』(新潮文庫)、『忘れない味 「食べる」をめぐる27篇』(編著/講談社)、『肉とすっぽん 日本ソウルミート紀行』(文藝春秋)などの著書が。最新刊は“そこにしかない、まちの味”を体現する24の店を、京都在住の姜尚美さんとの往復書簡で教えあった『遺したい味 わたしの東京、わたしの京都』(共著/淡交社)。
Illustration: Kanta Yokoyama
GINZA2021年4月号掲載