平松洋子さん新連載 小さな料理 大きな味 vol.1

小さな料理  大きな味 ①
ピーマンの塩炒め

いったん思いだすと、「いますぐアレ食べなきゃ!」。我慢できなくなる料理がある。そのひとつが、ピーマンの塩炒め。歯の間でピーマンがじゅわっと弾ける瞬間、むふふと笑いが出てしまう。
え、ピーマンで?
そう思うのも当然だと思います。私だって、この料理に出会うまでピーマンのチカラを見くびっていたし、ピーマンが食卓の主役に躍り出るなんて想像もしなかった。
ただ、約束ごとが3つ「だけ」ある。

■ピーマンは手でちぎるだけ
■強火で1分だけ炒める
■味つけは塩だけ

小学生でも守れる簡単なことばかりだけれど、絶対はずせない。逆にいえば、この3つさえ忘れなければ、誰にでも間違いなくおいしく作れる。本当です。
手でちぎると、「えっ、うそでしょ!?」と声が出てしまうくらい、包丁で切ったピーマンとは別物の味になる。包丁を使えば均一の断片になるけれど、手でざっくり割るようにしてちぎると、一片ずつ変化に富む。ここが狙い目です。丸い部分、平たい部分、波打っている部分、全部ばらばら。つまり、ひと口ずつ味が違うということ。しかも、ちぎると断面が凸凹になって熱や油を吸収しやすいから、口当たりも優しくなる。指を動かしてぱりぱり割っていると面白くなって、工作気分になるのもうれしいおまけ。
さて、後半です。鍋を火にかけ、オリーブ油を鍋にたらして広げたら、ちぎったピーマンを一気に入れて強火で炒める。ざっくり、ヘラで全体を混ぜてもいいし、鍋を振ってあおってもいいけれど、ともかく炒め過ぎないで。目安は1分くらい、緑色が照りっと光ってきたら、思い切って火を止める。味つけは、ひとつまみの塩。
本当に塩だけでいいの?
ハイ、塩だけで。醤油とか酒とか入れたくなったり、胡椒に手を伸ばしたくなったりするかもしれないけれど、ぐっと我慢して潔く塩だけ。シンプルな塩味が。ピーマンの甘さを飛躍的にくっきりさせる。
手間と時間をかけるだけが大事なことではない。その意味がきっとわかるはず。ちぎって、じゃっと炒めて、塩。これだけ覚えておけば大丈夫です。
大事なことを忘れてました。熱々をすぐさま食べるのも、味のうち。トーストにもごはんにも合う、無敵の一品。さあ、じゅわじゅわのピーマンに飛びかかってください。

平松洋子 ひらまつ・ようこ

エッセイスト。食や生活文化を中心に、のびのびとした親しみやすい文体で執筆する。『おとなの味』(新潮文庫)、『忙しい日でも、おなかは空く。』(文春文庫)、『野蛮な読書』(集英社)など著書多数。『肉まんを新大阪で』(文春文庫)を今月刊行。

Illustration: Toshiyuki Hirano

GINZA2018年6月号掲載