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平松洋子「小さな料理 大きな味」vol.4 唐辛子シュガー

平松洋子「小さな料理 大きな味」vol.4 唐辛子シュガー

小さな料理  大きな味 ④

唐辛子シュガー

タイ料理には、いつも意表を突かれる。

辛くて、酸っぱい。

酸っぱいのに、甘い。

甘いけれど、辛い。

方向がまったく違うベクトルが、ひとつの味のなかに成立している。

よく考えるとミラクルだけれど、とくに意識させないまま「おいしいなあ」。さらりと納得させるのが、タイ料理のすごいところ。細く切ったパパイヤの青い実の和えもの「ソムタム」にしても、脳天を突き抜けるかと思うほど辛く(生の唐辛子をたっぷり)、でも酸っぱくて爽快(小さなライムをぎゅっと搾る)、うまみとこくを醸すのはごぞんじナムプラー。素朴なサラダなのに、精巧な建築物のような味わいだ。

前置きが長くなったけれど、この唐辛子シュガーもミラクルだ。

甘いのに辛い。

白くて赤い。

唐辛子と砂糖、逆方向を向いているコンビなのに、とても洗練されている。

初めて出会ったのは、タイ東北部の路上だった。からだが発火しそうなかんかん照りの田舎道を歩き続けて、息も絶え絶え。とつぜん行く手に小さな屋台が現れた。日陰を求めて駆け込むと、ぱっと目が覚めた。パイナップル、バナナ、マンゴスチン、マンゴー……みずみずしい色彩の饗宴。路上のフルーツ屋である。喉の渇きに誘われてパイナップルを買うと、ナイフでぱぱっと皮を落として切り分け、輪ゴムで口をしばった小袋といっしょに手渡してくれた。

「これをつけて食べると、口のなかがさっぱりするよ」

屋台のおじさんが全力で勧めてくれた。

ほんとかなー。

半信半疑でパイナップルの角っこに辛い砂糖をちょんとつけ、おそるおそる食べてみた。

やや、これは!砂糖のじゃりじゃりと同時に襲来する、唐辛子の鋭い辛み。パイナップルのうまみがきゅっと引き締まり、ものすごくキレがいい。おじさん、本当だね!口のなかに爽快な風が吹き、あと味さわやか。いくらでも食べたくなるのがちょっと困る。

フルーツ部門のベストマッチは、パイナップルとマンゴー。ものは試しに、いちご大福につけて食べてみると、これがまた。唐辛子と砂糖は一対三ぐらいの割合ですが、あとは自分の好みで加減してください。

唐辛子シュガー。これは、タイの秘宝だと思う。

平松洋子 Yoko Hiramatsu

エッセイスト。食や生活文化を中心に、のびのびとした親しみやすい文体で執筆。『おとなの味』(新潮文庫)、『忙しい日でも、おなかは空く。』(文春文庫)、『野蛮な読書』(集英社)など。近著に、読むほどに食欲が湧くエッセイ集『肉まんを新大阪で』(文春文庫)。

Illustration: Toshiyuki Hirano

GINZA2018年9月号掲載

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