18 Dec 2018
クレソンのスープは滋養のかたまり。平松洋子「小さな料理 大きな味」Vol.7

小さな料理 大きな味 ⑦
クレソンのスープ
温かいスープを、身体が欲しがっている。
とりわけ「あれが欲しい!」とリクエストが多いのが、クレソンのスープ。私の定番料理のひとつで、いま指折って数えてみたら二十五年以上作り続けている。鍋を火にかけ、ことこと煮るうちいつものクレソンの香りが湯気のなかに混じり始めると、早くも覇気が戻る。
えっ、クレソンを煮るの!?びっくりするかもしれないけれど、そうなんです。驚くほど大量のクレソンをじっくり煮るのが、このスープをおいしく作る最大のコツ。こんなに鍋いっぱい?と不安になっても全然平気。火が通ると、しゅるっと嵩が減る。
クレソンはサラダの材料だけでは終わらない、終わらせない。煮込むにつれ、じわじわとだしを出すところは本当にたくましい。
香港で教わった広東地方の家庭料理である。名前は「上湯西洋菜湯」。カンフーシューズを履いた白髪のかわいい老婦人が、「小さい頃、母が作っていたのと同じ味、同じ作り方よ。家族何代、何十年にわたって食べ続けている」と言い、たっぷりお碗によそってくれた。
熱々のひと口、ひと口が滋養のかたまり。「西洋菜は鉄分が多いから、女性はしょっちゅう食べるべき」とも教えてくれた。
【材料と作り方】
①#洗ったクレソン4〜5束分をざっくり半分の長さに切り、沸騰した湯に入れる。湯の量はクレソンがたっぷりかぶるくらい(煮るうちに減るから、目安は6カップ以上)。
②ふたたび沸騰したら、厚めの細切りにした豚肉、酒小さじ2を加え、45分ほど煮る。
③塩で味を調える。
香港の老婦人は、このスープを昔ながらの素朴な土鍋で煮ていた。台所でまあるい土瓶のような形の土鍋が温かな湯気を立てている。その風景が、家族の健康を生み出す源流に映ったことも忘れがたい。だから私は、初心に戻ってときどき土鍋でこのスープを煮る。
クレソンが隠し持つうまみがすべて。濃い緑の茎や葉のなかに詰まっている複雑な風味を、一滴残らず味わい尽くして欲しい。ほろ苦さが、すっきりとしたシンプルなおいしさに繋がっていることも発見できるだろう。
元気なときは体調維持、疲れたときはエネルギー補給。今日のため、明日のために無敵のスープです。
平松洋子 Yoko Hiramatsu
エッセイスト。食や生活文化を中心に、のびのびとした親しみやすい文体で執筆。『おとなの味』(新潮文庫)、『忙しい日でも、おなかは空く。』(文春文庫)、『野蛮な読書』(集英社)など。近著に、読むほどに食欲が湧くエッセイ集『肉まんを新大阪で』(文春文庫)。
Illustration: Toshiyuki Hirano
GINZA2018年12月号掲載