06 Oct 2019
自分の手で確かめて、触覚を手繰る。〈オーラリー〉の洋服ができるまで:朝吹真理子のデザイナー訪問記

青山の根津美術館近くにある路面店で、 そこから徒歩圏内にあるデザイナー岩井さんのアトリエで。 時々、糸から織り上げられたオリジナルの生地を触りながら、 急成長を遂げる〈オーラリー〉の物作りの裏側を探っていく。
岩井良太
〈オーラリー〉デザイナー
いわい・りょうた>> 1983年生まれ。シンプルで上質な素材使いが特徴のさまざまなブランドにてデザイナーやパタンナーを経験。2015年春夏に〈オーラリー〉を立ち上げる。2017年9月に東京・南青山に路面店をオープン。2019年3月、パリ・ファッション・ウィーク期間中に、ポンピドゥーセンターにある彫刻家コンスタンティン・ブランクーシの工房を再現した空間にて、プレゼンテーションを開催。
Inspiration from
手触り
自分の手で触り、素材の感触を丁寧に確かめる。糸を触り、生地見本を触り、その一端を体に巻きつけて触る。曖昧で言語化することは難しいけれど、触り続けることで「今の空気感に絶妙に合うタッチ」を探す。実際にいくつかの生地を触っているところを拝見したが、素材の違いにより、触り方、撫で方、つかみ方、そして速度が無意識に異なっている。
目で見たときと手で触れたときの 感覚の違いを大切にする。
朝吹 私もなのですが、インスピレーションの源といっても、複数あったり、自覚していないことが多かったりすると思います。今日は、岩井さんの心に何度もよぎる景色やものの話を聞かせてもらいながら、作っているお洋服の話もうかがえたらと思います。
岩井 確固たるブランドのコンセプトやインスピレーション源というのはないんです。とても曖昧で。空気感、なのかな。今シーズンはこういう空気を出したいな、とか、店の空間に合うかな、なんて考えながらコレクションを作り始めるんです。
朝吹 オーラリーは、「光る土地」という意味なんですよね。
岩井 たまたまそうなりました。はじめは響きがいいなと思って調べていったら、光る土地だった。夜遊びのための服ではなく、朝に似合う服にしたかったのでちょうどいいなと。
朝吹 言葉に吸い寄せられた感じですね。心地よいリビングのような感じのお店ですが、オーラリーのあり方をそのまま空間で表現するのは大変でしたか。
岩井 はい、なにせそれまでブランドの世界観を意識したことは一度もなかったので。店自体も、この場所が前から漠然と好きだったんです。大通りから一本入っていて、車もあまり入ってこなくて静か。青山にもこんな場所があるんだな、すごくいい空気感だなと思っていたら、たまたまここが空いたんです。
朝吹 オーラリーは糸から作っていくから、こういう感じの素材にしたいとか、こういう雰囲気のものを作りたいとか感覚や挑戦を皆と共有するのは言語しかないですよね?
岩井 はい、本当に言語でしかないです。原毛を集める会社、紡績会社、機屋、ニットを編む人、さまざまな人たちと話しながら生地を決めていきます。曖昧なことだから、毎回、大変ですね。
朝吹 触れたときの体験の記憶ってなかなか言葉にもできないし、記憶のフォルダにも入れにくそうなものです。しかも間に入る人がたくさんいて、それぞれと合致させるというのは、ちょっと今、想像がつかないです。どんなやりとりをされているんですか?
岩井 出来上がったサンプルを触りながら、電話ですね。制作期間中の午前帯は、ずっと電話しています。すごく曖昧に「もうちょっとなんかパシッとした感じ」と伝えたり、原料に対しての知識とか共通認識がある人ばかりなので、意見を出し合いながら、探っている。
朝吹 ずっと触っている(笑)。岩井さんは子供の頃から触感に執着がありましたか?
岩井 いや、全然。ブランドを始めてからですね、毎日、素材を触り続けているのは。目と手の違い、タッチというのをすごく気にしています。触るとなんかいい、なんか違う、そのなんかってなんだろう……と考え続けて気がついたら1日が終わっていることもあります。
生地サンプルを触っている岩井さん。自分の手で触れて確かめることから、オーラリーの世界が広がっていく。
〝絶妙にないもの〟を 突き詰めていくと、結局 糸から作ることになるんです。
編集部 既存の生地見本から選ぶことはしないのですか?
岩井 そうですね、やっぱり〝絶妙にないもの〟を作りたい。それは本当にちょっとしたことで、ニットの密度だったり、糸の番手だったり、それこそ感触だったり。そこの差を突き詰めていくと、結局、自分で生地を作ることになる。
朝吹 以前のインタビューで、生地がどんどん仕上がってくると、作ろうと想定していたアイテムから変わっていってしまうとおっしゃっていました。
岩井 はい。時間をかけて、いざ上がってきたら想像していたものと全然違う生地になって、そこからまた全部やり直したりすることも多いし、違うアイテムを作ることもあります。上がってきた生地を体に巻きつけて1日過ごして考えるんですけれど……。
朝吹 いいですね(笑)。
岩井 生地を切って、体に当てて、片方の肩にかけたり、背中から羽織ったりします。それで生地の落ち感や軽さを感じて、また考えます。
岩井さんのアトリエにずらりと並ぶ布の前にて。ここには岩井さんの私物の古着や過去のサンプル、お蔵入りになった生地が所狭しと、雑多に並べられている。なにもない日は大体午前10時くらいからアトリエで物作りと向き合う。
編集部 一般的には、生地見本から生地を選び、作り始めてから製品が出来上がって発表するまでを半年のサイクルでやるブランドが多いですが、オーラリーは糸から作るとなると完成までにかなりの時間を要するはずです。
岩井 はい。たとえば去年はオーストラリアとニュージーランドに行き、原料の話をして、今年、やっとその糸でサンプルを作ってみる。だから発表は来年の冬になる。そういうものも多いです。
朝吹 原毛生産者と交流を持ちたいという記事も拝読しました。毎年行かれるんですよね? どんな話をされているんですか?
岩井 モンゴルには毎年行くんですけれど、顔を見せに行く感じですね。どういう牧場でどんなふうに飼育していて、どういうふうに毛を刈っているか、それを自分の目で見に行くだけです。でも本当にいい原料のカシミアとかキャメル素材は数量が限られていて、ビッグメゾンと契約していることがほとんどです。だから、そこから分けてもらえるように顔を出して、毎年、しっかりと数をこなす。ブランドを続けていくためには必要なことなのかなと思っています。
朝吹 いろんな友人がよくオーラリーのニットを着ているんです。触れなくてもわかる上質さがあって、でも全然気負っていなくておしゃれ。スタンダードなのに、今っぽくて軽やか。着る人の空気感に寄り添って、より素敵に見せてくれる。しかもそのニットが、お話を聞いても大事にしたいと思えるところから来ているのが素敵です。
岩井 ありがとうございます。
朝吹 素材にこだわりすぎると、なんというか形が二の次になってしまうということもありそうですが、オーラリーの服は今を感じるし、素材のことも着ている人につよくなげかけてくることもなくて。
岩井 素材は結局、洋服になったら、それは一部に過ぎない。いざ着たときにどうか。見た目と着心地とデザイン、まずはそこで買ってもらいたいですね。その後に、実はこういうストーリーがあるというのが理想です。
最新コレクションから、Pコート風のジャケットを試着する朝吹さん。「定番として使っているウール素材。毛羽を落とした細い糸を二重にしているので薄いけれどハリが出ます」(岩井)
朝吹 メンズとウィメンズ、両方作っていらっしゃいますが、過去のインタビューでウィメンズは女性から辛辣なことを言われることがあるのも面白いとおっしゃっているのを拝見しました。それはどういう感じなんですか?
岩井 ウィメンズは自分では着られないから、自分の中だけで解決ができない。小さな修正点とか、なにか違う、という気分みたいなものにも気づきにくい。だから、スタッフに着せてみて、どう?とかなり聞き込みます。時間がかかる分、出来上がったときの喜びはウィメンズの方が大きい。
編集部 女性は、流行や「今の気分」に身を委ねるから、よくもわるくも、ファッションに対して軽薄なところがありますからね。
岩井 そうなんです!背景とかはどうでもよくて、ドライというか。先シーズンはあんなに数が出たのに今回はこれだけかー!とか(笑)。ウールなんかは生地作りのスパンが長いから、原料を仕入れたときはもう気分が変わってた、みたいなことも大変です。でもその予測のできなさが、僕にとっていい緊張感になっていると思います。
朝吹真理子 あさぶき・まりこ
1984年東京都生まれ。2011年に『きことわ』で芥川賞受賞。恋愛感情のないまま結婚した男女を主人公に、幾層もの時間を描いた小説『TIMELESS』、初のエッセイ集『抽斗のなかの海』が発売中。
Photo: Kenshu Shintsubo Text: Kaori Watanabe (FW)
GINZA2019年10月号掲載