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『私をくいとめて』大九明子監督インタビュー。30代からはじまる青春もある

『私をくいとめて』大九明子監督インタビュー。30代からはじまる青春もある

31歳、おひとりさま生活がすっかり板についた主人公・みつ子(のん)が、慣れない恋に奮闘する映画『私をくいとめて』。今作でメガホンをとった大九明子監督は『勝手にふるえてろ』、『甘いお酒でうがい』などの過去作で一貫して、各世代の女性の心理を丁寧に、かつユーモアを交えて描いてきました。
彼女がいくつかの仕事を経て、映画の世界に飛び込んだのは29歳のこと。それまでの人生を「負け続けてきた」と振り返りますが、どのような紆余曲折があったのでしょうか。方向転換するのは何歳からでも遅くない。今、輝く大九監督にヒントをいただきました。


主人公が経験を重ねて成長していく。
これは、31歳なりの青春映画

──『私をくいとめて』は、2017年にロングランヒットを記録した『勝手にふるえてろ』に続き、大九監督が原作者の小説家・綿矢りささんと再タッグを組んだ作品です。今回の原作に惹かれたポイントは?

小説『私をくいとめて』が刊行されたのは、映画『勝手にふるえてろ』の制作中でした。いろんな人から「綿矢さんの新作読んだ?」と聞かれて手にとってみたら、やっぱり面白い。読み進めるにつれて、まるで様々な色が炸裂するようなストーリー展開に「楽しい!」と思いました。原作に思い入れのない人に映画化されるのが嫌で(笑)、見切り発車的に2週間ほどでシナリオの初稿を書き上げ、プロデューサーに持って行ったんです。

 

──原作を読んで、創作意欲を掻き立てられたんですね。今作で主人公・みつ子の周りには、多くの女性たちが登場します。特に印象的だったのは、イタリアのローマで暮らしている親友の皐月(橋本愛)です。原作と異なり彼女は妊娠していますが、映画化にあたってその設定を加えた理由を教えてください。

この物語は、みつ子がおひとりさま生活の半径を物理的に広げていく姿を描いています。ただそれだけでなく、未熟な彼女にいろんな生き方をしている女性をぶつけることで、精神的な成長も見せられたらいいなと。そういう意識があったからか、自然と皐月を妊婦にしていました。
みつ子が皐月を訪ねるイタリア旅行のシーンは元々、現地ロケを想定し、二人が楽しくローマの街中を歩くようなものを考えていました。でもそれを撮る前に、緊急事態宣言によって一旦撮影がストップしたタイミングで、皐月は部屋に篭り気味という設定に書き直したんです。

 

──海外に渡航することが難しかった時期ですもんね……。みつ子と皐月が少しの間だけ出掛けるシーンで、皐月がマスクをしている姿には、現実を見るようでハッとしました。

私自身は妊娠を経験したことがないのですが、コロナ禍の最中で身ごもっている方はどんな気持ちでいるのか想像すると心細くて……。きっと同じように皐月も、肉親のいない異国にたった一人で、すごく不安を抱えているはず。だから作中で声高にコロナを語らなくても、彼女が今の世の中の不安が反映された存在になるだろうとは思っていました。橋本さんには、予定していたよりもヘビーな役を担っていただきました。

 

──一方で、キャリアウーマンの上司・澤田(片桐はいり)も原作にはいない、映画オリジナルのキャラクターです。

澤田のように仕事ができて、女性の後輩に対する面倒見もいい、目の前にある現実をきちんと生き抜いてきた上司がいたら、みつ子はどういう反応をするかなと興味があったんです。きっと、すぐ好きになるよりは、「この人にもどこかダメなところがあるはず」と斜めから見るんじゃないかなって(笑)。

 

──様々な人との関わりの中で、みつ子は少しずつ周囲に心を開いていきますよね。歩幅は小さいかもしれませんが、大事な一歩を踏み出していると思いました。

当初、この映画はどんなジャンルに当てはまるのかと考えていました。それで監督仲間にシナリオを読んでもらって「ジャンルはなんだと思う?」と聞いたら、「青春映画です」と即答されたんです。主人公が経験を重ねて成長していくから。ラブストーリーでもありながら、これは31歳なりの青春映画なんだなと納得しました。

大九明子 私をくいとめて インタビュー

 

負け続けた20代。
“好き”を見つけた30代

──みつ子は31歳で人生にもがき悩むキャラクターでしたが、ご自身も映画監督デビューを果たすまでに、行き詰まりを感じていた時期があるそうですね。

なぜか学生の頃からずっと、「早く何かをつくらなきゃ」という焦りがありました。だからか大学卒業後に就いた仕事は合わず、わずか4ヶ月で辞めてしまって。その後、人力舎のお笑い養成学校・スクールJCAに通うのですが、それもうまくいきませんでした。コントを書き続けることがなかなかできなかった上、面白い人が山ほどいて「自分なんて全然ダメだ……」という敗北感を日々味わっていました。たまにネタがウケると、まるで中毒者のように快感を噛みしめるけれど、スベると舞台から逃げて帰りたくなる。そんなヒリヒリする20代を過ごしました。

 

──お笑い芸人から映画監督へと、シフトチェンジしたのにはどういったきっかけがあったのでしょうか?

スクールJCAを出た後は俳優事務所に所属したのですが、鳴かず飛ばず。当時は、映画を観に行くことだけが楽しみで、「今夜はオールナイト上映で映画を観るぞ!」とかを心の支えにしていました。ある日たまたま映画館で、映画美学校が一期生を募集するチラシを見つけて、「これだ!」と飛びついたんです。やりたいことが見つかったというよりも、映画の世界に逃げ込むかのように。ちょうど30歳手前の頃ですね。監督になれるなんて、全く思っていなかったです。

 

──『私をくいとめて』のプレス資料によれば、30歳を迎える前はものすごく恐怖があったとのことでした。

現実逃避のために日本を飛び出して、バックパッカーでヨーロッパを一周したほどです。その旅の最中に30歳になったのですが、いざなってみると別になんてことなかったですね。日常がただ続くだけだとわかって、やっと自由になれた気がします。そこから、映画美学校のシナリオコンペで私の作品が選ばれて、中編映画『意外と死なない』を撮れることになりました。「きっと一生に一度のことだろうから、我慢せずに全部詰め込もう」と思って、やれることは全部やりましたね。尺も20分から40分に増えてしまったくらい(笑)。

 

──そこから映画の世界に、どっぷりと浸かっていくわけですね。

初めて映画を撮ったことで、明確に“つくること”に魅了されてしまったんです。シナリオを書いたり演出したりすることが好きだと気づけたことで、出る側に全く未練がなくなりました。芸人や俳優としての敗北をきちんと認めて、純粋につくる側で勝負しようと思えた。今も映画づくりを続けながら、負け続けてきた自分を肯定しようとしているところはあるかもしれないです。

大九明子 私をくいとめて インタビュー

 

枷があることはものづくりにおいて
必ずしも悪いことじゃない

──大九監督の作品に登場する、女性の主人公たちは不器用ですが、必ず勇気を振り絞って一歩踏み出します。その様子を見つめる視点にはいつも、あらゆる生き方を肯定するような優しさを感じます。一貫したテーマで作品をつくられている印象ですが、そのことに自負はありますか?

自負というほどのものではないですが、あえて言うなら……1作目から変わらず、何も我慢せずにやりたいことをやろう、という気持ちはあります。予算に応じた我慢はしますが、自分が納得いくものを積み上げていきたいんです。
今作で言うなら海外ロケができない中で、いかにみつ子をローマに行かせるかを考えました。それで、現地のスタッフに街並みの撮影をしてもらって。それから美術・装飾を担当してくれたインテリアスタイリスト・作原文子さんにお願いし、部屋をイタリアの家庭らしく装飾することで乗り越えました。

 

──自分の意志を貫こうとすれば、誰かと意見がぶつかることもあると思います。そういった時はどうされていますか?

もし相手に私と異なる意見がある場合は、「口説いてくださいますか?」とお願いします。話を聞いているうちに面白く感じれば、取り入れることもあります。選択肢がたくさんある中で最善の決断をしていく、それが監督にとって最大の仕事ですから。

 

──柔軟に対応されるんですね。

めちゃくちゃ柔軟だと思います。撮影に臨むときは、あえて準備を6割くらいにとどめ、絵コンテも書いていきません。というのも、現場で生まれるものを大切にしたいんです。たとえば今作で、みつ子の気分を部屋の灯りの強弱で表現したのは、照明の常谷(良男)さんのテストを見ていて思いついた演出です。
あと、みつ子がひとり焼肉をするシーンでは、元々予定していたお店がコロナ禍で使えなくなってしまって。困っていたら、今作のプロデューサーでもある俳優の竹内力さんが、ご存知の焼肉屋さんを紹介してくださいました。撮影当日そのお店に入ったら、作中にも登場している、波越しの富士山が描かれた壁画が広がっていて、つい「ザッパーン」とつぶやいてしまった(笑)。「このフレーズは使えるぞ」と思い、急遽シナリオに加えました。

 

──予算などの制限があっても、想定外のトラブルが起きても、アイデアで乗り切っていくんですね。

枷があることはものづくりにおいて、必ずしも悪いことではないと思うんです。イランのアッバス・キアロスタミ監督が大好きなのですが、彼はスタジオ撮影をせずセットも使わず、また素人の俳優を起用したことで知られています。そうした撮影には予想外の問題が付きもの。でも、キアロスタミ監督の現場について助監督が残した製作ノートによれば、監督は絵コンテに固執せず、逆にトラブルを利用していいシーンを撮ってのけたそうです。制約が、創造性を膨らませてくれることもあるんだと思います。

『私をくいとめて』

私をくいとめて 大九明子 インタビュー

原作: 綿矢りさ『私をくいとめて』(朝日文庫/朝日新聞出版刊)
監督・脚本: 大九明子
出演: のん、林遣都、臼田あさ美、若林拓也、前野朋哉、山田真歩、片桐はいり/橋本愛
配給: 日活
2020/日本/カラー/DCP/ビスタサイズ/ドルビーサラウンド 7.1ch/133 分

12月18日(金)全国公開
©2020『私をくいとめて』製作委員会

公式HPはこちら

大九明子 Akiko Ohku

横浜市出身。1997年に映画美学校第1期生となり、1999年、『意外と死なない』で映画監督デビュー。以降、『恋するマドリ』(07)、『東京無印女子物語』(12)、『でーれーガールズ』(15)などを手掛け、17年に監督、脚本を務めた『勝手にふるえてろ』では、第30回東京国際映画祭コンペティション部門・観客賞をはじめ数々の賞を受賞。近作として、映画『美人が婚活してみたら』、テレビ朝日系『時効警察はじめました』(19)、テレビ東京系『捨ててよ、安達さん。』、映画『甘いお酒でうがい』、テレビ東京系『あのコの夢を見たんです。』(20)などがある。

Photo: Yuka Uesawa Text: Yoko Hasada Edit: Milli Kawaguchi

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