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中絶問題を描く映画『あのこと』。アナマリア・ヴァルトロメイが演じたフランスの不屈の女の系譜。「私の身体は私のもの」

中絶問題を描く映画『あのこと』。アナマリア・ヴァルトロメイが演じたフランスの不屈の女の系譜。「私の身体は私のもの」

中絶が禁止されていた、1960年代のフランスが舞台の映画『あのこと』。予期せぬ妊娠をした大学生が、自らあらゆる解決策に挑む姿を描き、ヴェネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞しました。主演はフランス映画界屈指の若手女優、アナマリア・ヴァルトロメイ。来日中に直撃したところ、「東京でシャネルのヴィンテージを探したいの」と気さくに話したかと思えば、映画について語るときの知性たるや。その深い役作りについて聞きました。


──本作の舞台は、中絶が禁止されていた1960年代のフランス。望まない妊娠をし、たった一人で闘う大学生アンヌをアナマリアさんが演じています。オードレイ・ディヴァン監督とは、コロナで撮影が延期になっていた間にリモートで、参考になりそうな映画や本を共有し合ったと聞きました。映画だとたとえば、『冬の旅』(85)、『ロゼッタ』(99)、『フィッシュ・タンク』(09)などです。

あと、『愛の記念に』(83)も。『冬の旅』主演のサンドリーヌ・ボネールが、その前に主演したデビュー作です。この映画は今も、フランスの若手女優にインスピレーションを与え続けていて。お手本と言うべき作品なんです。

 

──今、話にあがった映画はすべて主演女優のデビュー作か2作目です。アナマリアさん自身は12歳のときに『ヴィオレッタ』(11)で子役デビューし、演技経験を重ねています。新人女優の初々しい演技が印象に残る映画が参考資料として揃ったことをどう捉えましたか?

どうでしょう。私は自分が女優として経験豊富だとは思っていなくて。だから、あんまり気にしてませんでした。たしかにデビューしたての役者にはある種の素直さや荒々しさがあって、そんな作品を観ると刺激を受けます。でも、今回の役のインスピレーションになったのは、主演女優たちの初々しさというより、彼女たちが演じたキャラクターだと思います。主人公たちは、みんな揺るぎない決意を持っています。決められた運命から逃れたい。自分だけが自分の支配者でいたい。自分の身体を自由にできるのは自分だけ。そういった信念で生きているんです。

 

──本作ではサンドリーヌ・ボネールがアンヌの母を演じています。どんなお話をしましたか?

サンドリーヌはカメラの前以外でもお母さんみたいな存在でした。好きな男の子の話や、仕事の悩みを聞いてくれて。サンドリーヌも人生についていろいろと話してくれたので、まるでマスタークラスを受けているような気分でした(笑)。彼女のような大女優には珍しいと思うのですが、とても優しくて面白くて謙虚な人なんです。今回の役は出番がそう多いわけではないけれど、作品のテーマに共感したから出演したそうで、そのシンプルで潔い在り方を美しいと感じました。

 

──同じ役者として刺激を受けたことはありますか?

実は、女優を続ける上での素晴らしいアドバイスをもらいました。それは演じているときに、決して「自分自身を見ようとしない」こと。綺麗に映っているかとか、光の当たり方はどうかとか、余計なことを気にしていてはダメで、自分の中からいかにキャラクターを最高な形で引き出すかだけ考えていればいいんだと。簡単ではないけれど、もっともだと思います。
セザール賞のお披露目パーティでは、サンドリーヌに“ゴッドマザー(marraine)”をお願いしました(*セザール賞はフランスの映画賞。例年、授賞式に先立って新人俳優のお披露目パーティが開かれ、そこで新人俳優は先輩俳優にゴッドマザー/ファザーとしてエスコートしてもらう慣習がある)。尊敬する彼女に引き受けてもらえて嬉しかったです。

映画『あのこと』 アナマリア・ヴァルトロメイ インタビュー

 

──本作で印象的だったのは、アンヌが苦境に立たされながらも、「犠牲者」には決して見えないところでした。原作は今年アカデミー賞文学賞を受賞した、フランスの作家アニー・エルノーによる自伝的小説「事件」です。アンヌを演じる上で、アニー・エルノーの文体はどう影響しましたか?

オードレイ(監督)の演出も、私の演技も、ものすごく影響を受けています。アニー・エルノーの文体は一文一文が簡潔で、とてもシャープなんです。ときには過去の自分に対して、まるで他人について書くかのような、辛辣な書き方をすることさえあります。そんな毅然とした文体が、私が演じたアンヌの揺るぎなさにつながったんだと思います。まるで彼女は兵士のように、なりふり構わず「目的」に向かって突き進んでいくんです。

 

──監督は本作を「戦争映画」として捉えていたと聞いています。中絶のシーンは観るのも辛いほどですが、戦争映画であれば痛々しいシーンも描くのは当然だと。アナマリアさんもこの認識は共有していましたか?

はい、同感でした。挑発的な描き方ではまったくないですし、何よりこれが現実ですから。現実を提示しただけという一言に尽きます。撮影自体は丁寧に行われ、とてもいいムードでした。ヌードシーンでは前貼りをしていましたし、スタッフの数も少数精鋭に絞ってくれました。チーム全員がこのプロジェクトに情熱を持って取り組み、お互いに支え合うその姿に感動しました。

 

──以前インタビューで、出演する作品を選ぶときは「かなり選り好みする」と話していましたが、その中で本作を選んだ理由を教えてください。

これまでヌードシーンがある作品はすべてお断りしていて。でも、この映画の脚本を読んだときだけは、ヌードが必然だと思いました。裸体を映すことで、アンヌが変化する自分自身の身体を見つめる視線や、性的な欲望の芽生えが表現されるからです。それに、彼女は労働者階級出身で、学業を続けることで社会的に成功したいと思っている向上心の持ち主です。身体的な欲望と社会的な欲求、その両方を通しての成長の描き方が的確だと思いました。これほどニュアンスに富んだ役はなかなかなく、まるで贈りものみたいに感じました。

映画『あのこと』 アナマリア・ヴァルトロメイ インタビュー

 

──本作のほか、『ヴィオレッタ』や『5月の花嫁学校』(20)など、女性の権利を巡る映画に多く出演しているように思います。作品選びの条件とは?

条件は3つあります。1つ目は脚本のクオリティ。ストーリーやテーマを支持できるか。2つ目は役柄。そのキャラクターを守ってあげたくなるか。そして3つ目は、これが一番大切かもしれないですが、監督との出会いです。作品を選ぶときに問うべきは、その役を演じられそうかではなく、誰と一緒に役を作っていけるかだと思います。この映画でオードレイが証明してくれたように、親身になってくれる人たちと組めば、自分の想像よりはるか遠くまで飛んでいけるんです。

『あのこと』

映画『あのこと』 アナマリア・ヴァルトロメイ インタビュー

アンヌの毎日は輝いていた。貧しい労働者階級に生まれたが、飛びぬけた知性と努力で大学に進学し、未来を約束する学位にも手が届こうとしていた。ところが、大切な試験を前に妊娠が発覚し、狼狽する。中絶が違法だった1960年代のフランスで、アンヌはあらゆる解決策に挑むのだが──。

監督: オードレイ・ディヴァン
出演: アナマリア・ヴァルトロメイ、サンドリーヌ・ボネール
原作: アニー・エルノー「事件」

2021年/フランス/100 分/カラー/ビスタ/5.1chデジタル

全国順次公開中
©️ 2021 RECTANGLE PRODUCTIONS – FRANCE 3 CINÉMA – WILD BUNCH – SRAB FILMS

公式HPはこちら

アナマリア・ヴァルトロメイ Anamaria Vartolomei

1999年生まれ、ルーマニア出身。12歳のときに『ヴィオレッタ』(11)で映画デビュー。写真家である母親に幼い頃にヌード写真を撮られた女優のエヴァ・イオネスコが、自らの経験をもとに監督した問題作で、彼女をモデルにした役を演じ話題となる。その後、『乙女たちの秘めごと』(17・劇場未公開)、『ジャスト・キッズ』(19)、ジュリエット・ビノシュ主演の『5月の花嫁学校』(20)などに出演。本作で、セザール賞最優秀新人女優賞、リュミエール賞に輝き、2022年のベルリン国際映画祭でシューティング・スター賞を受賞するなど、今後が期待される若手俳優のトップに躍り出る。

Photo: Eri Morikawa Text&Edit: Milli Kawaguchi

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