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『チャンシルさんには福が多いね』キム・チョヒ監督。小津安二郎を尊敬する、韓国映画界の新鋭にインタビュー

『チャンシルさんには福が多いね』キム・チョヒ監督。小津安二郎を尊敬する、韓国映画界の新鋭にインタビュー

『はちどり』(2018)や『82年生まれ、キム・ジヨン』(2019)などで昨今、女性監督の活躍が目立つ韓国映画界から、また新たな良作がやってきた。それは、『チャンシルさんには福が多いね』(1月8日公開)。「家なし、男なし、子どもなし」な映画プロデューサーの主人公は、40歳を過ぎて失業の危機に陥りながらも、年下男子への恋に右往左往したり、かつての夢に立ち返ったり……。その姿がユーモラスに、でも優しさをもって描かれる。
今作で長編デビューしたキム・チョヒ監督も、実は長年、国際的に評価の高いホン・サンス監督のプロデューサーを務めてきた。40代で自ら辞め、「監督になる」という昔からの夢に向き合い直したそう。念願が叶ったわけだが、「30代は映画に捧げたから、今はそれより身の回りにある幸せの方が大事」と、気負いはない。しかし大ファンだという、小津安二郎監督について熱弁をふるう姿には、深い映画愛をやっぱり感じた。


主人公が、自立した人物
であることを見せたかった

──今作の主人公・チャンシルさん(カン・マルグム)は、仲間内での飲み会シーンで、「誰よりも心が綺麗な人」に選ばれますよね。とりえは性格のよさで、それ以外に目立つところがない普通の人。そんな彼女を主人公にしたのはどうしてですか?

キャラクターが刺激的であればあるほど、観客を惹きつけやすいのはわかります。ただそういう映画は、あまり好きじゃないんです。私は小津安二郎監督を尊敬しています。彼の作品に悪い人は出てこないでしょう?そこに大きく影響を受けたのかもしれません。

 

──チャンシルさんは40代でインディーズ映画のプロデューサー。長い間組んできたチ監督が急逝したことで、失業の危機に陥ります。ただでさえ大変なのに、製作会社の社長に戦力外通告をされ、年配の大家さん(ユン・ヨジョン)に「何をする仕事?」と聞かれてもうまく答えられず、お父さんからの手紙でプロデュース作品を酷評され……、これまで心血を注いできた仕事について、次々に否定されてしまいます。どうしてここまで追い討ちをかけたんですか?

起承転結がはっきりしていないので、見方によっては、大した事件が起こっていないように感じる人もいるかもしれません。でもチャンシルが経験する些細な出来事が積み重なることで、物語が面白くなっていくし、観客も彼女のことを応援したくなるだろうと考えました。

 

──お父さんからの手紙のモノローグ「追伸 今さらだがチ監督の映画はそれほどよくない いつも寝てしまった」には、つい吹き出してしまいました。心配してくれているのはわかるんだけど、無神経な親の発言にモヤモヤした経験が、自分にもあるので(笑)。

モノローグの声は、実際に私の父に担当してもらったんです。父の名誉のために言うと、彼は私にあんな手紙を送ってきたことはありません(笑)。

 

──一方でチャンシルさんは、年下のヨン(ペ・ユラム)に恋心を抱きます。結果はどうあれこの恋は、彼女が自分の殻を破るきっかけになったと感じました。

初期のシナリオでは、チャンシルの恋は叶う設定でした。ところが途中で「この結末は違う」と思い、書き直したんです。その理由は……、人は辛い時、「誰かに頼りたい、すがりたい」という欲望を抱くことがあります。その欲望は「恋したい」という純粋な気持ちからではなく、「辛い状況から抜け出したい」という逃げの考えから生まれるものです。チャンシルも、誰でもいいから側にいてほしくて、ヨンと付き合おうとしている。それは、愛ではないと思います。だから、二人は結ばれないのが正しいと感じたんです。

 

──本当の問題から目を背けるために、誰かの愛情を求めてしまう心理はなんとなくわかる気がします……。

人間、誰しもが辛い経験をするけれど、その苦しみから脱するには恋愛ではなく、一人で過ごす時間というのが絶対的に必要だと思います。まず独り立ちをした上で、その次に恋がその人のもとへ、まるで運命のようにやってきてほしい。ヨンはチャンシルに勇気を与える存在ではあるけれど、恋が実る相手ではありません。だからこそ失恋後、彼女はすぐにちゃんと立ち直ったんです。

 

──恋の行方を書き直すことで、物語がもつテーマがより明確になったわけですね。

終盤でチャンシルは映画のシナリオを書き始めますが、もしヨンと結ばれていたとしても結末自体は同じでした。でも恋が叶わないことで、チャンシルが人生を自ら決めていける、自立した人物であるということを、よりしっかり見せられたと思います。

 

いい映画とは小津作品のように
歳月を越えて残っていくもの

──今作は主人公の成長譚でありながら、監督の映画愛がたっぷり表現された作品でもあります。たとえばオープニングタイトルが小津安二郎監督へのオマージュだったり、香港映画最盛期のスター、レスリー・チャンの幽霊(キム・ヨンミン)がチャンシルさんの前に現れたり。その二重構造になることは、最初から想定していたんでしょうか?

ええ、早くから構想していました。チャンシルの失業したショックを伝えるためには、それまでいかに、仕事に取り組んできたかを見せなければいけない。彼女の仕事は映画ですから、映画への賛辞が入るのは必然です。もしチャンシルが料理人だったら、料理がどれだけ大事な存在か、同様に描いていたでしょう。

 

──幻想的なラストシーンも印象に残りました。チャンシルさんが夜道を照らす懐中電灯の光が、レスリーの幽霊が映画館で観ている、スクリーンに投射される光へと繋がっていくという。

実はあのシーンは、予定していた撮影が全部終わり、編集をしている最中に思いついて追加で撮ったものです。シナリオ上では、チャンシルがみんなと電球を買いに行く道すがら、もう一度映画を作ろうと決心をするところで終わっていました。「それよりいい考えが浮かんだら追加しよう」と、クランクアップ当日の朝まで迷っていたんですが、その時は結局思いつかなくて。いい映画を撮ろうと思ったら、撮影が終わったからといって諦めちゃいけませんね(笑)。

 

──レスリーの幽霊が眺めていたスクリーンでは、雪景色の中を列車が走っていました。

リュミエール兄弟が作った人類初の映画『ラ・シオタ駅への列車の到着』(1895)と、小津監督の作品に何度も登場した、人々の暮らしを象徴する列車へのオマージュです。光から生まれた、映画に捧げる感謝の思いを込めました。

 

──今作は冒頭、「映画の価値は興行収入や評判で決まるものじゃない。映画は……」というモノローグから始まりますが、この続きを監督が足すなら?

私にとっていい映画とは「歳月を越えて残っていくもの」です。小津監督ももう亡くなって久しいけれど、作品はずっと残っていますよね。自分がそういう映画を作れるかどうかはわかりませんが、古典として受け継がれていく作品には普遍性があって、たとえ製作当時と社会状況が変わっても、後世の人たちに学びや感動を与え続けるんだと思います。

 

23歳で抱いた監督になる夢を
44歳で叶えるまで

──チャンシルさんのキャラクター設定には、監督ご自身の経歴と重なる部分があります。ホン・サンス監督のプロデューサーを7年間務めた後、今作で長編デビューされていますから。初めて映画監督を志したのは、23歳のことだそうですね。

学生時代は勉強にまったく興味がなく、フラフラしてばかりいました。その頃のことを、20代になってから表現したくなって、最初は小説家になろうと思ったんです。ある時、徹夜して書いた小説を友だちに見せたところ、「書き慣れた感じはあるけど、どこかで見たことのある文章だね」と言われてしまって。若かったのですごくショックを受けて、早々に諦めてしまいました。

 

──創作デビューは小説からだったんですね。映画にはどのように出合ったんですか?

当時レンタルビデオ店でバイトしていたんですが、映画が身近にある仕事を6年半続けるうちに漠然と、監督を夢見るようになりました。でもうちは裕福じゃなかったので、映画を学びに行かせてもらえるようなお金の余裕はなく、自分の生活費も稼がないといけませんでした。それでひとまずは、裏方になることにしたんです。

 

──やがて33歳の頃、ホン・サンス監督の『アバンチュールはパリで』(2008)で演出助手を務めます。それをきっかけに、プロデューサーとして関わるようになっていくんですね。

裏方になったのはもともと収入のためでしたが、そのうち「監督ができなくても、映画に関われて幸せだなぁ」と感じるようになって、気づけば20年以上経っていました。業界関係者の中には私と同じように、当初の夢は監督だったけれど、金銭的な事情から別の役目を引き受けたまま、今に至るという人がたくさんいるはずです。でももちろん、裏方を長い間続けてこられたのは、映画を愛していたからで。その点においては、仕事がプロデューサーであれ監督であれ、変わりません。すべて、自分に必要な時間だったと思っています。

キム・チョヒ チャンシルさんには福が多いね インタビュー

Cho-hee Kim

 

──23歳で抱いた映画監督になる夢を、44歳で実現したことを今、どう振り返りますか?

昔からの夢が叶ったことは嬉しいですが、「絶対に監督でい続けなければ」というプレッシャーは感じていません。理由は、30代を映画に捧げてきたから。仕事のために、たくさんの幸せを後回しにしてきたような気がするんです。もちろんこれからも監督を続けたいけれど、以前のようにはしたくはない。もし監督でいることで、身の回りにある幸福を手放さなければいけないのであれば、喜んで仕事を辞めて、今すぐ幸せになる道を選びます。

 

──「映画>人生」だった日々を経て、今は「人生>映画」なんですね。最後にぜひGINZA読者へ向けて、チャンシルさんや監督のように、未来を自分らしく切り拓くためのアドバイスをいただけないでしょうか?

私がアドバイザーとして適任かは疑問ですが(笑)、あえて一言言うのなら、人生には辛い時期がしょっちゅうありますよね。努力したからといって、期待どおりの成果が得られないなんてことも多いですし、特に今は、コロナ禍でみんなが苦しい時期です。
そのよくない時期を「どう過ごすか」というのがすごく大事だと思います。改善しようと無闇に努力するのではなく、あるいは誰かのせいにして嘆くのでもなく……、状況をそのまま受け入れることで、新しい自分になるための練習をする時間と捉えてみるのはどうでしょう。私は今日この日にも、人は生まれ変われると考えています。「新しい自分になるぞ」という覚悟を持つことが、人生の危機を克服する一つの方法ではないかと思うんです。

『チャンシルさんには福が多いね』

監督・脚本: キム・チョヒ
出演: カン・マルグム、ユン・ヨジョン、キム・ヨンミン、ユン・スンア、ペ・ユラム
配給: リアリーライクフィルムズ + キノ・キネマ
配給協力: アルミード
2019/韓国/カラー/DCP・BD/96分

2021年1月8日(金)より福いっぱいロードショー
2019 Copyright © KIM Cho-hee All RIGHTS RESERVED / ReallyLikeFilms

公式HPはこちら

キム・チョヒ Cho-hee Kim

1975 年生まれ。フランスのパリ第一大学で映画理論を専攻し、 ホン・サンス監督のプロデューサーとして『ハハハ』(2010)、『ソニはご機嫌ななめ』(2013)、『自由が丘で』(2014)などを担当。監督としては、3 本の短編映画『冬のピアニスト』(2011)、『うちのスニ』(2013)、『山菜娘』(2016)で注目を浴びた後、『チャンシルさんには福が多いね』(2019)で長編デビュー。今作は、釜山国際映画祭でCGアートハウス賞、KBS 独立映画賞、韓国映画監督組合賞を、ソウル独立映画祭で観客賞を受賞。また2020年3月に韓国で劇場公開されると、コロナ禍中にも関わらず、1か月で2万人を超える観客を動員し、好評を博した。

Text: Milli Kawaguchi Translation: Keigo Hayashibara

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