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真鍋大度「ナムコのゲームに夢中だった」|あの頃、何をしていたのか vol.2

真鍋大度「ナムコのゲームに夢中だった」|あの頃、何をしていたのか vol.2

ジャンル横断的にカルチャーを発信する先駆者。2000年代以降の新しい表現者の筆頭。 ともに“今”につながる種は80年代にあった。


ナムコのゲームに夢中だった

80年代といえば、自分が4歳〜14歳の頃になります。この10年間を通して、もっとものめり込んだのはゲーム。当時はカルチャーの文脈で語られることは少なかったかもしれませんが、今では幅広い層の人たちに欠かせないものになっている。まさに、この時代が黎明期だったのだと思います。

1983年に任天堂からファミコンが発売されましたが、自分は手に入れるのが遅くて、もっぱらアーケードゲームに夢中になっていました。小学校3、4年生から6年生まで英会話教室に通っていて。それが現在の渋谷ヒカリエ、当時の東急文化会館にあって、フロア違いにあるゲームセンターにものすごく行っていました。

真鍋大度

とにかく、いろんなゲームをやりましたね。パックマン、ディグダグ、パックランド、ゼビウス、ドルアーガの塔…一番好きなのはナムコのタイトルです。タイトーのフェアリーランドストーリーも印象に残っていますが、断然ナムコ派です。

振り返れば、“ドット絵”は荒くて、シンプルな2D表現で、とてもプリミティブなグラフィック。映画の世界のようなリアルで緻密な3Dになった最新のものとは隔世の感があります。“テクノロジーの進化”という言葉は、ゲームの分野に強く現れていると思います。

小学校の同級生は早くからファミコンを所有していました。でも、自分の家になかった。これは父親の方針です。完全に偏見なのですが、「教育上よくない」と。その替わりに、自宅にはパソコンが3台あって、それに触るのはOK。ほぼ毎日、NECやマイクロソフトのパソコンでゲームをやっていました。

真鍋大度

当時、アーケードゲームのタイトルが家庭用ゲーム機やパソコンに移植され始め、その流れが加速していきました。NECのPC-8801とマイクロソフトのMSX、シャープのX1など、パソコンのスペックが違うから、同じゲームでもグラフィックや音が微妙に違う。

当時は画一的ではなかったんです。今は統一規格で進めないといけないのでしょうけど、いい意味での個性のバラツキを楽しめた時代。ゲームセンターでは100%の体験ができて、それがパソコンやファミコンだと劣化した体験しかできない。でも、そこがまた味わい深くて面白い。

雑誌『マイコンBASICマガジン』を購読して、掲載されたプログラムを打ち込んでは、簡単なゲームを作ったりもしていました。複雑なことは余りできませんでしたが、80年代にパソコンに触れて、プログラミングの可能性を知れたのはよかったと思います。

パソコンと並んで大きかったのがシンセサイザーの存在。母親がヤマハのサウンドプログラマーだった関係で、自宅にDX7があったんです。

FM音源が採用されたことで、簡単に金属的な音や打楽器系の音などが出せるようになった先進的な一台です。プリセットでたくさん音も入っているので、実にさまざまなサウンドを再現することができます。

それを使って、ゲームセンターで耳にした、パックマンがドットを食べる“パオパオ”、そしてシューティングゲームの銃の発射音の“ピュンピュン”などをコピーしていました。

真鍋大度

映像と音楽をリアルタイムでユーザーが操作できる、今でいうところの“インタラクティブオーディオヴィジュアル”。ゲームというものは、今の自分に多大な影響を与えていると思います。

父親はプロのベーシストで、『夜のヒットスタジオ』のバックバンドのメンバーだったんですよ。YouTubeでも演奏する姿をちらっと確認できたりします。当時はテレビを観ながら、父親の弾くベースの音を追いかけていました。

そんなこともあって、CDの誕生も外すことができません。専用プレーヤーが発売されたのは82年。そこから劇的に音楽を取り巻く環境は変わっていきました。

祖父がとにかく大量のレコードを所有していたんです。それこそブルーノートのシリーズなんてほぼ全部そろっていたし、貴重な名盤もたくさんありました。でも、これからは「CDの時代だ!」「レコードは無用の長物になる!」ということで、知り合いに譲ったり、学校に寄贈したりして、ほぼ全部処分することになったんです。

マイケル・ジャクソン、アース・ウィンド・アンド・ファイアー、ウェザー・リポートとか、自分のお気に入りだけピックしましたが、それは限られた枚数しかなくて。その後、DJをやるなんて思ってもいなかったし、なによりもう一度レコードが見直される時代が来るとは1ミリも予想していませんでした。

不思議なものですよね、今の若い世代は、VHSの荒れた風合いが格好いいと言ったり、時代には揺り戻しがある。

ただ、特に父親の世代だと、技術は右肩上がりで進化して、より良いものになることに疑いの余地はなかったでしょう。CDは永続性があり、音がきれいで、音楽を所有するに最適のメディアという確信しかなかった。特に、80年代後半はそういう空気感だったと思います。

その後、あらためて何枚のレコードを購入したことか…。なので、真鍋家では「あのとき処分してなければ」は禁句です。悲しくなるだけなので話題にもしません(笑)。

メディアアーティスト、プログラマー、映像作家、DJ、VJ。振り返ると、自分の仕事、やりたいことの“原点”的なものが80年代にあります。

そして、小学生の頃からやっているスケートボード。当時はパウエル・ペラルタやサンタクルーズあたりのブランドが好きで、よく着ていました。90年代のTシャツなどは見つかりますが、この頃のものはなかなか手に入らないですね。スケボーを始めるきっかけのひとつは村上淳さん。中学校の先輩で、とにかく格好良くて、憧れを抱いていました。

みんなで意味もなく公園に集まって話し込んだりしました。スマホやSNSがある今と違って、当時はお金をかけずに暇をつぶす方法がなくて、スケボーは丁度いいところもあったんでしょうね。ゲームセンターもそう。家でシンセやパソコンに触れるのも楽しいですが、仲間と遊ぶことが生活の中心を占めていたのは間違いない。時間もゆったり流れていました。だから、「当時に戻りたい」なんてふと思うこともある。でも、情報量が少な過ぎて、きっと暇を持て余して1日ももたないかもしれません。

真鍋大度 まなべ・だいと

1976年生まれ。アーティスト、プログラマー、DJ。2006年にライゾマティクスを設立。Perfumeの演出技術開発やビョーク、アルカ、スクエアプッシャーなどとのコラボレーションで国内外で活動。

Illustration: Miu Ukawa

GINZA2021年12月号掲載

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