「ダンス」「演劇」と聞いて果たしてどのくらいの人が実際にそれらの公演に行くだろうか?私自身はいままで生きてきた中で公演を見たことがなく全くと言っていいほどにその世界とは無縁だった。そんな無縁の世界へ飛び込んでみるきっかけとして、原宿・VACANTで世界的ダンスカンパニー「ローザス」に所属している池田扶美代さんのワークショップを受けた総勢14名のショーケースが開催していた。正直行く前は「果たして私はなにか感じられるのだろうか」とソワソワしていたが終演後は特にそんな気負いも忘れてしまう程に表現に圧倒されていた。今回の企画者でもあるVACANTの黒瀧保士さんを交えて、池田さんへバックグラウンド、ショーケースについて、日本とベルギーでの表現することの違いなどについてお話を聞きました。
■今回のワークショップ、ショーケースはどのようなプロセスで日本開催になったのでしょうか?参加している14名の方々それぞれ異なるキャラクターであることが気になりました。
黒瀧さん(以下K):もともと私が2015年に東京芸術劇場で上演されたローザスのダンス公演「Drumming」の関連企画で開講されておりましたワークショップに参加したのがきっかけです。その時の講師が池田扶美代さんだったのです。受講してとても面白みを感じて、何か池田さんとVACANTで企画ができないかなと思ったんですね。それでお声かけして今回のワークショップ、ショーケース開催に至りました。
池田さん(以下I) :黒瀧さんに参加していただいた2年前の企画と同じく、今回も特にダンサーさんじゃない人にも参加していただきたいと思いました。過去にワークショップを開催するとダンサーさんだけが集まってしまい、一般の方から敷居が高いという声をいただいていました。それを機に誰でも参加できるような形を取り、オープンな場としてすでに経験者のダンサーさんでも自然と他の参加者に協調できる環境を作っています。
■確かに私も今回観に来るだけでダンスへの敷居の高さを感じてしまいましたが、実際観てみるとそのように様々な方が参加して表現していることに驚きました。今回のテーマである「無力」っていうのは、いまの時代感に関連づいたものなのでしょうか?それとも参加者みんなで決めたテーマなんですか?
I :特に話し合いで決めたりはしていないですね。短い時間でのクリエーションだし私の方でアイデアを提供させていただきました。無力というとすぐに今の時代の政治や戦争の話になりがちですが、ショーケースで表現されているように「自分自身との戦い」も今回「無力」という言葉にも含ませています。もちろん社会に対して悩むこともあると思うのですが、日常ではもっと自分の身近なことと戦っている場合もあるじゃないですか。些細なことから大きな問題まで、そして人それぞれで異なる。だから、1つにスポットを当てるというよりスポットの当て方ってこんなにあるな、と感じてもらえたら嬉しいです。そのコンセプトが冒頭に1人ずつ日記を書き上げるシーンで表現されています。
■池田さんにとって「ダンス」というのは、どのような存在ですか?
I :逆に動きがいつダンスになったって定義できると思いますか?
音がいつ音楽になったかって考えるのと同じことなんだけど。別にダンサーじゃなくても出来る日常的な動き、これを私たちがすごく意識した時点でこれは演劇にもダンスにもなりうるの。だから意識するかしないかの違いだけ。例えばいまVACANTで流れてる音楽もいまは雑音だけど、映画の一コマなんかだとこれをうまく利用して何か意味を持たせたりしますよね。そういう日常的な音、自然の音を意識して編集して使うだけで作品の一部になる。だから意識が生じたときに、ダンス、映画、演劇含めそれはアートに変わるんだと思います。
■では、池田さんのダンスもかなり日常に根ざしている感覚なんでしょうか?
I :そうですね。何を意識してやって何を無意識にやっているかというレベルから発展していってます。ついつい無意識的にやってしまう動きがあるなら、それを意識的に変えた動きでやってみるとか。いつも右から回ってしまうなら、反対回りで動いてみようとか、そのくらいのレベルだけれど私にとっては、すごく大切なことです。
■日常的なものから派生しているとはいえ、自分の踊りのスタイルに気づいたのはいつ頃なんでしょうか?
I :ベルギー拠点・ダンスカンパニー「ローザス」の振付師のアンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルさんから影響を受けましたね。ちゃんと振り付けを提供してくれたり、時には自分で考えてみてねと言われたり、そういうふうにある程度自分で何かを作るチャンスをあたえてくれる人でした。なので、やっぱり作るにあたってアイディア不足になる瞬間もあるのですが、そういう時にいかに既存の自分を壊せるか、それを叩きに新しいことをどうやって生み出すか考える力は身につきました。
■そもそもローザスに所属するまでのダンスを始めたきっかけを教えてください。
I :私の母がもともとダンスに興味があって、10歳の頃に母に連れられて地元福井のダンス教室に通い始めました。その後わりと早くから舞台に立たせていただけて、舞台上独特の緊張感と雰囲気にすぐのめり込みましたね。13歳頃には東京に上京して青山にある松山バレエ教室に通い始めました。その後高校生で、フランス人のモーリス・ベジャールの学校『ムードラ』のオーディションが行われていたので参加したら受かったんです。オーディションの開催に場所を提供してくださったのは東京バレエ団でした。
当時はもちろんインターネットもない時代なので、モーリス・ベジャールの本1冊だけ持って急に東京を飛び越えて、福井からベルギーに移りました。16、17歳の頃ですね。その頃はとにかく訳も分からず一生懸命だったので、挫折した記憶も何もあまり覚えてなくて、そのくらい毎日必死に異国の地で暮らしていたんだと思います。
■若い時からダンスを続けてきて、池田さんにおいて「創ること」とは?
I :私が創っているダンスにおいては絵と違ってその後も形として残らないけれど、舞台に込めた考えや思いを一緒にお客様と共有したり、引っかかってもらったりすることを重要視しているかな。お客様人それぞれで考えることは違って当然なので、私の考えや思いをもとに1つの意味ではなく色々な窓口を広げてあげて、そこから何かお客様にヒットすればいいかなと思ってます。何かを考えてもらう、そういう状況が作るのが自分の役目だと思ってます。
■いままでのお話を聞いたり、実際にショーケースを観てみると意外にも身近に感じられることが多々あるのですが、日本にダンスや演劇があまり根付いてない理由ってなんでしょうか?私も実際来る前までは、かなり敷居が高いと勝手に思い込んでいました。
I : 歴史を30〜50年前まで遡らないといけないくらいベルギーと日本でのダンスの根付き方って全く違うと思います。ベルギーでは、小中学校で既にダンスを観にいかせる授業があるんですよね。教育の一貫として取り入れているんです。ローザスの場合だと、自由参加で学生が作品の説明とともにワークショップを受けて、その後ゲネを無料で開放したりしています。ローザスだけではなく他の演劇やダンスの団体もなるべくそうやって一般公開を積極的に行っていますね。一般公開以外にも基本的に公演のチケット値段は1000円くらいと安いです。しかも、大体の子は小さい頃に既に両親と観にいってるケースが多いです。学校によっては行った後にディスカッションさせたり、感想文書いたりなにかダンスや演劇に考えることも学生の頃から自然と習慣づいてきますよね。
K:羨ましい環境ですよね。ゲネを観て頂けることで演ずる側も本番さながらの空気感を感じる事が出来ますし、緊張感も生まれる。
■ファッションの現場でも海外だと芸術大学の中にファッション学科があるのに、日本では完全に分離していたりと教育の話が最近浮き彫りになってきています。そして資本主義の上に乗っかっている以上、ファッションブランドの商品に対しての付加価値もかなり曖昧なものになってしまっているように感じます。
I: 私が毎回日本に来て感じるのは、ものに溢れすぎていて消費が活発すぎるように感じます。ベルギーの場合は、親がまず長く使えるもの、着れるものを重要視するので子供も同じ考え方になります。が、日本の場合は流行りを無理やり作って話題がいつまでも絶えないですよね。テレビにおいてもベルギーの場合は、全くなにも流れない時間帯があります。代わりにラジオをつけたり外に出たり、読書したり。そういうふうにゆったりとした静かな時間を過ごせる場所ですね。そういう場所にいるとより一層、いいものはいつまでも長く続くことに改めて気づかされたり、自分もそういうものづくりをやっていきたいと思います。
■いまものづくりをしていたり、興味がある方になにかメッセージはありますか?
なんのジャンルにおいても興味があったらまずはそれを実行する、行動に移るのが一番だと思います。敷居が高いと感じることはなくて、一回覗いてみるとそうでもないって気がつくと思うので。
池田扶美代
1979年、モーリス・ベジャールのムードラ(ブリュッセル)に入学。同校でアンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルと出会い、1983年共にローザスを結成。以来、2008年までほぼ全ての作品の創作に携わり出演する。ローザスの多くの映画やビデオ作品にも参加し、ジャンルを超えて活動を広げる。