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『MONSOON/モンスーン』ホン・カウ監督にインタビュー。音で、色で、いかにベトナムの街の空気感を表現するか

『MONSOON/モンスーン』ホン・カウ監督にインタビュー。音で、色で、いかにベトナムの街の空気感を表現するか

カンボジアで生まれてすぐ、政治的な理由から家族とともにベトナムに逃れ、8歳からはイギリスで育ったホン・カウ監督。映画を通して、自身のルーツに向き合い続ける彼の最新作が、『MONSOON/モンスーン』(1月14日公開)。30年ぶりに生まれ故郷のベトナムを訪れた主人公が、旅の中で人生を見つめ直す、センチメンタルなロードムービーです。主な舞台は新旧の文化が入り混じる、エネルギッシュなサイゴン。監督によれば、映画の世界観を維持するために、現地の雰囲気をいかに捉えるかが重要だったと話します。


──映画の冒頭から、音がすごく印象的でした。ベトナム・サイゴン(※正式名はホーチミン)の、バイクのクラクションやエンジン音、また市場でのベトナム語の響き。まるで主人公と一緒に、現地を旅しているような気分になりました。

音はとても重要でした。実際にサイゴンに足を運ぶとわかるんですが、街の喧騒がまるで、襲ってくるかのようにすごいんです。次第に耳は慣れてくるんですが、撮影においては、(そうした環境音がある中での、音声の録音に)非常に苦労しました。ただ道路を閉鎖して撮影する予算もなかったですし、もうその状況を受け止めるしかなかったわけです。実はアフレコも試してみたんですが、わざとらしく聞こえる気がして、結局採用しませんでした。

 

──では、同時録音をしたシーンが多いと。

ええ、ほとんどが同時録音です。シクロの音や、駅のアナウンスの音といった細かいディティールには、もう一度ベトナムに戻って別録りをした部分もありますが。サウンドデザイナー(グンナル・オスカルソン)やミキサー(ハワード・バーグロフ、キラン・マーシャル)が、現地で録った音声を使って素晴らしい仕事をしてくれました。あのサウンドデザインがなかったら、サイゴンを表現することができなかったと思います。

 

──この映画の主人公は、30年ぶりに故郷のベトナムを訪れたキット(ヘンリー・ゴールディング)。彼には、6歳のときに家族とともに、ベトナム戦争後の混乱を避けてイギリスに渡った背景があります。劇中でキットが、亡き母が亡命先にイギリスを選んだ理由を「エリザベス女王が上品で幸せそうだったから」と話すシーンがありますね。監督自身の経歴もキットと近いですが、あれは実話でしょうか?

キットの母がイギリスを選んだ理由は、他の人の経験に基づいています。リサーチを重ねていくうちに、当時イギリスやアメリカに渡ったベトナム系移民の人々の語りを集めたオーディオアーカイヴを見つけ、そこで得たヒントをあのセリフに使いました。

 

──キットはサイゴンで暮らしている従兄弟のリー(デヴィッド・トラン)へのおみやげとして、エリザベス女王の顔がこれみよがしにプリントされたショートブレッドの缶を渡しますね。微妙な気まずさが漂うのがおかしかったです。

あれは、私自身の経験に基づいています。イギリスへ移住して以来、何十年ぶりかにベトナムに戻るとき、かなりバタバタしていて。出発ギリギリになって「うわ、そういえば従兄弟に会うんだった!」と思い出し、とっさにあのショートブレッドをおみやげに買ってしまったんです。後から自分でも、ちょっと趣味が悪かったかなと思いました……(笑)。つまり私もそうだったんですけれども、キットがどれだけウェスタナイズ(西洋化)されているかを、あのおみやげを使って表現したんです。

 

──当初、キットは両親の遺灰を埋葬しようとベトナムを訪れました。でも彼が出会い系アプリで知り合ったアフリカ系アメリカ人のルイス(パーカー・ソーヤーズ)らと交流する中で、実際は少し意外な、でも心温まるエンディングに帰結しますね。

最初からあのエンディングありきで考えていました。キットが旅の中で、束の間のロマンスを味わうさまを描きたかったんです。ルイスと出会って意気投合し、彼のことを好きになる。このラブストーリーを完結させるためには何かしら、両親の遺灰をどうするのか決着をつける必要があると思いました。ただ、キットが遺灰を埋葬する姿は見せたくなかったんです。というのも、もし埋葬するならイギリスでするだろうし、この映画の舞台はベトナムのみに終始したいというこだわりがあったから。

 

──キットが遺灰をベトナムには埋葬しないという決断に至るまでの過程は、劇中で丁寧に描かれていますね。

両親の遺灰を生まれ故郷に埋葬するというアイデアはロマンチックです。でもキットは旅を通してようやく、ベトナムに両親にとっての記念碑的な場所は存在しないと気づくんです。彼らはイギリスに移住して、新しい生活を築いた。それは息子のことを思い、過去のトラウマから逃れるためだった。象徴的なセリフが、映画の終盤に登場します。リーがキットに言う「この国から命からがら逃げた親を、君は連れ戻した」というセリフです。

 

──キットを演じたヘンリー・ゴールディングは『クレイジー・リッチ!』(18)で一躍スターダムに躍り出た、マレーシア生まれ・イギリス育ちの俳優です。センシティブな演技が絶妙で素晴らしかったですが、彼を起用した経緯を教えてください。

オーディションは長い時間をかけて、ワールドワイドに行いました。キットは全編を通して登場するキャラクターです。観客を惹きつけ、映画の世界観に誘うことができ、なおかつ、キットが抱えている内面的な葛藤を、共感を得られるような演技で表現できる人でなければと。ヘンリーに出会った当時は、これほどの大スターになるとは思ってもみませんでした! 彼はすでに『クレイジー・リッチ!』を含めて2本の長編映画の撮影を経ていたんですが、まだ公開されていなかったので、本編を観ることができなかったんです。だから何度もオーディションで会い、最終的に彼しかいないという確信を得ました。ものすごく自然に感情を表現してくれる、素晴らしい俳優です。しかもあれだけの美形ですから、もちろんそれもプラスにはたらきました。

 

──前作『追憶と、踊りながら』(14)で主役に起用したのは、ベン・ウィショー。当時すでに彼は『007』シリーズにQ役で出演し、知名度があり経験も豊富でした。ヘンリーの場合、ベンより経験が浅かったと思うのですが、演出のアプローチは変わりましたか?

たしかにベンは舞台出身で、当時も多くの映画に出演していました。ただヘンリーも、この映画の前に2本の撮影を経験し、セットやカメラのことをちゃんと理解していたので、とても助かりました。私が俳優と接するときに心がけているのは、一人一人の強みを生かすということです。ヘンリーの長所はさっきも言ったとおり、内面的な苦悩を自然に表現できること。なのであまり私の考えを押し付けず、なるべく彼に任せました。ヘンリーよりも、ベンとの方がより話し合ったかもしれません。ベンは役を調べて掘り下げていくタイプなので。俳優が何を求めているかに応じ、オープンで臨機応変に接することを大事にしています。

 

──劇中に登場する、さまざまなインテリアも印象深かったです。たとえばキットがサイゴンで泊まるおしゃれな高層マンション、リーのこじんまりとした集合住宅など。

インテリアも、作品のテーマを表現する上で大切でした。つまりこの映画は過去と現在、古い世代と新しい世代を描いていて、登場人物それぞれがある種の変遷を経験していると思います。キットがサイゴンで滞在する、広々とした高層マンションがあるのは、2区。外国人が多く住んでいる、近代的でクリーンなエリアです。一方で、リーが暮らす古い集合住宅は、5区のチャイナタウンにあります。キットのマンションとは対照的に、部屋はかなり狭く、風通しも採光もよくありません。

 

──リーの家は、外観も室内もインパクトがありました。

あの集合住宅はロケハンで見つけたんですが、中庭を取り囲む形で建っているのが気に入りました。そのおかげでもともとやりたかった、キットがリーの部屋を探しながら、一瞬フレームから消えて、また現れるショットを撮ることができました。ただあの部屋のサイズだと、スタッフとカメラが入ったらパンパンになってしまうので、最初は躊躇していたんです。でもコーディネーターから「これ以上完璧な場所はないんじゃない? これだけリアルなんだから」と背中を押されて。

 

──インテリアはどのように作り上げましたか? 壁がほんのりピンク色で温かみがあったり、中国風の飾り付けがされていたり。自然な生活感が漂い、家系のルーツも垣間見えるようでした。

ある家族が実際に住んでいる部屋を借りたので、あまり大々的にいじることはできませんでした。たしか、壁の色もそのままですし、照明もほとんど自然光です。とはいえ、少し異なる空間を作る必要がありました。前作に引き続き参加してもらった、プロダクションデザイナーのミレン・マラノンが、カラーパレットを作ってきてくれたんです。そのカラーパレットに合わせて、テーブルクロスの色合いを変えるなど、小道具を持ち込みました。あとは、家族写真を外したくらい。室内での撮影はやっぱり密だったし、暑くて湿度も高かったので、みんな何リットルも汗をかいたような気がします(笑)。

『MONSOON/モンスーン』

映画 『MONSOON/モンスーン』 ホン・カウ インタビュー

舞台は現代のベトナム。キット(ヘンリー・ゴールディング)は、両親の遺灰を埋葬すべく、30年ぶりにサイゴン(現ホーチミン)に足を踏み入れる。キットは6歳のとき、家族とともにベトナム戦争後の混乱を逃れてイギリスへ渡った、“ボート難⺠”だ。すっかり経済発展を遂げた祖国で、もはやベトナム語すらままならない彼は、英語が話せる従兄弟のリー(デヴィッド・トラン)の助けを借りながら、埋葬場所探しを開始。そんな中、ネットで知り合ったアフリカ系アメリカ人のルイス(パーカー・ソーヤーズ)と一夜をともにするキット。ルイスは父親がベトナム戦争に従軍した過去を持つが、そのことを隠してこの国で暮らしていた。キットは両親の故郷であるハノイにも向かうが、埋葬場所に関して芳しい成果は得られない。サイゴンに戻ったキットは、リーから自分たちの家族の亡命にまつわる“ある真実”を聞かされる。

脚本・脚本: ホン・カウ
出演: ヘンリー・ゴールディング、パーカー・ソーヤーズ、デヴィッド・トラン、モリー・ハリス
配給: イオンエンターテイメント

2020/イギリス、香港/85分/5.1ch/カラー/原題:MONSOON

1月14日(金)、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開
© MONSOON FILM 2018 LIMITED, BRITISH BROADCASTING CORPORATION, THE BRITISH FILM INSTITUTE 2019

公式HPはこちら

Hong Khaou ホン・カウ

1975年生まれ、カンボジア・プノンペン出身。2014年、サンダンス映画祭で上映され、撮影賞を受賞したベン・ウィショー主演の『追憶と、踊りながら』で⻑編映画デビュー。ベトナムで育ち、8歳のときにイギリス・ロンドンへ移住。1997年にUCA芸術大学を卒業。BBCとロイヤル・コート劇場の「50人の新進作家」に選出され、多くの企画の脚本に関わる。映画制作を学びながら、独立系映画配給会社に7年間勤務。2006年のベルリン国際映画祭で上映された『Summer』、2011年のサンダンス国際映画祭で上映された『Spring』という2本の短編で注目され、2013年にスクリーン・デイリー紙が選ぶ「明日のスター」に選ばれる。2014年には、英国インディペンデント映画賞の最優秀新人監督賞にノミネート。また、BAFTAロサンゼルスの注目すべき英国人の一人に選出された。長編第2作となる本作『MONSOON/モンスーン』は2019年、ロンドン映画祭に正式出品。カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭クリスタル・グローブノミネート。アテネ国際映画祭グローバル・アテネノミネート。

Text&Edit: Milli Kawaguchi

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