聡明な人である。
「本や映画は自分にとって薬のようなもの」と語り、さまざまなものを吸収しながら咀嚼し、自分自身の言葉を紡ぎ出す。先月公開した映画『ここは退屈迎えに来て』では、地方の閉塞的な社会のなか、葛藤する女性を繊細に演じたが、目の前の橋本愛さんは一転、明るくて自然体。軽やかな女性だった。
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――近寄りがたい美少女や、ミステリアスな役柄の印象が強かったですが、近年は等身大の役もたくさん演じていますね。
「人間らしい役が増えました(笑)。意識的にそういう作品を選んだところも実はあります。男子生徒の理想の女の子など、偶像じゃないものも演じてみたいと思っていたころ、『寄生獣』や『バースデーカード』など、それまでとは真逆の役のオファーをいただくようになりました。等身大の役が多くなったあと、『美しい星』で金星人の役をいただいて(笑)、はたして戻れるかな?と逆にドキドキしていました」
――現在公開中の『オズランド 笑顔の魔法おしえます。』は熊本の遊園地が舞台。行定勲監督の『うつくしいひと』など、ご出身の熊本県に関わる映画に数々出ています。やはり、地元愛は強いのですか?
「作品内容や企画の面白さで、お仕事をお受けしているので、特別、熊本にこだわっているわけではないんです。ただ、熊本出身だから呼んでいただけたんだとは思っています。熊本の良さは最近になって、感じるようになりましたね」
――熊本の良いところとは具体的には?
「厚い歴史がありながら、空気が澱んでおらず開放的なところです。戦争のあった場所もちゃんと鎮魂されているのでしょうね。古いものを残しつつ更新し続けている、カラっとしたところが好きです。以前は、少々能天気に見えていたのですが、地元を離れてフラットに捉えられるようになってから、それは常に前を向いて生きている熊本の人たちの強さなんだとわかり、さらに好きになりました」
――熊本は、ファッションもいちはやく取り入れる場所なのだそうですね。
「『そんなの、嘘だ!』と思っていたんです(笑)。ところが、日本の歴史に詳しい方にうかがったら、本当らしいですね。熊本は常に新しいものを取り入れていたそうで、『バッタもんのあふれる東京とは格が違う』とその方はおっしゃっていました(笑)。地元民ではない専門家がそんなふうに熊本のことを良く言ってくださるのは、うれしいですし、誇りに思います」
――自分には熊本の血が流れているなと感じることはありますか?
「どうでしょう?私はあまり県民性というものを信じていなくて、人それぞれだと思っているので……。ただ、自分にはどこか野猿的な部分は残っている気がします」
――『リトル・フォレスト』シリーズのように、実際に大自然のなかに身をおいて、ドキュメンタリーのように撮る作品に出演されたのも、そういう気質があったからかもしれないですね。
「あれは岩手県で撮っていたのですが、『あまちゃん』といい、あの時期は東北に呼んでいただくことが多かったですね。出身は南ですが、どこか共通する自然の匂いが自分に残っているのかな?と思います。『GINZA』のファッションページのような、モードな服をたくさん着させていただいている一方で、そういう側面も感じていただけるのはありがたいです。都会も田舎も私は両方、大好きですから」
――橋本さんは、13歳で芸能界に入られました。その前は何になりたいと思っていたのですか?
「特に何もありませんでした。将来の夢を持つ前にこの世界に入ってしまったんです」
――どんな子どもだったんでしょう?
「一言で言えば、クレイジー(笑)。子どもってだいたいクレイジーなものですけれど、自由で開放的で、祖母からずっと叱られていました(笑)。基本的にぐうたらで、神経質なところがほぼなかったんです。子ども時代に2回くらい性格転換しました。クレイジーから人見知りになって、またクレイジーに戻った……アップダウンが激しくて、自分でも面白いなと思います」
貪るように映画を観てきた。映画館がオアシスだった。――単館系や名画座に通うほど、映画好きで有名な橋本さん。衝撃を受けた作品として、石井隆監督の『人が人を愛することのどうしようもなさ』をしばしば挙げています。これが映画好きになるきっかけになった作品ですか?
「そうですね。それまでは、ストーリーなど、作品の核の部分に自分の人生を紐付けて感動するという映画の見方をしていましたが、この作品に出合い、画作りや照明、カメラワークの面白さを知りました。その後は映画のディープな部分に目がいくようになったんです。最近は忙しくて行けなくなってしまいましたが、通っていた時期は、館内にあるチラシを全部持って帰って、綿密にスケジュールを組んでいました」
――まるで仕事のようですね。
「そうですね(笑)。4年くらい前まで、ドラマの撮影を縫って映画館に通っていました。映画がオアシスのようなものだったんです」
――いま、雑誌『ポパイ』で映画や舞台、本などのカルチャーについてのエッセイを執筆していますが、書くことは楽しい?
「毎月、締め切りに追われていますが、書きながら、自分はこんなふうに感じていたんだと、あらためて気づかされることは多い気がします。書くことによって、作品への理解が深まっていくのは楽しいですね」
――橋本さんが役を演じる上では、一番大事にしていることは何ですか?
「映像に刻印することが大事だなと最近は思っています。ナチュラルに演じればリアルに見えるわけではなく、自然なまま演じていると、映像にしたときどうしても3割減に見えてしまう。私の好きな俳優さんは、映像にきちんと残るお芝居をしています。たとえば『ここは退屈迎えに来て』の門脇麦ちゃんと岸井ゆきのさんは、印象に残せる演技をされていて、すごいなと思います。私は、カメラ位置も無頓着に演じていたようなところがあったので、〝残せる〟芝居をさらっとやれるようになりたいです」