多部未華子という人を形容するとしたら、「クール」「現実的」「マイペース」などのワードが挙げられるだろう。これらは多部さんのある一面を示しているけれど、どうもしっくりこない。とはいえ、「つかみどころがない」というのも違う。なぜなら、多部さんは自分を悟られまいと隠しているわけではないから。あえて言うなら、「とてつもなく正直な」人。嘘をつかない(つけない?)かわりに、〝盛る〟ことも、リップサービスもしない。話す言葉が素っ気なく響くところがあるかもしれないが、多部さんに他意はなく、そのとき思うことを素直に話しているだけなのである。
「よろしくお願いします」
白いロングシャツワンピースに着替えて、控え室から出てきたところで、ご挨拶。初めて耳にした多部さんの声は、驚くほど小さかった。目下、舞台『ニンゲン御破算』の稽古、真っ最中。『ニンゲン御破算』は、松尾スズキが故・中村勘三郎(当時は勘九郎)のために書き下ろした作品で、15年ぶりに再演する。狂言作家をめざす元武士の加瀬実之介(阿部サダヲ)を中心に、彼の語る物語世界と現実世界がスピーディに錯綜する、邦楽の生演奏あり、殺陣ありの壮大な幕末エンタテインメント。多部さんは、一途な想いを抱えるお吉を演じる。
「これまで演じてきた松尾さんの作品のなかでは、わかりやすいキャラクターだと思います。ストレートな言葉が多くて、お吉のセリフは好きです」
松尾演出を受けるのは、『農業少女』(野田秀樹作)、『ふくすけ』『キレイ〜神様と待ち合わせした女〜』(ともに松尾作)についで4度目。
「初めて松尾さんとご一緒したときは、『宇宙人出して!』など、いきなり意図のわからないことをたくさん言われて戸惑った記憶があります。でも、それが松尾さんの世界なんだということがようやくわかってきました。なれたんですかね」
どの現場でも、たとえ疑問があっても監督や演出家には質問せず、自分なりに処理する。掘り下げて考えるタイプではないのだと語る。
「松尾さんの作品は観るのも好きです。ただ、1回観ただけでは圧倒されて終わってしまうんです。私は理解するまでに時間がかかる。だから稽古で、共演者のみなさんが繰り返し演じるのを観ると、伏線やセリフの美しさに気づけて、より深く松尾さんの物語を味わえるから、幸せです。観るより出るほうが好きですね」
松尾作品が好きな理由は「ロマンチック」だから。以前、別のインタビューでも好きな映画に『きみに読む物語』を挙げていた
「ロマンチックなものは好きです。性格がドライだから、作品に求めるのかもしれません。特別感情移入するわけではないのですが、こういう世界いいなあって」
多部さんの女優デビューは13歳のとき。小さいころから、両親にミュージカルの舞台に連れて行ってもらっていた。10歳のときに『アニー』を観て、自分も出てみたいとオーディションを受け、やがてこの世界へ。16歳で出演した映画『HINOKIO』と『青空のゆくえ』で存在感ある演技をみせ、ブルーリボン賞新人賞を受賞。2009年にはNHKの連続テレビ小説『つばさ』で主演を務めた。以後、映画やドラマでの活躍は周知の通りだが、舞台にもコンスタントに臨み、故・蜷川幸雄や白井晃など、そうそうたる演出家たちの洗礼をうけ、『農業少女』では、読売演劇大賞杉村春子賞ほか数々の賞に輝いた。舞台は好き。その理由を問うと、うーんと頭をかしげ、手で髪をくしゅくしゅとさせながらしばらくの間考えていた。
「なんといいますか、仲間意識というのか、共演者同士、特別な結束が生まれる気がします。去年『オーランドー』(ヴァージニア・ウルフ作、白井晃演出)という6人のお芝居に出たんです。冒頭シーンは私は1人で登場しなければいけなくて、ものすごく緊張しました。そのあと、1人ずつほかの役者さんたちが登場するのですが、全員の顔を見たとたん、不思議と『なんとかなる』と、すごい安心感が生まれたんです。最年長の小日向文世さんや20歳になったばかりの小芝風花ちゃんなど、年齢も芸歴もまったく違う人たちなのに、一緒にがんばろう(ガッツポーズ)!と気持ちがひとつになる。目配せだけで通じ合える関係を1カ月の稽古で築き上げるんです。同じメンバーでドラマで共演したとしても、こうはならないと思います」
いつの間にか、身振り手振りを交え、熱く語り始めた多部さん。どれだけそれが幸せな空間か、興奮がリアルに伝わってくる。舞台はひとたび幕が開いたら、どんなアクシデントが起きようと芝居を続けなければいけない。共演者は、同じ舟に乗り合わせた運命共同体。セリフが飛ぶ、小道具を落とすなど小さなトラブルは日々起こる。落とした小道具を誰が、どのタイミングで拾うか?
平然と芝居を続けながら、共同体は目配せと気配で秘密のコミュニケーションを交わすという。では、そんなスリリングな舞台から、観客のことはどのように感じているのか。
「日によりますが……(間)冷たい言い方かもしれませんが、お客さんには左右されないかもしれません。でも、コメディは意識しますね。『尺には尺を』という蜷川さん演出のシェイクスピアのコメディをやったときには、笑ってくださる日と、笑い声があまり聞こえてこない日があった。言い回しや間合いを工夫して、それでも笑いが起きずに諦めたり(笑)。笑わせすぎるのも好きではないので、笑いを強要する空気を感じると、わざとブレーキをかけます」
終演後は飲みにもいかず、帰ってすぐに眠る。その日の舞台を振り返り、落ち込むようなことはない。多部さんの切り替えのはやさは自他共に認めるところ。すばらしい。それができたら、どれほど人生が楽か!とつい漏らすと
「どういうことで落ち込むんですか?」
と逆インタビューが始まってしまった。
「この前もある役者さんとそういう話になりました。たとえば、ある映画の撮影で泣く演技ができなかったとします。でも、そのとき撮られたものが、その時点の実力なんだと思うんです。撮影してから完成した試写を観るまでには約1年ある。その間に、まったく成長していないということはないですよね。撮影時にはできなかったことが、いまならできるかもしれないし、逆に撮影時にあった何かをいまは失っているかもしれない。演技はその瞬間その現場でしか生まれないもの。役者の仕事はそこが面白いと思っています。だから、過去に撮影したものを観て落ち込むというのは、よくわからない。その必要はないんじゃないかと。もちろん、そういう感情になるということは大事だと思いますが」
多部さんには「いま」しかない。無駄に過去を嘆いたり、将来を憂いたりしないのだ。
けれど、物語の主人公はとかく思い悩むことが多い。かつて多部さんが演じた『ツバキ文具店〜鎌倉代書屋物語〜』の鳩子しかり、『きみに届け』の爽子しかり、『ピース オブ ケイク』の志乃しかり。
「役の人物に対して、疑問を抱くことはないです。理解できないと思うことはたまにありますが、だからといって、演じられない、ということはない、です」
演じた役に執着はなく、撮影が終わればおしまい。俳優としても人としても、目標にする人も憧れる人もいない。平成元年生まれ。来年1月に30歳になる。
「25歳くらいまでは、『30歳になるまでに結婚して子供を産んで』というのはなんとなくありましたが、現実に近づいてきて、どんどんそういう思いもなくなってしまいました(笑)。30代は楽しみです。人生が大きく変わる瞬間がたくさんあると思いますし。結婚はしないかもしれないけど。願望も……なくなりましたね。周囲に独身が多いからかもしれません。なにが幸せか、わからないですしね?」 みんなで一丸となって、ものをつくる現場は楽しい。でも、演じるということ自体を楽しいと思ったことは一度もないというから不思議だ。 「役者さんのインタビューで、『演じることが楽しくて仕方がない』という記事をよく目にしますが、本当に驚きます。そんな気持ちになったことがないので(笑)」
では、歌はどうか。映画『あやしい彼女』の劇中、満杯のホールで、みごとな歌声を披露した。観客の大歓声をうけるのは、さぞや悦びや快感があったのではないかと想像する。
「そういうのはまったくないです」
ときっぱり。では、あの場でどんなことを思いながら歌っていたのかと聞いてみると「仕事です(笑)」と驚くほどシンプルな答えが返ってきた。
俳優業を「仕事」という自覚を持ち始めたのは20歳過ぎてから。朝ドラ『つばさ』に出演したころだという。
「大学の友人たちが就職活動を始めるころで、私も就活をするつもりだったんです。でも、朝ドラで忙しくなってしまって、困った。就活できないなあと」
朝ドラの主役がいきなり就職試験会場に現れたら、面接官も腰をぬかすんじゃないか。
「このまま就職しないだろうと思ったのが20〜21歳くらい。この先も、役者を一生続けるかどうかはわかりません。いま、俳優業よりもやりたいことが特にないので。やりたいことが別に出てきたらきっと辞めると思います。私、迷うことがないんです。自分の選択が最善という自信があるわけではないですが、いまが幸せだから、きっと最善だったんだろうなと」
オーディションで勝ち得た地位にも執着せず、他人からどう思われるかもまったく気にしない。過剰なほど他者の目を気にするご時世で、これほど自分自身を保っていられるのは珍しい。その強さを支えるものは何か。
「嫌なことでも楽しいことでも、その日あったことを、私はすぐに友達に話します。ものすごく話すんです(笑)。そのおかげでリセットできているんだと思います」
多部さんもまた、友達の愚痴をきく。友達は、似たような歯に衣着せぬタイプが多いが、なかには真逆の「傷つけられてもいいから、アドバイスちょうだい」と多部さんの率直な意見を求めるドMタイプもいるのだそうだ。
「傷つけてしまうことも、きっとあると思いますよ(苦笑)」
多部さんのチャームポイントのえくぼが顔を出した。
芸能界には、「普通の感覚を大事にしたい」と話す人がいる。しかし、多部さんをみていると、そんな境目すらないように感じる。
「芸能界や役者の仕事は特殊だとは思いますけど、私はそこには属していないと思います。『普通の〜』という言い方、好きじゃないんです。だって、そう話すこと自体、別ものと思っているということじゃないですか」
清々しいほど正直。過去にも未来にも他人にも囚われない生き方はカッコイイ。嘘がないから、日々幸せそうだ。
「よくメイクさんにも言われます。そんな、些細などうでもよいようなことで楽しめるっていいよね、と(笑)。楽しみで仕方なくなるんです。友達とごはんにいくとか、今晩はやく寝られるとか、そんな小さなことがなんでも(笑)」
女優多部未華子は、ある日突然、驚く転身を遂げるかもしれない。ちなみに『アニー』に出会う前は、将来はアナウンサーか、吉本新喜劇に出たいと考えていたらしい。笑うことが好きなだけで、人を笑わせることが得意なわけではないと気づき、俳優の道に。吉本新喜劇に出てみたいという夢は、いまも密かに抱いている。