08 Mar 2023
〈マリメッコ〉のあの柄はどうできた?伝説的デザイナーを知れる映画『マイヤ・イソラ 旅から生まれるデザイン』監督×出演対談

北欧デザインブランド〈マリメッコ〉の伝説的デザイナー、マイヤ・イソラ。芸術に、旅に、恋に突っ走ったカラフルな人生を、家族の証言、本人の手紙・日記、アーカイブ映像で振り返るのが、新作映画『マイヤ・イソラ 旅から生まれるデザイン』です。マイヤの魅力について、本作を手がけたレーナ・キルペライネン監督と、本人の孫で出演者のエンマ・イソラさんに話を聞きました。
──レーナ監督はどうして今回マイヤ・イソラを取り上げようと思ったんでしょうか?
レーナ マイヤが残した手紙や日記、デザインや絵画など、長編映画を作るのに十分すぎる量の素材があったからです。それに彼女の人生は、各国への旅やさまざまな芸術的挑戦に満ち溢れていて。もちろん恋愛遍歴もね(笑)。
にもかかわらず、私がこの映画を作るまではマイヤについてのドキュメンタリー映画は存在しませんでした。1960年代に撮られた〈マリメッコ〉のちょっとしたコマーシャルフィルムと、ラジオドキュメンタリーをそれぞれ映画の中に引用していますけれども、本当にそれくらいで。この映画を作る意義を感じました。同じ時期に30分ほどのテレビ映画も手がけているんですよ。
──映画の冒頭で、「すぐれた芸術が商業デザインに命を吹き込む」というマイヤの言葉を引用した理由は?
レーナ それがマイヤの哲学の根本だからです。商業デザインは、いわば生活の芸術。マイヤのパターンが生き生きして見えるのは、彼女自身の手で描かれているからです。機械で描くのとは違い、いつも完璧とは限りません。ちょっとした揺らぎのようなものも含めて、それこそが芸術なんです。
だから今回、映画ならではのメリットとして、マイヤがパターンの原画を描いている姿やその手つきを見せることができて大満足です。
──マイヤはパターンを原寸大で描いていましたが、それはやっぱり珍しいことなんでしょうか?
エンマ とてもユニークだと思います。マイヤは「紙の上でブラシと踊るんだ」と表現していましたが、原寸大となると思いどおりに描くのは大変です。たいていの人は断片から描き、合体させていく方法を取ると思いますが、マイヤは一気に描いてしまうんです。きっと頭の中で全体像が見えていたからでしょうね。
──新鮮だったのは、マイヤが最先端のアートに興味を持っていて、映画好きでもあったということ。たとえば、ニューヨークの映画館でゴダールやブニュエルなどの作品を、1日6本も観たことを書き残していたりします。
レーナ マイヤは自然とアートの両方を愛していました。フィンランドには自然ならたくさんある反面、当時あまりいい展覧会は開かれていなくて。だから、マイヤはパリを定期的に訪れる必要がありました。彼女がパリに長く滞在していた頃は、ちょうどヌーヴェル・ヴァーグが盛り上がっていて、いろいろ新しいものを見て吸収したんだと思います。
私も映画好きなので、もっといろいろな映画の映像を引用したかったんですけど、予算的になかなか難しく…(笑)。でも、結果的にバランスがよかったかもねとプロデューサーとは話しました。
エンマ マイヤはコメディ、ドラマ、ミュージカルなど、さまざまなジャンルの映画を観ていた覚えがあります。ファスビンダーの作品も好きでした。今回の映画の中でも、自分がデザインしたパターンのファブリックがファスビンダーの作品に使われて、いかに喜んだかが紹介されていましたよね。
レーナ マイヤのパターンの大胆さは、ポップアートの影響だと思います。たとえば「Taifuuni(台風)」というパターンは、人体のパーツを撮影した写真をもとに作られていて。マイヤはあるとき娘のクリスティーナに「パリの展覧会で口を映した写真を拡大したポップアート作品を観たけど、私たちが作ったパターンのほうがよかった」と手紙を書いていました。
エンマ 「Taifuuni」のもとになった写真のモデルは、私の母であるクリスティーナなんです。たしか肩の部分だったかな?
レーナ クリスティーナの夫は写真家で、彼が撮影したそうです。
──映画の中で紹介されていた、「Kivet(石)」というパターンが生まれたきっかけが面白かったです。マイヤがアトリエを自ら建てようとしたとき、土の中から巨石がゴロゴロ出てきた経験からインスピレーションが湧いたと。お二人が背景も含めて好きなパターンはありますか?
レーナ 「Musta Lammas(黒い羊)」も、アトリエを作っていた時期にデザインされたパターンです。作業をしている人間や動物が描かれていて、それらを今回の映画の中でアニメーションで動かしてみたら、より生き生きと見えて感動的で、余計好きになりました。
エンマ お気に入りはたくさんありますが、今日は「Ryytimaa(菜園)」の気分です。まさに地面に根を張っている感じがよくて。クリスティーナがまだ子どもの頃、夏休みの宿題で親子一緒に押し花を作ったそうで、マイヤはそれをきっかけに、このパターンを含む「自然」シリーズを生み出しました。
レーナ あとは、なんといっても「Unikko(ケシの花)」。〈マリメッコ〉創業者アルミ(・ラティア)の「花はありきたりだからダメ!」という制止を振り切ってデザインし、それが一番人気になってしまったんですから(笑)。アルミもマイヤ同様、非凡な女性でしたから、お互いを身近に感じたんだと思います。二人ともパワフルでしたが、考え方がまるで違っていて。二人の愛憎一体の関係性は、アルミが1979年に亡くなるまで続きました。
──この映画には、マイヤが残した、孤独に関する考えがいくつか引用されています。孤独とすぐれた芸術の間に関係性はあると思いますか?
レーナ 孤独は芸術にとって最も重要です。秘密の空間さえあれば、なんだって作ることができます。だからこそ、世界中でたくさんのアーティスト・イン・レジデンスのプロジェクトが行われているのではないでしょうか。芸術家に必要なのは、より多くを学ぶこと、そして静かな環境に身を置くことです。作品作りに集中するためにね。
エンマ 私生活においても、マイヤは一人でいるのを好みました。晩年マイヤはアトリエに住んでいましたが、村の人たちが訪ねてくることはありませんでしたね。なぜなら、そこはマイヤだけの場所だったから。孫である私に対してさえ、ときどきドアを開けてくれないことがあったくらいです(笑)。でも一人でいたいなら仕方ない。私自身もマイヤと同じように、一人で静かに過ごすのが好きなタイプだから、気持ちが分かるんです。
レーナ 面白い! 実は、私はこの映画を2017年に亡くなった母に捧げていて。母の死以来ずっと気持ちが沈んだままだったんですが、4か月ほど経ち、マイヤ・イソラの作品集に出合いました。ページをめくるうち、母もマイヤのデザインが好きだったからか癒されたんです。それがきっかけで2018年から映画の制作を始め、コロナ禍中の2021年に完成しました。マイヤと一緒に旅をするような気持ちで、ぜひ日本のみなさんにも観ていただきたいです。
『マイヤ・イソラ 旅から生まれるデザイン』
日本でも人気の北欧デザインブランド〈マリメッコ〉の伝説的デザイナー、マイヤ・イソラ(1927-2001)。ケシの花をモチーフとした「ウニッコ」など、〈マリメッコ〉を代表するデザインの多くはマイヤが手がけたものだ。旅を愛し、結婚・離婚を繰り返しながらも娘への想いに溢れていた人生を、娘のクリスティーナ・イソラらの証言と送られた手紙、本人の日記や当時のアーカイブ映像で綴る本作。38年間で〈マリメッコ〉に500以上のデザインを提供したマイヤの創作の源とは?
監督: レーナ・キルペライネン
出演: マイヤ・イソラ、クリスティーナ・イソラ、エンマ・イソラ
配給: シンカ + kinologue
2021年/フィンランド・ドイツ/フィンランド語/100分/カラー・モノクロ/ビスタ/5.1ch/原題:Maija Isola/英題:Maija Isola Master of Colour and Form
ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿シネマカリテ、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開中
© 2021 Greenlit Productions and New Docs
Leena Kilpeläinen レーナ・キルペライネン
ロシア・モスクワのVGIK(The All-Union State Institute of Cinematography)卒業。監督、撮影監督、脚本家として活躍。撮影監督として、サハ・ヤクチア地方の“The children of the big bear”(93)、トゥーラ地方の“On the edge”(02)などの作品に携わる。監督としては“Zero”(02)、“Metro”(03)などの実験的作品を制作。初の長編ドキュメンタリーは“The Voice of Sokurov(ソクーロフの声)”(13)。本作は2作目の長編ドキュメンタリーである。
Emma Isola エンマ・イソラ
マイヤ・イソラの孫。祖母マイヤと母クリスティーナのもとで働きながらアートやデザインを学ぶ。〈マリメッコ〉では、チームでマイヤのパターンの色や柄を新しいデザイン、新しい形にリニューアルする仕事をしている。
Photo: Kaori Ouchi Text&Edit: Milli Kawaguchi
取材協力:Hyvää Matkaa!(ヒュバ・マトカ)