17 Mar 2019
『MAPS』編集長が韓国ファッションの未来に見るもの

韓国発のファッションマガジン『MAPS』が、3月19日(火)からラフォーレ原宿でポップアップイベントを開催する。ソウルをベースに気鋭のクリエイターとコラボしながら、東京やロンドン、北京、ニューヨークなど世界各都市とネットワークを育んできた『MAPS』は、韓国のファッションシーンをどう見ているのだろうか。イベントのために来日した同誌編集長、リュウ・ドヨンが語る、韓国ファッションシーンの限界と新たな可能性。
『MAPS』らしさを取りもどす
──3月19日(火)からラフォーレ原宿でポップアップストアをオープンされると聞きました。なぜ韓国のファッション雑誌である『MAPS』が東京でイベントをすることになったんですか?
リュウ・ドヨン(以下、リュウ) 去年ソウルで『MAPS』のアーカイブ展を行なったんですが、東京でも何かできるといいなとずっと思っていたんです。東京には友だちもたくさんいるし楽しそうだなと。そんなことを考えていたらたまたまラフォーレの方と知り合えて、今回のイベントに繋がりました。
──今回のイベントでは何が行なわれるんでしょうか? 昔の『MAPS』がたくさん売られるとか……?
リュウ いまでは手に入りにくい昔の号も少し持っていけると思います。流石に全部は重くて持ってこられないんですけど(笑)。ほかには〈99% Is〉や〈HYEIN SEO〉、〈thisisneverthat〉といった韓国のブランドや〈little sunny bite〉など日本のブランドとコラボした商品も販売する予定です。せっかくの機会なので、いろいろやってみようかと思って。
──貴重な機会になりそうですね……そもそも『MAPS』はいつ創刊されたんでしょうか?
リュウ 創刊したのは2006年12月ですね。韓国発の魅力的な雑誌をつくりたかったんです。ファッション誌は海外の雑誌の「韓国版」ばかりでしたから。それに、上の世代じゃなくて若い世代がファッションやカルチャーを楽しめる雑誌が足りていないと思っていました。
──なるほど。『MAPS』にはほとんど広告が入っていないし、いわゆる「ファッション誌」とは違った雰囲気が漂っていますよね。
リュウ いまのように広告を排除する方向になったのは、5年前からですね。普通に雑誌をつくっていたらどんどん『MAPS』らしさが失われていく気がして、つまらなくなってしまったんです。それで試しに広告を排除して、自分たちのやりたいことに専念することにしました。結果的にはいまの方針になったことで面白い人たちに会えるチャンスも増えたんじゃないかな。
世界中に広がるネットワーク
──でも、広告の収入なしで雑誌をつくっていくのは大変じゃないですか?
リュウ 完全に広告を排除しているわけではないので、実際はいくつか広告を入れています(笑)。でも、誌面に入っているのは『MAPS』の“色”を理解してもらえるクライアントの広告だけですね。どんなにお金をもらっても、“色”が合わなければ断るようにしています。それと僕自身は『MAPS』をきっかけに様ざまなブランドのコンサルティングやブランディングを請けおったりするようになったので、そこで得た資金を使って制作を行なっているんです。
──ちなみに何人くらいのスタッフが『MAPS』に携わっているんでしょうか。
リュウ デザイナー3名、プロデューサー3名の計6名です。正直メンバーはファッションのトレンドに詳しいわけではないんですが、彼/彼女らも自分たちの“色”があって何かを生み出すことに特化した人たちですね。年齢は20代中ごろから30代で、1984年生まれのぼくが一番年上です。
──少数精鋭でつくられているんですね。
リュウ とはいえいろいろな国のクリエイターとチームをつくっているので、かなり多くの人が関わってはいます。北京やニューヨーク、ロンドンをはじめ、最近はフィレンツェやモスクワにもチームをつくってますよ。
──モスクワまで!かなり幅広そうなネットワークですね……。
リュウ ぼくから気になるクリエイターにアプローチすることも多いし、雑誌を読んだ人が連絡をくれることも多いです。彼らが各地で『MAPS』を広げてくれることで、さらに多くの人に影響を与えられているんじゃないかと思います。『MAPS』は韓国でしか発売されていないんですが、ぼくの体感だと4割くらいの読者は海外の人なんじゃないかなと。もっとも、無理にたくさんの人に読んでもらいたいとは思っていないので、クリエイティブな人へ徐々に広めていきたいなと思っています。
──ちなみに次に進出してみたい国はありますか?
リュウ ベトナムや台湾のようなアジアの国々や、デンマークやチェコなどあまりよく知られていないヨーロッパの国にも興味がありますね。彼/彼女らのクリエイティブはクオリティも高いし、ぼくらが思いつかないような視点が潜んでいるので刺激的ですよ。ぼくなんてまだまだちっぽけなんだなと思わされます(笑)。
ファッションから多様性が失われている
──この10年で韓国のカルチャーは大きく変わったように思います。日本でもK-POPはもはや一般化していますし、ファッションやビューティにおいても注目されていますよね。リュウさんから見てこの10年はいかがですか?
リュウ ファッション産業はすごく成長していて、消費者の幅も広くなったしファッションに興味をもつ人も増えています。ただ、一方ではファッションについて真剣に考える人は減ってしまったのかなと。ファッション好きが増えると同時に、ファッションの多様性は貧しくなってしまったように思います。
──画一化している、と。
リュウ ファッションクリエイティブを見てみても、プレイヤーの数こそ増えてはいるものの、限界があるなと感じます。韓国って与えられた基準に合わせていくことは上手だけど、その基準から大幅に飛躍したり奇抜なものをつくったりできるわけじゃない。ぼくが海外でチームをつくっているのは、多様性を求めているからでもあります。
──韓国だけじゃなく日本や欧米も多様性の問題に直面しているような気がします。
リュウ そうですね。いまは全世界が同じ悩みをもっているんじゃないかな。基準から離れて動いているのは、ラフ・シモンズやエディ・スリマンのようにごく一部の人だけ。彼/彼女らが動くことでみんなが引っ張られて新たな基準が生まれるのかなと。『MAPS』も一般的に言われている“基準”にとらわれず活動できる、絶対的かつ柔軟な存在になりたいんです。
──巷では韓国のファッションが盛り上がっているといわれる一方で、リュウさんがそういうふうな考えをもっているのは面白いですね。
リュウ 日本の人はほんとに韓国がイケてるって思ってるんですかね?(笑)みんな口では言いますけどね。ぼくからすると、たとえば〈WOOYOUNGMI〉のようなブランドは昔から動きつづけているのですごいと思うものの、韓国国内にそういう人が増えているわけではないので不安になっちゃうんですよ。
──こうしたムードは今後変わっていくんでしょうか?
リュウ 個人的には、しばらくはこのまま続いていくのかなと思ってます。昔は情報が制限されていたので奇抜なものが生まれたりコアな層に人気のブランドが生まれたりしましたが、いまは情報が溢れているので同質化してしまう。今後はもっと情報が溢れていきますし、この流れは変わらないでしょうね。
YOUTHとLOCALのための新たな「遊び場」
──世界が同質化していく一方で、先程リュウさんが話していた韓国の特徴みたいなものは存在しているのかなと思っています。「韓国らしさ」ってなんだと思われますか?
リュウ あけすけにいえば、急速な流行の移り変わりについていくのがうまいことが韓国の特徴ですかね。それに韓国はルックスをかわいく/きれいに/かっこよくしていくことがすごくうまい。こうした特徴がInstagramなどを通じて世界に影響を与えていて、そこから翻って「韓国らしさ」がいまつくられているんじゃないかな。ぼく自身の理想とはちょっとズレているけど、それ自体が悪いことだとはぜんぜん思いません。韓国の人はセルフプロデュースがうまくて、自分の見せ方を知っている人が多い。それは韓国のいい面だと思いますね。
──では、リュウさんの「理想」とは何なんでしょうか。
リュウ それは『MAPS』が今後どうしていくかとも関係する質問ですね。ぼくらは目標をもってしっかりした考えをもっている人や、世の中に疑問をもって抵抗しようとする人たちに惹かれているんです。だからそういう人たちと一緒に働いていきたいし、彼/彼女たちをサポートをしていきたいですね。
──ヒョナやイドンのように著名なアーティストが表紙を飾ることも多いですが、彼/彼女らとも理想的な関係は築けていますか?
リュウ そうですね。知名度の高さによらず、自分がやりたいことをしているうちに出会った人とつながりを増やしている感じです。だからといって、人気のある人に寄り添うつもりはありませんけどね。どれだけ人気のあるアイドルだっていずれ人気はなくなるし、なんなら人間なんてどうせ死ぬんですから(笑)。せめて『MAPS』がずっと残っていてくれればいいなと思うんです。才能ある人たちがそれぞれ歩んでいる道があり、たまたまそれが交差するところで『MAPS』の表現ができあがっていくようなイメージでしょうか。
──面白い考え方ですね。リュウさんがおっしゃっている『MAPS』の考え方だったりその“色”をあえて言葉にするとどんなものになるんでしょうか?
リュウ 『MAPS』の“色”はふたつのキーワードで表せると思います。それは「Youth」と「Local」。若い世代のなかで活発に自分を表現している人たちが楽しめるものでありたいと思っていますし、地域ならではのものや地域との結びつきを尊重しています。だからこそぼくは海外の人と仕事したいと思っているんですよね。ありきたりな視点ではなく変わった角度から世界を見れる人と一緒に新しいものをつくっていきたいし、そのうえで『MAPS』が刺激的な「遊び場」のような場所になればいいなと思うんです。
RYU DOYEON
1984年生まれ、韓国・ソウル出身。幼少時よりファッションや雑誌に傾倒し、オンラインファッションコミュニティの運営などを経て、大学在学中に『MAPS』をローンチ。編集長業以外ではクリエイティブディレクターとして韓国内外の企業のコンテンツ制作やブランドのコンサルティングを手がける。
Instagram:@maps_ryu
Photo: Akita Kaori Text: Shunta Ishigami Edit: Karin Ohira