偶然か必然か。『百円の恋』の武正晴監督がリング上にカムバック。 叶わぬ夢の舞台裏を描く、『リングサイド・ストーリー』とは?
瑛太、佐藤江梨子が出演する映画『リングサイド・ストーリー』武正晴監督に直撃インタビュー
―本作は実話が元ネタになっているとか?
脚本家の足立紳さんがしていた馬鹿話があって。彼が「ミノムシだった」と振り返るほど何もしないヒモ状態だった頃、奥さんが仕事を辞めなきゃいけなくなって自分がすごく焦ったと。それで食い扶持として彼女を働かせたくて、条件のいいプロレス団体の応募を見つけてくるんです。当然彼女はプロレスなんか興味ないんだけれど、なんとか説得して彼が履歴書を書いたりして高い倍率を突破したと。文才はありますからね。聞いていてあきれましたけど、もうおかしいじゃないですか。それで、「これで安泰だ」と思ったはずなのに彼女が帰ってくるのが遅くなって、イケメンのレスラーとデキてるんじゃないかとかだんだん疑心暗鬼になって、レスラーの悪口をネットに書いたりしたと言うんです。
―それを映画にしようと。でもほんとヒドイ話ですね。
でしょ? その話をプロデューサーの李鳳宇さんが面白がってくれた。僕が助監督だった頃から、李さんとは馬鹿話からとてつもない映画ができることが多くて。お決まりですけど、実話をモチーフにどこに連れて行かれるかわからないような映画にできたらなと。
―瑛太さん演じる売れない役者・ヒデオの駄目男ぶりは、観ていて清々しいものがありました。
台本を読んで、これ自分共感できますみたいに言ってくれて、瑛太さんがすごくノってくれたんです。みんなが持ってる駄目な部分を発揮できる場所はここだ! と思ってくれたのかどうかはわからないですけど(笑)。俳優って、どんな立場にいる人も演じるじゃないですか。たとえネガティブな存在でも、観終わったときにその人を主人公として見れるかどうかが大事なんですよね。前半戦は駄目な主人公に対して、どんどん嫌になる。にもかかわらず、映画が後半に向かうにつれて彼を応援してしまう。そうやって観る人の気持ちを動かすには、俳優の力がすごく重要なんです。
―『百円の恋』の安藤サクラさんもそうでした。
僕は、不完全な人間が2時間の間に何かを乗り越えて、どれだけ観客と近づけるか、もしくは観客が近づくか。どちらかはわからないけれど、そういう時間を共有したいと思ってる。そして、最終的には、いいんじゃないと許してもらえるような主人公を描きたい。それを俳優たちが救ってくれるんです。作るときはあまり意識してないけれど、できたものを振り返って、いつも気づかされるんですよね、ああこういう映画だったのかと。
―どんな映画だなと気づいたんですか?
1人でいるより2人でいるほうがいい。喧嘩したりワーワー言い合えるのも2人いるからできることだなと。そこが人間の面白いところだと思いましたね。
―ヒデオはカンヌの夢をあきらめきれない俳優ですが、監督が今もあきらめていない夢はありますか?
いい映画を作ること。せっかくだから、カンヌだろうがどこだろうが行ってみたいですよ。でも、やっぱり、より多くの才能と出合って何かを作っていくことかな。ヒデオが言う「最高の景色をお前に見せてやる」って、人間が生きているうちに死ぬまで求め続けるものですよね。だけど、その「景色」が他人ではなく自分にとってどういうものかを想像することは大事。もちろん、全員はステージに立ってその景色を見ることはできないんだけど、目指すことは誰でもできますから。
『リングサイド・ストーリー』(17)
同棲中のカナコ(佐藤江梨子)の彼ヒデオ(瑛太)はヒモ同然の売れない役者。カナコが弁当工場をクビになり生活は大ピンチ。彼女をアシストしてプロレス団体の広報として働かせるが……。
10/14日より新宿武蔵野館、渋谷シネパレスほか全国公開。