ファッションプレスと映画監督…2つのキャリアを生きる穐山茉由の人生の歩き方

ファッションプレスと映画監督…2つのキャリアを生きる穐山茉由の人生の歩き方

ファッションブランド〈ケイト・スペード ニューヨーク〉でPRとして働く穐山茉由さんが脚本・監督を務め、昨年の〈東京国際映画祭〉にも出品を果たした映画『月極オトコトモダチ』が現在全国で順次公開されている。それは、会社員として働きながら長編映画を作るという、とても大きな挑戦だった。多様な働き方が広がりつつあるものの、どのようにして実現できたのか。穐山さんにお話を伺った。


「高校生のころからファッションを仕事にしたいなと思っていました。雑誌を読むのが好きだったことが大きいかもしれないです。スーパーモデルが人気だった90年代はおもしろくて。ハイ&ローの服を自分で組み合わせるのが好きでした。学生だったから実際は高い服に手が届かなくても、雑誌を見ながら妄想するのが楽しくて。それでファッションの道に進もうと決めました」

高校卒業後、女子大の服飾科に進学。新卒でデザイン職のあるOEMメーカーに採用された。しかし、入社してみると朝から晩まで働きづめ。いわゆる〝ブラック企業〟といわれるような体制の会社だった。半年で退職し、〈ケイト・スペード ニューヨーク〉のPRに就くことに。

「ファッションが好きなのはずっと変わらないんですけど、昔からほかのいろんなものにも興味があって。たとえば、歌うのが好きだったので、いい年をしてからバンドでボーカルもやりました(笑)。28歳くらいのころかな。周りにバンドをやるような人がいなかったので、インターネットで自分の好きな音楽をやっていて、ボーカルを募集しているところにメッセージを送って会いにいきました。渋谷系と呼ばれていた時代のあの雰囲気が好きで、〈アドバンテージ・ルーシー〉のコピーをしているバンドに入り、〈カーディガンズ〉なんかをよく練習していました」

穐山茉由 インタビュー

ほかにも、写真を撮ることに夢中だった時期もあったり、興味を持ったことはとりあえず行動に移してみる、という好奇心旺盛な性格。公私ともに充実した生活を送っていたあるとき、大きな転機が訪れた。

「〈ケイト・スペード ニューヨーク〉でPRをやりながら、〈ケイト・スペード サタデー〉という新しいブランドの立ち上げを担当することになったとき、同時に婚約をしたんです。婚約者が福岡に転勤することが決まって、仕事を辞めていっしょに来てほしいと言われて。新ブランド立ち上げの目処がついたところで、会社には辞めることを伝えました。でも、それまですごく忙しくしていたので、あまり冷静に考える時間がなくて。ひと段落したときに〝今の仕事も生活もぜんぶ捨てて、誰も知っている人のいない土地に行って大丈夫かな……〟と考えるようになり、〝やっぱり結婚じゃない!〟と急に思いはじめて、婚約破棄をしてしまいました」

それまではなんの疑いもなく、結婚は〝しなきゃいけないもの〟と思い込んでいた。でも、婚約破棄をしたことで〝結婚も出産も、するかしないかは自分で決めていいことなんだ〟と考えるようになったという。結婚しないことを後ろめたく思う必要はないし、そう思っていたことで自身に足枷を作っていたことに気が付くと、心の荷が降りて、新たな可能性が広がっていった。

「そのころに、たまたま観た映画が『人のセックスを笑うな』でした。井口奈己さんという女性監督の作品で、その雰囲気がとっても好きで。井口監督はカメラを引きの画で固定して、あまりカットを割らずに長回しで見せることで、空間をそのまま切り取るような画作りをしたり、お芝居もすごく自然なやりとりを切り取っていたり。〝こんな映画って作れるんだ〟という発見がありました。それまでも映画を観るのは好きだったんですけど、自分が作りたいと思うきっかけをもらったのは、この作品でした」

穐山茉由 インタビュー

そうして、穐山さんの映画作りへの挑戦が始まった。はじめはワークショップに参加して、短編映画の製作を経験。その後、もっと本格的に学ぶため〈映画美学校〉への入学を決めた。ファッションの仕事を続けながらの挑戦だった。

「〈ケイト・スペード ニューヨーク〉では、〝女性が自分の人生のヒロインとして生きることを称賛する〟ということを、ブランド理念として掲げているんです。それって、仕事終わりにジムや英会話に通うとか、子育てを両立するのも、同じだと思うんです。今の時代、ただがむしゃらに働くだけではなくて、人それぞれのライフスタイルと、それが可能な働き方があると思います。社長も上司もそういう考え方があるので、すごく応援してくれて。自分の居場所がありつつ映画を作らせてもらえたから、そこに救われていた部分が大きかったですね」

平日の夜間と休日を使って、約3年間学校に通った。修了制作として撮った作品が、若手の登竜門といわれる〈田辺・弁慶映画祭〉に見事入選。そこで出会ったプロデューサーに声をかけられ、音楽×映画のための〈MOOSIC LAB〉という映画祭への出品が決まり、初めてとなる長編作品『月極オトコトモダチ』の制作に挑んだ。時間も予算も決して潤沢にあるといえる状況ではなかったが、会社の夏休み5日間と、その前後の土日4日間の合計9日間を利用して、撮影を決行した。

穐山茉由 インタビュー

映画『オトコトモダチ』

そうしてできたこの作品は、やはりファッション性が高いこともひとつの特徴として挙げられる。

「〝自主制作の映画でこんなに衣装を変えることはない〟と助監督に嫌がられたのですが(笑)、わたしはエリック・ロメール監督の作品のようにしたいなと思っていました。彼の作品は、生き生きとした女の子の描写がとても魅力的で、色使いもすごく素敵なんですよね。衣装は特に狙ったような色を使っていて、それがとても効いていて。また、ぜんぜん違う角度としては、増村保造監督の作品にも影響を受けているかもしれません。イタリアに留学してフェデリコ・フェリーニのもとで学んだ経歴を持つ、当時の日本映画界に新しい風を吹き込んだ人。社会的なテーマを含んだ作品を作っているところが好きです」

穐山さんの映画作りは、ニュースを見て気になったことを覚えておき、そこから着想を得ることが多いという。

「今回の作品では〝レンタル友だち〟をテーマにしました。SNS上で友だちがたくさんいるように見える写真を撮るために、そういうサービスを利用している人がいることを知り、興味を惹かれました。そこには人の欲望がチラついているように感じたんです。性別やジェンダー、結婚というトピックスは常に気になっていて、今後もまた描きたいことでもあります。ちゃんと結婚をできなかったという経験から、結婚に対する自分なりの思いがあるので」

今ではもう結婚をするかしないかにはこだわっていないと、穐山さんは話す。働き方が多様化してきてはいるが、それでも年齢やキャリアを重ねるうちに、新しい挑戦をすることに臆病になってしまうこともある。物理的な制約もあるだろう。どう折り合いをつけながら、思い切ったチャレンジに踏み切れたのだろうか。

「覚悟を決めて次に進むのって怖いじゃないですか。でも、自分でやってみて思ったのは、世の中の道理なのかわからないですけど、ひとつなにかを手放すと、必ずなにかが入ってくるっていうのを感じました。手放す瞬間はすごく怖くて、すべて失ってしまうんじゃないかと留まってしまうこともあるんですけど、きっと次が待っているから、飛び込んでみようって思うんです。そうはいっても、わたしはファッションの仕事をやりながら映画作りをしているし、両立していく道もきっとあると思います。大事なものは無理して手放す必要はないし、自分のキャパシティと相談しながらやる方法は絶対にあると思います。そして、それを理解してくれる人が周りにきっといるはずなので、そういう人を見つけてやっていけるといいんじゃないかなって思いますね。方法はいろいろあると思います。人生一回きりだし、自分のやりたいことと働くことのバランスを取ることが、今を生きる人たちにとって大事なんじゃないかなって思うんですよね」

穐山茉由 インタビュー

穐山茉由 あきやま・まゆ

ファッションブランドのPRを務めるかたわら、30歳のときに映画作りを始める。初の長編作品『月極オトコトモダチ』が第31回東京国際映画祭(TIFF)日本映画スプラッシュ部門に正式出品された。新宿武蔵野館、アップリンク吉祥寺、イオンシネマ板橋ほか順次公開中。

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Photo: Koichi Tanoue  Text&Edit: Satomi Yamada

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