「池澤夏樹=個人編集 日本文学全集」の最後を飾る、 角田光代さん訳『源氏物語』。GINZA読者も共感できる楽しみ方とは?
角田光代さん訳『源氏物語』。ご本人にGINZA読者も共感できる楽しみ方を伺いました
光源氏と女たちの恋愛模様を描いた『源氏物語』。これまでに、与謝野晶子や谷崎潤一郎、田辺聖子、瀬戸内寂聴ら多くの作家が現代語に訳し読み継がれてきた。作家生活初となる〝3年間の長編小説断ち〟宣言までして最新訳に挑む、角田光代さんの心の内とは。
「最初は正直〝いやだなあ〟って。古典が得意じゃないのと、読みづらい印象が強くあったのと、なによりまったく興味が持てなかった。長いし(笑)」
自分と同じように苦手意識を持つ人にどうアプローチするかを第一に考え、〝とにかく読みやすく、でも原文には忠実〟な文章に訳していったという。
「ただ、実作に入ってもなにが面白いのかわからなくて……」
舞台は平安時代の貴族社会。現代に置き換えると、政略結婚や不倫、重婚など、スキャンダラスな出来事が連続する。制度や社会通念、男女の在り方は今とはまったく異なる。
「女は男を待つしかできない立場で、主体性もない。結局は光源氏っていうスーパーヒーローのモテ自慢の話なんでしょ、っていう先入観があったんですが、違っていました。だんだん、彼の振る舞いより、運命を変えられていく女性たちの姿に目がいくようになって。思いもよらない相手からの好意に戸惑ったり、体の関係はあるのに友情を求められたり、嫉妬によってこじれてしまったり……。それぞれ態度や感情の持ちようが違っていて、こんなにも多くの女性を描き分けていたことに驚いたんです」
恋愛観に出る人間性に注目すればGINZA読者も自分と重ねて楽しめるのでは、と角田さん。印象的な登場人物を紹介してくれた。
「〈葵の上〉は、ツンデレの〝デレ〟を見せられない女性。でも、結婚した年下の夫があまりにも美しくて、『私なんてババアじゃん!』って気後れからプライド高く振る舞っちゃうのもわかるんです。最後まで源氏に心を許せなかったのが〈空蝉〉。自分は既婚者だし、身分も違う人から言い寄られても、どうせ遊ばれるだけだってわかっていたからで……」
上巻最後の〈少女〉では、光源氏の息子と幼馴染の初恋が描かれる。親の反対で仲が引き裂かれる2人が可哀想で、訳しながら泣いてしまったという。
「やっと血の通った人物を描けたことと、『書き切ったら小説にも変化が出るよ』という先輩方の言葉は、まだ続く作業の励みになっています。意外に面白いですよ、源氏。私の実感です」
『源氏物語 上』
角田光代訳
河出書房新社 ¥3,500
Photo: Yuji Hamada
Text: Ayako Kimura