16 Jun 2022
韓国映画『三姉妹』、名優ムン・ソリにインタビュー。「日々の平凡な暮らしから、人間への理解が広がる」

韓国映画界で20年以上トップを走り続けている名優、ムン・ソリさん。ただ本人は「なるべく普通で平凡な人生を歩もうと努力しています」と語る、いたってシンプルな人です。そんな彼女が出演と共同プロデューサーを手掛けた映画『三姉妹』。トラブルを抱えた40代の三姉妹の生きづらさを、ときにシリアスに、ときにユーモラスに描く重層的なシスターフッドムービーです。企画に惚れ込んだ本作について、そして演技について聞きました。
──『三姉妹』は、幼少期のある心の傷を抱える、40代の3人の姉妹を描いた作品です。ムン・ソリさんは台本を読み込む中で、「結局は自分の物語でもある」と気付いたとのことですが、それはどういう部分においてでしょうか?
私が子どもの頃、韓国にはまだ家父長制的な文化が強く残っていて。私自身は父から暴力を受けたりしたことはありませんが、とにかく厳しかったですし、家の中の権力をすべて父が握っていました。当時は父親が暴君のようにふるまっている家庭も多く、私たちの世代はその姿を見て育ってきたわけですよね。そろそろ家父長制的な文化を清算し、特に次世代の女性たちが明るく堂々と生きていけるような社会になってほしいという気持ちがとても強く、ぜひこの映画に参加したいと思いました。
──これまで生きてきた時代の空気感を通して、物語に共感できたと。
あと、私が演じたミヨンは次女ですが、まるで長女のような気持ちでいるんですよね。というのも、両親が後から引き取った異母姉のヒスク(キム・ソニョン)が来るまでは、ずっと自分が長女として育ってきたので。いつも家族の面倒を見たり気を配ったりしていて、私自身も長女なので、ミヨンとは通じる部分があると思いました。
──ミヨンは敬虔なキリスト教徒で、大学教授の夫と子どもと裕福に暮らしている、一見パーフェクトな女性です。でも少しずつほころびが見え、やがて大きくなっていきますよね。
たしかに天使と悪魔が共存しているようなキャラクターですよね。子どもの頃からずっと心の底に不安を抱えていたことで、内面と外面に分裂が生まれているというか。彼女の内面はきっといつも、まるで戦場のように混乱している状態なんだろうと思います。
──三女のミオク(チャン・ユンジュ)と電話している最中、ミヨンが自分のことを「今度お母さんが…、いや姉さんがおいしいものを持って家に行くわ」と言い間違えるのが印象的でした。
ああ! 実は、あそこは私が無意識に言い間違えてしまったんです。でも言い間違えたのには訳があって。私の中で、ミヨンはミオクにとって母親のような存在だという意識があったからだと思うんです。
──まさにそういうニュアンスを感じ取りました。でも無意識のアドリブだったとは!
余談ですが、長女のヒスクを演じたキム・ソニョンさんにはお姉さんがいるんです。私も会ったことがあるんですけど、そのときにお姉さんがソニョンさんに対して、まるで子どもに接するような感じで話しかけていて。「ソニョン」の最後の「ヨン」っていう発音を取って、「ヨンちゃん」みたいな感じで愛おしそうに呼んでいたのが印象的でした。その記憶も手伝って、ミヨンは姉というより母親だというイメージがあったから、「お母さんが…」ってつい言ってしまった。イ・スンウォン監督が逆にそれを気に入って採用してくれました。
──撮影現場には、その場で起きたことも柔軟に取り入れていくような、開かれた雰囲気があったということでしょうか?
監督が常にオープンマインドな方なんですよね。過去作を観ているときから思っていたことですが、実際にご一緒して、俳優それぞれの一番いい演技を引き出す能力をもった監督だなと実感しました。いろいろ意見を言っても、熱心に耳を傾けて聞いてくれて。それこそ俳優に合わせてセリフを直してくれたり、ときにはシーンを追加してくれさえもしました。
──俳優の個性に応じて付け加えたシーンがあるんですね。
たとえば三女のミオクには夫と、夫の連れ子である息子がいて。夫が息子に手を上げたのをとがめるために殴りかかった後、ミオクは夫と息子のために珍しく夕飯を作ります。真っ黒に焦げた料理を前に、誇らしげに「たくさん食べて。私はやらないだけでやればできるんだから」と言うコミカルなシーン。これは、チャン・ユンジュさんのキャスティングが決まってから、監督が追加したんです。たぶん、ユンジュさんが持つユーモアを活かそうとしたんだと思います。そんなふうに、監督は常に俳優をよく観察していますね。
──チャン・ユンジュさんはモデル出身のバラエティクイーンですもんね。そんな意見交換が活発な現場は、肌に合ったのではないでしょうか。というのはムン・ソリさんがヴェネツィア国際映画祭で新人俳優賞を受賞した映画『オアシス』(02)での、主人公が木の影を怖がるという設定は、ご自身のアイデアだったと読んだ覚えがありまして。
いえ、あれは私がアイデアを出したというより、たまたま話した内容が取り入れられたという感じでした。イ・チャンドン監督に「実は昨日眠れなかったんです」って言ったら、「どうして?」って聞かれたので、「夜になると部屋の壁に、木の影がまるで模様のように映って、ときどきすごく怖くなるんです」って話したら、監督がいつの間にかそれを新作の台本に反映させていた(笑)。
──そうでしたか(笑)。『三姉妹』は海辺でのラストシーンも雰囲気がよかったですね。
あの撮影はクランクアップの日でした。そうそう、面白いエピソードがあって、韓国ではクランクアップのシーンが水辺だと、監督を水の中に突き落とすという伝統があるんです。私の映画デビュー作『ペパーミント・キャンディー』(99)の撮影でも、イ・チャンドン監督が「OK」と言った途端、みんなで監督をかついで川に落としていました。理由を聞いたら「これ以上撮らせないようにするためだよ」って(笑)。『三姉妹』でも監督を海に落とそうと、ちゃんとポケットからスマホも取り出して準備したのに、130キロもある巨漢なのでビクともしない。それを察した監督が最後は、自ら海に走って行ったんですよ(笑)。
──そんなことが(笑)。ところで、以前のインタビューで「普段はなるべく普通で平凡な人生を歩もうと努力しています」と話していましたよね。
俳優の人生は特別だというイメージがあるでしょうし、実際に特別な面も多いんですけど、それだけでは俳優はできないと思います。演技は人を表現すること。平凡な生活をしていないと、人への理解の幅が狭くなってしまうと思うんです。あと個人的に、なんでもない暮らしの中にある小さな幸せこそが本当の幸せだと思っていて、それを逃したくないという気持ちもあるんですよね。
──人と変わらない普通の生活を送ろうとする理由は、人間への理解の幅を広げるためなんですね。
キャラクターとして生きるときには、今度は特別な時間が待っています。自分と違う役であればあるほど好奇心がくすぐられ、「一体どんな人なんだろう?」と考えながら、すごく楽しくアプローチできますね。逆に自分と似ている役の場合には「もしかして似ているからつまらないのかな…」なんて思ってしまうこともあるんですが、いずれにしても役作りの方法はその都度変わります。
──演じた役から実人生に影響を受けることもありますか?
そうですね。思いきり体を使って演技をする作品の場合は、もう体が記憶しているというか、たとえば『私たちの生涯最高の瞬間』(08)でハンドボール選手を演じてからは左の膝を悪くしてしまって…! 今回の『三姉妹』では、役作りのために教会に通っていたんですが、礼拝で聞いた聖書の言葉が心に響いて、いまだに影響を受けているなと。そんなふうに、撮影が終わって役から抜け出したとしても、そのキャラクターとして生きてきた時間が体に染み付いたり、心に残ったりしている気がします。
『三姉妹』
韓国・ソウルに暮らす三姉妹。長女ヒスク(キム・ソニョン)は別れた夫の借金を返しながら、しがない花屋を営んでいる。次女ミヨン(ムン・ソリ)は模範的なキリスト教徒だが、大学教授である夫の裏切りが発覚し、完璧なフリをした日常がほころびを見せ始める。三女ミオク(チャン・ユンジュ)はスランプ中の劇作家で、食品卸業の夫と、夫の連れ子である息子の3人で暮らしているが、自暴自棄になって昼夜問わず酒浸りの毎日。3人揃うことはほとんどない姉妹だが、父親の誕生日会のために久しぶりに帰省し一堂に会することに。牧師さまも同席し、祈りが捧げられるとき、思いもよらぬ出来事が起きる。そして、3人はそれまでふたをしていた幼少期の心の傷と向き合うことになる――。
監督・脚本: イ・スンウォン
製作: キム・サンス 、 ムン・ソリ
音楽: パク・キホン
出演: ムン・ソリ、キム・ソニョン、チャン・ユンジュ、チョ・ハンチョル
配給: ザジフィルムズ
2020年/韓国/韓国語/2.00:1/カラー (一部モノクロ) /5.1ch/115分/原題:세자매
6月17日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー!
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Profile

ムン・ソリ Moon So-ri
1974年、韓国・釜山生まれ。成均館大学在学中より演劇活動を始め、1999年にイ・チャンドン監督の『ペパーミント・キャンディー』で鮮烈に映画デビュー。次に出演した同監督『オアシス』(02)で脳性麻痺のヒロインを熱演し、ヴェネツィア国際映画祭で新人俳優賞であるマルチェロ・マストロヤンニ賞を受賞。韓国国内でも青龍映画賞新人賞をはじめ賞を総なめにした。翌年主演した『浮気な家族』(03)では韓国のアカデミー賞とうたわれる大鐘賞の最優秀主演女優賞など国内外の賞を多数受賞し、名実共に実力派女優に。その後もホン・サンス監督作品『3人のアンヌ』(12)、『自由が丘で』(16)や、パク・チャヌク監督作品『お嬢さん』(16)に出演するなど韓国の名匠たちと作品を共にする一方、『なまず』(22)などのインディペンデント作品にも積極的に出演。また俳優業以外にも2017年には自身で監督・脚本を務めた『The Running Actress』(未)を発表し、映画祭の審査員も多数務めている。本作では脚本に惚れ込み、主演とともに共同プロデューサーも務めた。その他の映画出演作に『大統領の理髪師』(04)、『ザ・スパイ シークレット・ライズ』(13)、『8番目の男』(19)など。
Photo © C-JeS ENT
Text&Edit: Milli Kawaguchi