国内外のアーティストへの取材を通じて世界を見つめてきた林央子さん。彼らとの親密でプライベートな対話やその作品からの気づきをまとめたこの連載からはきっと自分の中にユニークな感覚を発見できるはず!今回は新たなアートの発信地、大阪・北加賀屋で行われたイベントから。
林央子の「アーティスト・リーディング」〜金氏徹平×PUGMENTに会いに行く
8月17、18日は私がつくる雑誌『here and there』のHYACINTH REVOLUTION issue刊行イベント「here and thereのにわ」を行う2日間だった。
2017年夏、大阪の北加賀屋にオープンした新しいスペース「千鳥文化」を会場に2018年8月の二日間、ゼロから作り上げた大規模な祭事「here and thereのにわ」。初日はトークイベント、二日目はアーティストのコラボレーションによる公開制作が予定されていた。( photo/Ai Nakagawa)
造船所からアートの発信地へ、北加賀屋
ちょうどこの号の企画を立ち上げた2017年11月末に私は、北加賀屋のMASKという場所で行われていた金氏徹平さんの展示の最終日に大阪に行った。
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「金氏徹平 クリスピーな倉庫/クリーミーな部屋」の会場は、アート作品を収納する巨大な倉庫。まずは、その会場から歩いて数分のところにある千鳥文化で金氏さんにお話を伺ったのだが、その場所のユニークなたたずまいに驚いた。今は衰退してしまったものの、造船工場があったエリアということで、造船業や舟にかかわる生活をしていた人たちが居住し、集う場所にあった小部屋の集合体のような建物をリノベーションしてある。カフェやバーがあるほかに、2階の奥の部屋には金氏さんの、変化しつづける常設展示が据えられている。空き部屋も多かったけれど、造船につかわれた木材などを再利用にとりこんだdot architectsの作品である建物からは、普段東京でみかける建物からはあまり出会うことのないワクワク感をうけとった。
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ヒアシンス特集の発端に
金氏さんにこの千鳥文化のカフェで、次号の誌面に参加していただくお願いをすませていた。まずは、ヒアシンスを栽培していただきながら、その経験を経て、春には栽培の記録を寄稿していただいた。以前ヴェニスで買われた花瓶で「使い道がなかったものを使えそうです」、と仰っていたその金氏さんの花器は特別な存在感を放っていた。
アマゾンで8袋入の球根を買って育てた金氏さんは、水耕栽培と鉢植えの両方を実践し、観察した記録を寄稿していただいた。
千鳥文化を舞台に縁日を構想
春の製作期間の間、この特集に関わった総勢42人のなかでも、とくに若い世代のユニークなクリエイターをおりにふれて金氏さんにご紹介したりしているうちに、自然と、なにか一緒にイベントをしてみたいという気持がわいてきた。PUGMENTの大谷将弘さん、グラフィックデザイナー小池アイ子さん、俳句をたしなむ編集者の平岩壮悟さんなどと東京で何度かミーティングをするうちに、どう考えても会場は、大阪で金氏さんに案内していただいた、あの千鳥文化の自由なスペースしかないのではないか?と思うようになった。
「この街が栄えた当時から理髪店や飲み屋などが集まっていた場所を再生させ、2017年夏に「千鳥文化」としてオープン。千島土地株式会社、おおさか創造千島財団、dot architects、服部滋樹さんや小西小多郎さんの共働によって誕生した、新たな芸術文化の拠点。(photo Yoshiro Masuda)
金氏さんを通して千鳥文化商店の菊地さんに依頼をしたのは6月末、本誌が出来上がる寸前のタイミング。そこから8月はもうあっという間だった。小部屋にわかれた迷路感覚あふれる空間がとても楽しかったので、そこがいろんなお店スペースになったらきっと、とても楽しいはず。でも暑い真夏だから夕方だけ、お祭りや縁日の感覚で気楽に集える場所にできないだろうか?などなど。また、今年3月3日にファッションショーを行ったPUGMENTと金氏徹平さんは異なる世代でありながら共通項も多い気がしていて、いちどぜひコラボレーションを見てみたい!という気持がつのっていた。本人同士も、とてものり気。多忙をきわめる金氏さんだが、展覧会の準備などで上京される時など折をみて打ち合わせをして、共同制作が始まった。
共同制作のプロセス
PUGMENTと金氏さんのあいだの最初のキャッチボールは6月末、PUGMENTから金氏さんへの質問が送られた。「金氏さんのコラージュ作品の制作プロセスをざっくり教えてください。僕たちはそのプロセスに介入しながら、コラボレーションしたいと考えています」「PUGMENTは可変的で流動的な彫刻=衣服 というものを考えています」
雑誌を水耕栽培する試み
7月上旬になって雑誌が完成したころ、ちょうど水害で金氏さんのいる京都は大変なことになっていた。できあがった『here and there』をお送りしてその一週間後に金氏さんから届いた写真は、ヒアシンスの水耕栽培容器をつかって、『here and there』の雑誌やポスターをそのまま「水耕栽培」している写真だった。グループラインにその「栽培」現場の写真が送られてきたとき、予想外の展開に私たちは息をのんだ。
『here and there』をつくるときはいつも、販売店などにお配りするポスターを2種類制作している。金氏徹平さんはコラボレーションの出発点で、雑誌とポスター2枚を2日間、水につけた。結果、ポスターの紙はまったく水を吸わず、雑誌はたっぷり花瓶一個分の水を吸い上げたそう。
アーティストが読み解く『here and there』
金氏さんはこう語る。「今回の『here and there』の面白いところは、ヒアシンスを育てるということを共通の体験として、さまざまな人が集まる場所ができたというところ。生き物だから、育てた環境によって結果はみんな違うし、植物への思いも人によって全然違う。それが一冊になることでとてもはっきり出たことが面白いと思いました」「ヒアシンスを育てたプロセスを記録した雑誌が、夏に出来上がってくる。当たり前だけど、その時はもうヒアシンスはどこにもない。それがもはやない季節に、その物に想いをはせながら何かをつくるということ自体も面白いです。その季節には存在しない物を、その間の時間の流れや、人間の営みを想像しながらつくるということは、僕の近作の、除雪車や雪山、雪だるまを真夏に発表する作品にとりこんだ『SUMMER FICTION』にも通じているといえます」
真夏に除雪車を見せる展示をおこなった、〈SUMMER FICTION〉(越後妻有アートトリエンナーレ2018 ) 。自然と人間の複雑な関係性から生まれるイマジネーション。 ©︎Teppei Kaneuji 2018 photo Keizo Kioku
金氏さんがヒアシンスの栽培に用いたのはヴェニスで買った花器とともに、ホームセンターで買った世間にたくさん流通している栽培容器。それらを同じ場所に並べてその価値を問う視点はアーティストならではのもの。その次なる真夏の水耕栽培では、雑誌とポスターのために同じ花器が使われた。
「切断して、切り離して自由にする」という彫刻的な視点
今回の「here and thereのにわ」でのPUGMENTとのコラボレーションについて、金氏さんはこう振り返った。「ヒアシンスがない時期に、ヒアシンスをどう育てるかを、僕の個人的なリアクションとして行いました。具体的な物としての雑誌とポスター。そこにある写真や言葉を、その物の本来の役割からきりはなし、『モノそのもの』として扱って、『植え』てみました。以前ヴェネチアで買っていた花瓶など、本誌でのヒアシンスの水耕栽培で使った容器を、そのまま使ったんです」
印刷物は、水に濡れただけで価値がなくなるのか?それとも濡れた状態にあっても、その状態ならではの美しさなど、新たな価値をみつけることができるのだろうか?
「濡れている雑誌というのは通常、道に落ちているものだったりして、ネガティブなイメージもある存在です。でもそれをちゃんと花瓶につけてみたら、もしかしたらきれいに見えるかもしれないし、そうではないかもしれない。いずれにしても見る人のなかで、いろんな感情が見えるだろう、と思いました」。結果は予想できなくても、「なにか行為(アクション)をしてみれば、まったくあたらしい別な視点が生まれる」という言葉は、即興的な制作を行うことの多い金氏さんの、たくさんの経験に根ざした考えなのだろう。「いろいろなモノを、そのモノが存在しているシステムから切り取って、切断する。そうすることで、他の世界と接続させるチャンスが生まれるんです」。日頃の取材で金氏さんからこういう言葉を聞いていた。世界とそのように向き合うやり方はとても「彫刻的な視点」だと金氏さんは説明する。「そのモノに別な役割や、違う可能性を与えることで、もといた場所から切り離すのです」。切断されることで解放され、自由になる、という感覚。たくさんの展覧会を手がける金氏さんのアート作品を一貫して支えているのは、そんな行為でもある。
Games,Dance & the Constructions (snowplow) #3 photo, silkscreen on acrylic
Games,Dance & the Constructions (snowplow) #4 photo, silkscreen on acrylic
Games,Dance & the Constructions (snowplow) #5 photo, silkscreen on acrylic
〈SUMMER FICTION〉「離れた時間、離れた場所を想像する。既知と未知の間にある自由」 ©︎Teppei Kaneuji 2018 photo Keizo Kioku Courtesy of Art Front Gallery
PUGMENTがパソコン上で鮮やかなイメージに
一同が驚いた、金氏さんによる雑誌の水耕栽培という行為は、写真という媒介を通してPUGMENTに送られた。パソコン上で自在に画像を変換し彩色して自らの作品とするPUGMENTの手法によってそれらは、ヒアシンスの花の色からとられた鮮やかな色彩につつまれたイメージに生まれ変わった。
コラボレーション用にPUGMENTが制作した拡大誌面が幅1m、長さ約10mの紙と不織布に刷られた。またこの画像の一部はPUGMENTがスカーフに制作し、会場で販売された。
即興的に、誌面を立体化する
とはいえ、実際にコラボレーションを行う18日の千鳥文化で、何が行われるかは当日まで、なにも決まっていなかった。8月上旬に刷り上がってきたチラシにはだから、「誌面を立体化するインスタレーション」とだけ書いておいたのだった。その場にいる人たちを取り込んで、あくまで即興的な舞台が生まれるのだろうと思っていた。
真夏のイベントなので、縁日の屋台のような出店があると楽しいな、ということでいろいろな方にご協力いただき、トークやパフォーマンスと屋台によるイベントを組み立てた。フライヤーのデザインは『here and there』の本紙と同様に、服部一成さん。
紙や布が、彫刻としての「服」になる
イベントの当日は16時に会場をオープンした。当日になってコラボレーションの時間が近づいてくると、10mの紙の束が会場に置かれた。
拡大された誌面を印刷した紙が会場にあらわれると、自然とその場が舞台に変貌していった。
つり下げられた紙が、切り抜かれいく。
終盤の様子。殆どの人が紙を身にまとっていた。
2階の手すりから下げられたり、無造作に床に置かれたりした紙が、金氏さんとPUGMENTの大谷さんの2人の手によってつぎつぎに、破られたり、切られたりして、風景がすこしずつ変わっていった。最初は2人の知人に紙を被せたり纏わせたりしていって、紙が服(のようなもの)に変わっていく瞬間を、私たちは目撃していた。紙から生まれた風景が、3次元の空間のなかで人の体を覆う彫刻にあざやかに変貌していったその変化はあくまでも自然に行われた。しだいに知人だけではなく観客までもその行為にとりこまれていったのだが、皆変わり続ける風景を見続けることに夢中になって、自分の身体を覆う紙の服を恥ずかしがる人はいなかった。
Photo: Masahiro Otani
Photo: Masahiro Otani
Photo: Masahiro Otani
Photo: Masahiro Otani
Photo: Masahiro Otani
Photo: Masahiro Otani
Photo: Masahiro Otani
Photo: Masahiro Otani
Photo: Masahiro Otani
Photo: Masahiro Otani
Photo: Masahiro Otani
真夏の記念撮影
夜がふけて、建物の前で集合写真を撮って、その場に集まっていた人たちは次第に、散り散りになった。印刷された紙や不織布を、大事そうに持ち帰る人が多かった。
紙の衣装をまとった全員で、目の前の道に出て記念撮影。
サウンドアーティスト小松千倫さん
その日空間を満たしていたのは、サウンドアーティスト小松千倫さんの音楽だった。金氏さんともPUGMENTともコラボレーションをする事が多い小松さんがいることで、はじめての2人のコラボレーションはスムーズに連結された。「着る服や髪型が変わると、性格まで変わる気がするんです。服を着る行為はクリエイティブな営みではないかと思っていて、服を組み合わせて着るときの感覚を大事にしています」とPUGMENTの大谷さんは語るのだが、その「パーソナリティを着替える感覚」に照準をあてた小松さんは会場でYou Tubeを観て、その音をスピーカーから流していたのだという。
服も音も「環境」という視点でとらえる
内容はラップ、アンビエント、民謡、映画の予告、ユーチューバーなど。「視聴履歴から流行をパーソナライズして見せるYou Tubeは、現代人のリアルなサウンドトラックかもしれません。それを、僕らは自分のパーソナリティーとして取り込んでいます」。「服」も環境として、「音」も環境として接するという視点が共鳴する両者は、素材がふんだんに与えられた環境のなかでは「選び取る」ことがもっとも実感のある主体性となっている、という現代的な感覚を伝えてくれる。
小松千倫さんはサウンドアーティスト。個人の作家活動を行うかたわら金氏徹平さんやPUGMENTと頻繁にコラボレーションを行っている。「現場で金氏さんとPUGが次々に切り刻まれた布面を皆に装着してまわるのを観ながら、ファッションとは?と改めて考えていました」と小松さんは言う。
PUGMENT大谷将弘さんの思うこと
それでは今注目の存在、PUGMENTはファッションをどう考えているのだろうか?大谷将弘さんはこう話してくれた。「僕がファッションを好きになったのは、中学生のとき。学校でいじめられていた頃原宿に行くようになって、ファッションが好きになったんです。いろんな服を着てきて、コロコロ『これは××系かな?』と服を替えてきたけれどある日、それでは成長がないな、と思いました」
人と関わることは、自分を開くこと
「もっといろいろな経験と向き合わなければ。そう思ったときに、自分というものが変わるためには、人とコミュニケーションをとることが一番大事なんじゃないかと思うようになったんです。人と関わっていると、自分なんてどうでもよくなるかもしれない、もっと今いるところより、別の場所に行けるかもしれない。そう思いました。自分たちがPUGMENTを通してしたいことは、自分を開いていくことの面白さを、服やファッションというものをつかって伝えたい、ということ。そういう思いを抱いて、活動しているんです」
PUGMENTのメンバーは写真右の大谷将弘さんと、今福華凛さん。1990年生まれの2人が主宰し、同年代の多数のクリエイターと共働しながら精力的に活動している。2017年6月に一回目、2018年3月に二回目のファッションショーを行ない、今後の活動が注目される。今回は事前制作は2人で、会場での制作には大谷さんが単独で参加してくれた。
いつのまにか「服」が生まれていた
「今回のコラボレーションは、彫刻(金氏さん、)『here and there』(雑誌)、そして服(PUGMENT)というように、まったく違う媒体があつまりました。そのどれかに近づけるのではなく、それぞれの概念が拡張する状況を、パフォーマンスのなかでひきおこせたらと思ったんです。最近PUGMENTは、多くの人の関わりで成立する活動をしていて、すべて言葉におきかえられることで活動を展開していました」
一日の終わり。いつまでも、立ち去り難い雰囲気が残っていた。
「でも今回は、この状況とそこにいる自分たち、というだけの設定で、言葉はぬきに金氏さんとやりとりしながら、できることをやってみました。パフォーマンスの最初は、立体裁断のような感覚がありました。次第にそれが抜けていき、それでも出来上がってみたものは『服』になっていたことが、面白かったです」 。その場にいるだれもが、力を出し切ってそこにいる。観客なら観客として、つくり手ならつくり手として。『here and there』としてはじめての大規模な出版イベントは、そんな不思議な感覚が生まれた場になりました。ご協力頂いたたくさんのみなさまに、心よりお礼申し上げます。
※特記以外の写真は、金氏徹平の撮影による。
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林央子
資生堂で『花椿』の編集に携わったあと、退社してフリーランスに。2002年3月に、個人出版プロジェクト「here and there」をスタート。2011年『拡張するファッション』を上梓。2014年、同名の展覧会が水戸芸術館現代アートセンター「丸亀市猪熊弦一郎 現代美術館」で開催になる。アート欄をGINZAで長く執筆。似顔絵は小林エリカさんによるもの。