マンハッタンに住む文筆家、兼デザイナー岡田育/私を変えたニューヨークvol.3

マンハッタンに住む文筆家、兼デザイナー岡田育/私を変えたニューヨークvol.3

あるとき、ふと、海外に住んでみたくなった。NYで自分の好きなこと、そして、自分の居場所を見つけたあの人たち。その道のりは、いったいどんな感じだったのだろう。きっと、そこには不思議なチャンスや必然的な出会い、泣きたい日だってあったに違いない。NYで活躍する日本人たちの軌跡を追ってみよう。


日本で大手出版社の編集者としてキャリアを積み、その後も執筆活動やテレビのコメンテーターなど多岐に渡って活躍していた岡田育さん。そんな順風満帆なキャリアを築いていた彼女が突如、30代半ばにしてNYでの海外生活をスタートさせ、もうすぐ5年目になる。

現在の拠点は、バーやライブハウスなどが立ち並び、多種多様な人々が集まり賑わうイーストビレッジ界隈。そこでNYベースのデザイン会社に勤務し、企業のブランディングに関わるグラフィックデザインやエディトリアルデザインなどを担当しながら、日本メディアへの執筆活動も続けている。

岡田育 インタビュー

©Iku Okada

30代の女性が一念発起して海外へ移住するというのは、なかなか勇気のいること。その転機は遡ること7年前、32歳の時に日本で8年間務め、定年まで働くつもりだった出版社を辞めたところから始まった。

「女性が働くための制度がちゃんとしていて、女性部長もいるような職場で。ここで一生好きな本を作って暮らしていくんだって思っていたんです。でもふと、このまま60歳まで働くのもハッピーだけど、別のことをしたいなら今しかタイミングがないんじゃないかと思って。社内ではある大型プロジェクトが進行中で、それが本格的に走り始めたら二度と辞めどきは来ないな、と考えていました。そこへ東日本大震災が起きたり、転職の話が舞い込んだり……いろいろ重なりましたね」

それまでトップギアで働いてきた分、会社を辞めてちょっと休む。同時に、自分の名前でも仕事をしてみる。そういう風にスイッチを切り替えてみたら、テレビ出演の話も来るようにもなり、「ああ自分には出版以外で働くという選択肢があるんだ」と気づかされた。そして、次第に「会社を辞めたのだから、行きたければどこにでも行ける。であれば、20代の頃に憧れていたけど、自分には無理だと諦めていた海外……そう、たとえばNYに住んでみよう」と思うようになったという。

岡田育 インタビュー

「私の場合、結婚した相手も場所を選ばずに働ける人だったというのが大きいですね。ただ、当時はフリーになりたてだったし、日本を離れたら収入が半減するだろうとは覚悟していました。だからまず、減る半分をドルで稼げるようにはなろうというのを目標に据えました。グラフィックデザインを選んだのは、英語圏で働いたこともなく、学歴もコネもない私が、どうすれば最短距離で時間単価の高い職に就けるか考えた結果です。文字を含めてあらゆる情報を整理整頓する仕事だから、日本で編集者として働いた経験もプラスになりますしね」

こうして、岡田さんは30代にして異国の地でグラフィックデザイン専攻の大学生になった。

「何歳になっても何度でも、大学で学びやすいのは、日本とは違うアメリカのいいところ。40歳を過ぎて社会人学生をしている人もたくさんいますし、たとえば大手の金融会社に務めていたけれど、お金を稼ぐのには飽きたから今年から絵を勉強して画家になるわ、なんて年上の同級生がいたり。優雅ですよねー(笑)。でも遊んでるわけじゃなくて、肩書きをどんどん増やして本気で活動して、第二、第三の人生を大成功させたりもするんですよ」

こんな歳から大学に入って大丈夫だろうか、英語がぜんぜん話せないのに大丈夫だろうか…といった不安は、実際NYの大学に入ってみると”多様性”の中に溶けてなくなってしまった。「私も来てみるまでわかりませんでしたが、今振り返ると”なんでそんなこと気にしてたんだろう?”って思いますね」と笑う。

卒後後はNYで就職先を見つけ、グラフィックデザイナーとして働きながら、引き続き執筆活動も続けるという当初の目標どおりの生活が手に入った。

「NYに来てよかったのは、初の”上京”を体験できたこと。私は東京で生まれ育ち、就職先も東京。昔はグローバルに活躍する人にも憧れていたけれど、20代までにこの街を出て勉強したり働いたりはしなかった。このまま”地元”で一生が終わるんだなぁ、と思っていたんですよ。でも、いざ飛び出してみたら急に”裸一貫、やったるで”とポジティブな気持ちが盛り上がってきた。地方出身の友人に話すと、”最初に実家を出て東京へ来たとき、そんな感じだったよ”と。日本に一時帰国した時、”ああ、ふるさとを持つというのはこういう感じなんだ”って思えたのも新鮮でしたね」

岡田育 インタビュー

4年近い時をNYで過ごしてきた今、東京ももちろん便利で過ごしやすいけれど、改めてやっぱり「まだNYにいたい」と話す。

「理由は、周りが私を放っておいてくれる、というのが大きいですね。”東京だってお互いに干渉し合わないし、同じじゃない?”と言われたりもしますが、東京とは自由の度合いが違う。私はその自由を求めて、自分らしくいられるNYにいる。仕事がどうかという以上に、居心地のよさでこの街を選んでいると思います。本当は誰しも”自分が一番住みやすい場所の可能性は世界中にある”はずなんですよね。今とはまったく違う生活を求められて、何かが目減りしたりするかもしれないけど、”行った先でその分を補えばいい”という気持ちの切り替えができたら、向いてる仕事が見つかったり、新しい自分に出会ったりもすると思います」

ミーティング中、ホワイトボードに表を書きながら周囲をサポートするという、日本では当たり前にしていた作業も、アメリカで実践すると重宝された。今ある環境で自分にできることをひたむきに実践すれば、自分の役割や向いてる仕事がおのずと見つかっていくという。

「日本にいる間、自分が絵がうまいと思ったことは一度もないですが、ささっと描いたラフスケッチがそのまま仕事に使われたりして、”これからはイラスト代ももらえるぞ”と思ったり。英語がもう少しできたら、もっと可能性も広がるかなと思いながら、ちょっとずつ変わっていく自分を今は楽しんでいます」

岡田育 Iku Okada

東京都出身。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。中央公論新社で婦人雑誌と文芸書の編集に携わり、2012年に退社後、エッセイの執筆を始める。2015年夏にニューヨークへ移住後、パーソンズ美術大学でデザインを学び、現在は執筆業を続けながらグラフィックデザイナーとして活動。著書に『ハジの多い人生』(新書館)、『嫁へ行くつもりじゃなかった』(大和書房)など。最新刊『40歳までにコレをやめる』(サンマーク出版)が好評発売中。
https://okadaic.net/
@okadaic

Photo: Omi Tanaka Text: Momoko Ikeda Edit: Momoko Ikeda, Milli Kawaguchi

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