片桐はいり
曲名♪人間の証明のテーマ
母さん、あの帽子のこと、 いまだに覚えていますよ。
「私、映画の歌しか知らないんですよ」
そうつぶやくのは、俳優の片桐はいりさんだ。その言葉を聞いて、いかにも〝らしい〟発言だと思った。なんせ片桐さんといえば、大学在学時の映画館でのバイト経験を生かして、ご近所の「キネカ大森」で今もときどきもぎりを手伝っちゃうくらいの映画好きなのだから(片桐さんの映画《館》に対する深い愛は、エッセイ集『もぎりよ今夜も有難う』でも知ることができる)。
「だから、カラオケに行くのも映画ファンの仲間が多いですね。ただ、ひとりが好きな曲を歌って、それを他のみんなが見ているという構図が苦手なので、〝しばり〟を設けてみんなで歌うんです。〝角川映画の主題歌しばり〟とか、〝アメリカン・ニューシネマしばり〟とか。そのへんは映画ファンなら一度は耳にしたことがあるので、歌ったことがなくてもなんとなく歌えるし、歌えなくても無理矢理歌う(笑)。そうそう、〝007シリーズしばり〟なんてのもあって、そのときは『ロシアより愛をこめて』なんかを歌うかな。私、ある時期までの007シリーズの歌をすべて覚えているんですよ、なぜか。たしかに、幼い頃は〝生まれ変わったらボンドガールになりたい〟と思っていましたから(笑)。英語の歌なのになんででしょうかね。たぶん、当時は『スクリーン』とか『ロードショー』みたいな映画雑誌に公開された作品のテーマ曲の歌詞とか楽譜が載っていたりしたから、それで覚えたんでしょうね」
なるほどその手があったかと、膝を打ったのは言うまでもない。同じ趣味を持つ者たちが集い、それにまつわる歌をみんなで合唱する。想像するだけで楽しそうではないか。そんな片桐さんのオハコはなんなのだろうか。
「〝角川映画しばり〟のときはもちろん、ジョー山中さんの『人間の証明のテーマ』ですよ」
知らない人のために説明しよう。『人間の証明』とは、1977年に公開された角川映画第2弾のヒューマンサスペンスだ。麦わら帽子が空を舞うシーンが重要な作品で、テーマソングも〝Mama, Do you remember the old straw hat you gave to me〟という歌詞で幕を開ける。公開当時、片桐さんは14歳。もしかして、この映画がオールタイム・ベストだったりするのか。
「主演の松田優作さんのファンだったんですけど、何度も観るほど好きってわけでもないんですよ。でも、主題歌は公開当時すごく話題になって、テレビや雑誌に大きく取り上げられていたから、自然と刻まれちゃったんでしょうね。中学生のくせに英語で歌い上げていました(笑)」
たしかに、思春期の頃に耳に入ってきた歌を、ふとした瞬間に口ずさんでしまうということはしばしばある。しかし、話を掘り下げていくと、片桐さんにとって『人間の証明』はそれ以上のインパクトを持って刻まれていたようだ。
「小学生のときだから、『人間の証明』の公開よりも前の話になるんですけど、修学旅行で日光に行ったんですね。そのとき、母がエメラルドグリーンのすごくかっこいい帽子を持っていて、借りてかぶっていったんですよ。でも、東武鉄道に乗って窓から顔を出したら、帽子が風にぴゅーって飛ばされてしまって(笑)。〝お母さん、ごめんなさい!〟って泣きながら、風に舞う帽子を見ていたのをすごく覚えています。『人間の証明』を観たとき、その映像が蘇ってきたんですよ。だから、主題歌もいまだに深く刻まれているのかもしれません。まぁ、帽子はストローハットじゃないし、私の人生もあの映画とは全然違うんですけどね(笑)」
「人間の証明のテーマ」/作詞、歌=ジョー山中/作曲=大野雄二