渡辺真起子
曲名♪かもめが翔んだ日
かもめが翔んだら、 今日はお家に帰ろう。
銀座のクラシックなビルの9階にある「Pabu蛾次ママ」は、俳優の佐藤蛾次郎さんがオーナーを務めるカラオケパブだ。なんでも、今回のゲストである女優の渡辺真起子さんの行きつけだという。
「ここに初めてきたのは2年前。ママをしていた蛾次郎さんの奥様が亡くなられて、その告別式の日です。知り合いに『今日も店を開けるみたいだから一緒に行こうよ』って誘われて、こんな日にも開けるなんて凄いなと思ってついてきたんです。蛾次郎さんは『酒と泪と男と女』を歌い始めたんですけど、歌えないやって、ダメだって、泣いちゃったんです。だけど、私はその次になぜか『青い珊瑚礁』を予約してしまっていて(笑)。私も泣きながら歌いましたよ。なんでこんな歌を入れちゃったんだろうって思いながら。いらした方に大爆笑されてどうにかなりました。それ以来、友だちや後輩とこの辺に来たときに、よくお邪魔しています」
「でも……」と渡辺さんは言葉を続ける。
「ずっとカラオケは苦手だったんです」。行きつけのカラオケパブがあるくらいだから、相当にいけるクチかと思いきやこの発言。どういうことだろうか。
「中学生の頃にカセットテープのカラオケが流行って、そのときはモノマネなんかしながらのびのび歌えていたんです。だけど、あるとき同級生に『下手だね』って言われてから、人前で歌えなくなっちゃって。仕事の打ち上げで行かなきゃいけないときは、嫌で嫌でお腹がいたくなることもありました。でも、楽しい酒席で追い込まれている人なんて見たくないでしょ?だから、15年前くらいに芝居のボイストレーニングで歌を習ったくらいです。せめて堂々と歌えるようになるために。だけど、先生が『歌いたい曲の楽譜を持ってきて』って言うから、キャロル・キングを持っていったら、『歌えるわけないだろ!』って怒られて(笑)。そのとき、歌いたい曲と歌える曲は一致しないってことを知りました。最終的にカーペンターズの『イエスタデイ・ワンス・モア』だけ歌えるようになりましたけど」
トレーニングの成果もあり、人前で歌うことの苦手意識は薄れた渡辺さん。しかし、心からカラオケを楽しめるようになったのは、ごく最近のことだという。
「両親を看取ったというのが大きいかもしれません。もう親に恥をかかせることもなくなって。解放されたんでしょうね。あとは年も年だしかっこつけることもなくなって、下手くそでも歌ったほうが楽しいと思えるようになったんですよ」
そんな渡辺さんの最近のオハコが、渡辺真知子さんの「かもめが翔んだ日」だ。奇しくも、真起子さんと真知子さんは名前が一文字違いだが……。
「そうなんですよ。私は18歳からこの仕事を始めたんですけど、ずっと『え、渡辺真知子?』って言われ続けてきました(笑)。それはともかく、この曲は幼い頃にすごく流行ったんです。だから、自然と歌えるようになっていました。その頃は歌詞なんて意識しませんでしたが、今になると共感できる部分もいろいろあって。たとえば、『ひとはどうして哀しくなると海を見つめに来るのでしょうか』とか。私も哀しくなると近所の埠頭とかに行ったりしますからね。あと、私はかもめが好きなんですよね。海の近くに住んでいるからかもしれないですけど。だから、浅川マキさんの『かもめ』とか研ナオコさんの『かもめはかもめ』とか、かもめの歌をひと通り歌った後、最後の締めみたいな感じでこの曲を歌ったりすることもあります。なんかこの曲を歌うと、その日にあったいろんなことを振り切って、気持ちよく帰れる気がするんですよね」
「かもめが翔んだ日」/作詞=伊藤アキラ/作曲・歌=渡辺真知子