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映画『別れる決心』パク・チャヌク監督インタビュー。禁断の「愛」を通して描いた「コミュニケーションの不可能性」

映画『別れる決心』パク・チャヌク監督インタビュー。禁断の「愛」を通して描いた「コミュニケーションの不可能性」

BTSのRMが「この映画のメタファーが心に響いた」と絶賛し、脚本集が異例のベストセラーを記録。韓国をはじめ世界中でセンセーションを起こしている、名匠パク・チャヌク監督の最新作『別れる決心』。釜山で暮らす心優しい刑事と、殺人の容疑がかけられた中国人女性との間に生まれる「愛」をスリリングに映し出します。二人の駆け引きを通して、監督が描きたかったのは、普遍的なコミュニケーションの難しさだったそうです。


──この映画では、刑事ヘジュン(パク・ヘイル)と、夫殺しの容疑者である中国人女性ソレ(タン・ウェイ)の、次第に惹かれ合いながらの駆け引きが描かれます。ソレとヘジュンの母語が違うことは、物語に少なからず影響を及ぼしますが、ソレが韓国在住の外国人という設定は、どのように生まれたんですか?

女性キャラについては、もともと白紙状態だったんです。男性キャラのことは、スウェーデンの警察小説「刑事マルティン・ベック」シリーズを読んだことがきっかけで、「優しくて思いやりのある、刑事らしからぬ人格が備わった刑事を主人公にしたい」と思っていて、その上で、相手役の女性にどんな要素を持たせるか考えていきました。
一方で、脚本家のチョン・ソギョンさんと私は以前から、タン・ウェイさんと映画を作りたいと考えていたんですが、彼女は韓国語を話さないので、なかなかチャンスがなくて。でも今回はまったくの白紙状態だったので、タン・ウェイさんありきで、中国人という設定にしようと思いました。

 

──劇中で、ヘジュンはソレに「あなたは僕と同じく、言葉ではなく写真を選ぶタイプだと思った」というふうに告げます。二人はなぜ写真を選ぶんでしょう?

二人とも現実を直視するタイプの人間だからです。取り調べ中、ヘジュンから言葉と写真のどちらで説明するのがいいか聞かれ、ソレがまず言葉を選ぶと、ヘジュンはがっかりした表情を見せます。でも、ソレがすぐ写真を選び直すと、ヘジュンはいかにも満足そうな顔をするんです。後になって、さっき言ってくださったように、ヘジュンはソレに「僕らはすぐ同じタイプだと分かりました。言葉より写真を。僕はいつも写真と向き合いたい」というようなことを言います。
私はこの物語を作り始めたとき、チョン・フニの『霧』という、1970年代の韓国の歌謡曲をよく聴いていました。その中に「霧の中で目を開けろ」という歌詞があって。ヘジュンは何か重要な局面にさしかかるたび、目薬をさしてまばたきをします。つまり、どんなにすべてが不透明な状況でも、現実を直視しようと努力する。それが、二人の共通点なんです。

 

──『オールド・ボーイ』(03)をはじめ、初期の「復讐3部作」の頃のインタビューで、監督は自作において「コミュニケーションの不能を描いてきた」と話されていました。近年はむしろ、コミュニケーションの「可能性」を模索することに、微妙にシフトされているのではないかと感じます。ご自身の意識としてはいかがでしょうか?

コミュニケーションの不能というテーマは一貫して扱っていますが、それを克服した瞬間に生まれる感動を描いているともいえます。ソレとヘジュンは基本的に翻訳アプリを通してコミュニケーションを取りますが、それだけだとヘジュンはソレをしっかり受け止めることができません。表情だとか声のトーンだとかをすべてふまえ、言葉の意味と結びつけないと、感情やニュアンスを把握することはできないからです。
アプリをはさむことでお互いに、言葉の意味を把握するまでに、20〜30秒くらいのディレイがかかるんですよね。また、韓国語がぎこちない、上手ではないソレの単語の使い方は独創的で、そこにはある種の魅力があります。ソレの発言によって、ヘジュンがそれまで何気なく使ってきた単語の意味を改めて考えさせられる、そんなシーンも登場します。

 

[*以下、ネタバレを含みます。]

 

──ソレがふと中国語で漏らした言葉を、翻訳アプリは「(ヘジュンの)心臓がほしい」と訳出します。でも後で、本当は「心がほしい」というロマンチックな意味だったと分かるという、誤訳の演出もチャーミングで印象的でした。

ソレは近所の野良猫にえさをあげたり、寒い日は家の中に寝かせたりしています。猫はそのお礼にと、ソレにカラスを狩って持ってくるんです。それを見たソレは、中国語で「贈りものなら、あの親切な刑事の心を持ってきて」と漏らす。ヘジュンはこっそり張り込みをしていて、スマートウォッチで拾った声を翻訳アプリにかけたところ、「心臓を持ってきて」と出るわけです。このシーンを書いていたとき、「ソレは自分の気持ちを誰に吐露するのかな? 友だちもいないし……」と考えていたら、猫が頭に浮かびました。秘密を打ち明けるのに最適な存在だと思えたんです。
それに、猫には無慈悲な狩人というイメージもあるので、ぴったりだと思いました。というのもこのシーンではまだ、観客はソレのことを残忍な殺人鬼で、ヘジュンを利用している悪女じゃないのか?と疑っているはずだからです。きっとこの映画を『氷の微笑』(92)のような、刑事と美しい容疑者が駆け引きの頭脳ゲームをするジャンルの作品だろうと思って観ているはず。そういう先入観がある状態で「心臓を持ってきて」と聞くと、ゾクっとしますよね。でもやがて誤解が解け、温かくスウィートな瞬間が訪れます。

『別れる決心』 パク・チャヌク監督 インタビュー

 

──疑念に惑わされず、相手をまっすぐ見つめること。そのかけがえなさと難しさを伝える寓話なのだなと感じます。

終盤で、ソレが「あなたが私を『愛している』と言った声」と言ったとき、心当たりがなかったヘジュンは「僕がいつ『愛してる』って?」と返します。ですがのちに、ソレが残したスマホに録音された、二人のかつてのやりとりを聴くうち、ヘジュンは「ああ、ソレはこの言葉を『愛している』という意味に捉えたんだな」と理解します。このことがヘジュンに伝わるまでのディレイはかなり長く、もう取り返しがつきません。この類のコミュニケーションは、半分は成功しているけれど、半分は失敗しているともいえます。言葉の意味が分かったはいいけれど、相手はもうそばにいないので、意思疎通はとうに終わっていて、リアクションすることができないんです。

『別れる決心』

『別れる決心』 パク・チャヌク監督 インタビュー

男が山頂から転落死した事件を追う刑事ヘジュンと、被害者の妻ソレは捜査中に出会った。取り調べが進む中で、お互いの視線は交差し、それぞれの胸に言葉にならない感情が湧き上がってくる。いつしかヘジュンはソレに惹かれ、彼女もまたヘジュンに特別な想いを抱き始める。やがて捜査の糸口が見つかり、事件は解決したかに思えた。しかし、それは相手への想いと疑惑が渦巻く“愛の迷路”の始まりだった……。

監督: パク・チャヌク
脚本: チョン・ソギョン、パク・チャヌク
出演: パク・ヘイル、タン・ウェイ、イ・ジョンヒョン、コ・ギョンピョ
配給: ハピネットファントム・スタジオ

2022年/韓国/138分/シネマスコープ/原題:헤어질 결심/英題:Decision to Leave

2月17日TOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー
© 2022 CJ ENM Co., Ltd., MOHO FILM. ALL RIGHTS RESERVED

公式HPはこちら

Park Chan-wook パク・チャヌク

1963年生まれ、韓国・ソウル出身。大学在学中から映画評論家として活躍し、1992年に『月は…太陽が見る夢』で監督デビューを果たす。2003年公開の『オールド・ボーイ』が、第57回カンヌ国際映画祭において、韓国映画として初となるグランプリを受賞し、一躍世界的に知られる存在に。2009年、『渇き』で第62回カンヌ国際映画祭審査員賞を受賞。2013年には、初の英語作品『イノセント・ガーデン』を発表し、また同じく韓国出身のポン・ジュノ監督の初の英語作品『スノーピアサー』で製作を務める。その後『お嬢さん』(16)で、第69回カンヌ映画祭コンペティション部門上映のみならず、第71回英国アカデミー賞で英語圏以外の作品賞を獲得。2018年には、初のテレビシリーズ『リトル・ドラマー・ガール 愛を演じるスパイ』がBBCで放送された。その他の作品に、『JSA』(00)、『復讐者に憐みを』(02)、『親切なクムジャさん』(05/ヴェネツィア国際映画祭コンペティション出品)、『サイボーグでも大丈夫』(06/ベルリン国際映画祭コンペティション出品)など。6年ぶりの長編となる本作で、第75回カンヌ国際映画祭において監督賞を受賞した。

Photo: Eri Morikawa Text&Edit: Milli Kawaguchi

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