Divers, Mission Viejo (side view) 2019
“密”な構図にドキッとするスポーツ写真は、マサチューセッツ州ブルックライン在住のフォトグラファー ペレ・キャス(Pelle Cass)の作品だ。近所で行われているスポーツの試合に足を運び、定点カメラで数千回シャッターを切る。それらを編集した1000以上のレイヤーから成る“スティル・タイムラプス”写真には、計算されたカオスが存在する。GINZAが今気になる写真家にインタビュー。
Divers, Mission Viejo (side view) 2019
“密”な構図にドキッとするスポーツ写真は、マサチューセッツ州ブルックライン在住のフォトグラファー ペレ・キャス(Pelle Cass)の作品だ。近所で行われているスポーツの試合に足を運び、定点カメラで数千回シャッターを切る。それらを編集した1000以上のレイヤーから成る“スティル・タイムラプス”写真には、計算されたカオスが存在する。GINZAが今気になる写真家にインタビュー。
──写真を始めたのはいつ?
子どもの頃からカメラが好きで、8歳の頃にはKodakのブローニーカメラを持っていた記憶があります。13歳の誕生日には、家族ぐるみで仲の良い友人からYashica Aをプレゼントでもらったことも。とは言っても、カメラを持っているから“写真”をやっているとは言えないですよね。
そういう意味で写真に目覚めたのは、10代後半から。写真集をよく見るようになって、 アンリ・カルティエ=ブレッソンとかエドワード・ウェストン、ワーナー・ビショフの作品がお気に入りでした。写真の持つ可能性について少しずつ理解するようになり、アートスクールに進学して写真を勉強しました。
── 代表作は『Crowded Fields』シリーズですが、それ以前にはフルーツなどを撮影した写真もありますね。
何でも試してみるのが好きなんです。思い向くままにシャッターを切るような即興的な写真はあまり得意ではなくて、時間をかけて一つの作品に取り掛かるタイプ。『Sculpture』のシリーズもですが、昔は写真を撮るために被写体となるモノを自分で作っていたんです。
── 定点カメラを用いて撮影する“スティル・タイムラプス”作品はどのように始まったんでしょうか?
2008年のある涼しい春の日の思いつきから。当時は出版社のアート部門で働いていて、デジタルの編集技術について学んだばかりでした。ふと自分のデスクから窓の外を見たら、道路の向こう側に公園が見えたんです。ずっとそこにあった光景だけど、その日は「ここでこれまで何が起こってきたんだろう?」と気になって。人や犬、鳥、自転車、そして恐竜まで、この何の変哲もない道路一つをとっても、色々なことが起こってきたはずだと、当たり前ですが気がついたんです。それをカメラを使って切り取れるかもしれない、と思い立ってはじめました。
── その技法を用いてスポーツの試合を撮影するシリーズ『Crowded Fields』は2018年にスタート。テニスやバスケットボール、水球まで様々な試合を撮影していますが、スポーツ写真のどんなところに魅力を感じるのでしょうか?
エネルギーとカオスを感じるところでしょうか。そして、バイオレンスと、この上ない喜びが同じ空間に存在しているというか。
── ペレさんの写真には相反する要素が同居した魅力を感じます。ダイナミックだけど静けさがあり、混沌としてるのに秩序があって。
秩序なしでは、混沌は成立しませんからね。その逆も然り。『Crowded Fields』に見える乱雑さやカオスを作るためには、数百から数千までのレイヤーを重ねる入念な作業が必要ですから。
物理の世界で、「“時間”とは、全ての物事が一気に起こらないようにするためだ」という格言があります。常に動き続ける世界において、一定の時間が経てば視覚情報はバラバラになってしまい、2度と戻りません。私の作品は、それを“繕う”試みなんです。
── 1つの作品のために写真は何枚撮っているんですか?
1〜2時間の間に定点カメラで1000〜5000回くらいシャッターを切っています。複雑な構図の場合は、フォトショップのレイヤーも千を超えるので、制作に数週間かかることも。球技の試合を撮影する時は、ボールが何百個も映るので大変(笑)。
Dartmouth Softball 2019
── 訪れるスポーツの試合の数もすごそうですね。
私の住んでいるボストンには大学がたくさんあるので、毎週何かしらのスポーツ大会が開かれているんです。パンデミック前はこのプロジェクトに集中していたこともあり、自転車やバスを使ってMIT、ハーバード、ボストンカレッジなど色々な大学に日々足を運んでいました。
スポーツの中でも、撮るのが一番好きなのはダイビング。人間が空中でスピンしていたり、動きが面白いから。観戦するのは、自分もプレーしていたテニスが一番楽しいんですけどね。
BU Terrier Invitational, Day One 2018
── 作品を見た人からはどんな反響を?
SNSのDMなどで、私の作品を彷彿とさせる日常の写真が送られてくることがあります。ビーチにいる人だったり、サイクリストの群れだったり、地平線まで人で埋め尽くされているような写真です。こういうリアクションはすごく嬉しい。私の作品が誰かの「イメージや目の前の現実の捉え方」に少しでも影響を与えて、それを“ペレ・キャスの見方”に寄せたということだから。それこそがアーティストの仕事だと思うんです。
──人が密集している作風なので、パンデミック前後で反響に変化もあったのでは?
そうですね。パンデミックに入ったばかりの頃は「見ると落ち着かない」というコメントを多くもらいました。少し経ってからは、「またこれくらい密になりたい!」と希望も込めたようなポジティブなメッセージもたくさんもらうように。数秒だったとしても、作品を見た人の心に引っかかるような“強さ”があるヴィジュアルだと証明されたようで嬉しかったですけどね。
── 昨年には〈バーバリー/BURBERRY〉や〈ジャックムス/JACQUEMUS〉のヴィジュアルを撮影するなど、ファッションの仕事も増えているのでは?
ありがたいことに、全てのオファーを受け切れないくらい! 今も何件かファッションクライアントの作品を製作中です。ファッションの仕事を通して出会った人たちは、普段の仕事相手でもあるギャラリーや美術館の関係者との共通点も多いんです。聡明で気取らないし、ヴィジュアルに込められたアイデアを熱心に聞いてくれる。と言っても、まだほとんどZoomでしか会えていないんですけどね(笑)。今はカラフルなドレスを使ってトライしてみたいイメージメイキングがあるので、いつかそれができたらいいな、と思っています。
1954年生まれ。マサチューセッツ州ブルックライン在住のフォトグラファー。2021年12月、サラ・アンデルマン率いる〈JUST AN IDEA〉より作品集が発売。
Instagram: @pellecass
公式サイト