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二度目のパルムドール受賞、監督リューベン・オストルンドにインタビュー。『逆転のトライアングル』を抱腹絶倒エンタメにした理由とは?

二度目のパルムドール受賞、監督リューベン・オストルンドにインタビュー。『逆転のトライアングル』を抱腹絶倒エンタメにした理由とは?

TOP画像: © Tobias Henriksson
窮地に立たされた人間がどう動くのかをこれまでもブラック・ユーモアたっぷりで映し出してきたリューベン・オストルンド。彼がカンヌ国際映画祭で二度目のパルムドールを受賞した『逆転のトライアングル』は、ファッション業界とルッキズム、そして現代の階級社を映すエンターテイメント。観る者の既存の価値観を揺るがす最新作について話を聞いた。


──カンヌ映画祭の会見で、この映画を“大人のためのジェットコースター”と表現なさっていましたが、まさに、怖くて面白いエキサイティングなアップダウンがあって、その興奮を一緒に観た人たちと共有したくなりました。これまでの作品の中でも最もエンタメ性が高いように感じたのですが、意図的なものだったのでしょうか。

そうですね。キャリアの最初の頃、自分をアート映画の監督だと捉えていたんです。そこには特別な美学があって、それ自体が何か重要なものを扱っている、というひとつのジャンルを作り上げていると思っていました。でも、その表面を削ってみると、重要なテーマがあることに反して、観客にある特定の方法で物事を見てもらうためのドレスを着せている、と気づいた。だから、自分がアート作品をつくり始めたとき、この現象から離れたいと感じて。実際に観客を呼び込めるような映画をつくろう、と決めたんです。

──これまでの作品も全て面白く拝見しましたが、今回は特に笑えるというファクターが強いように感じました。

トロント映画祭にベネチアから飛行機でやって来た友人から聞いた話があって。機内には、批評家や映画祭参加者など、映画業界のあらゆる人たちが乗っていますよね。友人は、フライト中に彼らがどんな映画を見ているのかと思って、乗客の肩越しにスクリーンを覗いていた。その結果、彼らは自分たちのフィールドの映画じゃなく、人気コメディアンのアダム・サンドラーを見ていたんです(笑)。

もちろん、アダム・サンドラーに全く非はないんですけど。そう聞いたとき、自分たちが「ああ面白い!楽しい!」と思えるような映画をつくらないとと思ったんです。私が映画をつくる目的は、もちろん、疑問を投げかけて議論を巻き起こすことで、そこに矛盾はありません。だからこそ、ものすごく面白いものにしなくちゃいけないと感じた。飛行機の中や携帯を握っているとき、知的な善人でありたいと思うからこそ、実際にボタンをクリックしたくなるような映画をつくりたかったんです。

 

──確かに、クリックしたくなる作品でした。ちなみに、私は冒頭の、モデルで人気インフルエンサーの女性ヤヤと男性モデルのカールのカップルが、レストランで食事をした後、どちらが会計をどちらがするかで口論するシーンが好きだったんですが、これはオストルンドさんの実体験だそうですね。

妻との間に実際に起きたことです(笑)。私は北欧のスウェーデン出身ですが、妻はより家父長制の強いドイツ出身なので、会計での口論は、そういった文化の違いという背景が衝突の原因になったというのはあると思います。私は母からの教えで、「どんな関係性も必ずある種の競争関係が発生する可能性があるのだから、対等な関係でいないければ幸せになれない」と育てられたんですよね。

 

──本作でもジェンダーに課される社会的役割や、それによって特定のふるまいが期待されることの苦しみが描かれていますが、オストルンドさんは、女性と交際する際には男性がお金を払うべき、という役割分担に居心地の悪さを感じていたのでしょうか。

もちろん、妻を感心させたいという思いはありましたし、食事代を支払った後に、彼女のことをすごく好きだからこそ、自分は“パパ的”な役割でいたいのかという疑問が浮かび、議論する必要があると思いました。

私の映画の多くは、核となるシチュエーションを扱っていて、この映画の始まりの状況は、文化的に期待されているこうあるべき自分と、実際の自分にジレンマを感じる瞬間なんですよね。実際、自分は誰なのかという板挟みの状態です。多くの場合、そのジレンマは私たちの中にある原始的な本能とつながっていて、たとえば、雪崩から逃げ出すときの生存本能もそうですね。でも社会は、家族のために自分を完全に犠牲にすべきだ、と言う。

──まさに、映画『フレンチアルプスで起きたこと』の冒頭のシーンですね。

私は性別によって何かを期待される状態をいいとは思えません。もちろん、私たちは文化という社会の中で囚われて生きています。多くの女性も、テーブルに座っているときに伝票を取らない、ということに囚われている。男が払わないなんて信じられない、とかね。そうやって、私たちの行動はいろんな側面が影響し合っている。それはとても興味深いことです。

ただ、歳をとればとるほど、こうした期待に応えられないことへの恥ずかしさも減りますし、感じていることを言葉にできるようになるし、期待させないこともできるようになる。若い頃は大変でしたけど。

 

──「お金の話はセクシーじゃない」というセリフがあるじゃないですか。それも実際に言われたことなのでしょうか?そのとき、オストルンドさんがどんな反応をしたのか気になります。

それも実際に言われました。その時は頭に血がのぼって「どうしてそんなことを言うの?自称フェミニストなのに、お金の話はセクシーじゃないなんて言っていいわけ?」と捲し立ててましたよね。私は関係性において、他人にすごく怒ることができる人間なので(笑)。

あのセリフが面白いのは、まさに一番辛いところをつねってくるところですよね。お金とセクシュアリティの話はタブーだから。それに、対等であっても、人間関係において取り引きは常に行われています。多かれ少なかれね。

逆転のトライアングル|リューベン・オストルンド監督© Tobias Henriksson

──本作では、セクシュアリティや美という価値の取り引きにフォーカスされていますね。

セクシュアリティと美という価値の取り引きに注目するならば、私たちは他の方法がないのかを議論する必要がありますよね。なぜって、女性たちは、セクシュアリティや美しさが通貨であることに気づかずに、この地球を歩き回っているわけではないし、私たちも気づいていないフリはできないからです。それらの通貨を使って、社会的な状況や物を買うことができる。キャリアだって、家だって買える。不平等な社会だからこそ、そういう現象が起こってしまう。

たとえば、若い女性と年上の男性がいて、そこに力関係があったとしたら、取り引きは社会的にも経済的にも応用される可能性がある。でも、社会は「18歳以上なら、自分が何をしているかをわかっているべき。自分で自分のことは対処できる年齢でしょう」と言う。女性の知性を否定し、さらに、愛やセクシュアリティは通貨ではないという大きな嘘を社会に植え付け続けるのはどうなのか、そこについてもっと話し合わないといけない。

 

──確かに、オストルンド監督作品は、人間がいかに植え付けられた価値観に囚われていて、不平等な社会が加速しているかを見せつけてきますが、個人を責めることはしていませんよね。追い詰められた人間がなぜそのような行動を取ったのかを、観る者に共感させます。あなたの作品は全て、社会学者的な観察者としての視点がありますが、どのようにして身につけたものなのでしょうか?

私の生い立ちから来ているものだと思います。母親は政治にとても興味があり、1960-70年代の左翼運動で共産主義者になった人なんです。日曜の夕食は、兄と母が、どの政党が、どんな新しい観点が社会を改善するために役立つかを議論していました(笑)。

特に、彼女はカール・マルクスについてよく話をしていたんです。マルクスはある意味、汚名を着せられ、論争の的となる人物に仕立て上げられたと言えると思います。マルクス主義は、東洋側には社会主義思想があるものして、西洋側には自由主義的な資本主義として見られていて、二つの異なる見方がぶつかりあっていました。マルクスは間違いなく最も影響力のある哲学者の一人だと言えますが、彼が間違いなく社会学の創始者の一人であるという事実は、スウェーデンでも忘れ去られています。

 

──豪華客船のアメリカ人船長がアル中のマルクス主義者で、ロシアの大富豪と資本主義についての名台詞を引用し合うシーンは、マルクス主義の論争を象徴していて痛快でした。

社会学は唯物論的な観点から世界を見るもので、その美しさは個人に責任を押し付けないというところにある。だから、置かれた設定に対処しようとする人間を見ると、億万長者の起業家という物質主義的な設定にも共感することができますし、自分も同じようなことをしたかもしれないと思える。道徳的なものではなくて、人間としての知識を与えてくれる。新自由主義的に、個人を指差して、「良い人」「悪い人」とジャッジするようなやり方ではなくね。

 

──窮地に置かれた人間をリアリティを持って演じられる俳優のキャスティングには、多くの時間を費やすそうですが、キャスティングの際、どこを一番重要視していますか?

役者に隣り合わせにして役を演じてもらって、その関係性に何か変化が起きるのかを見るようにしています。たとえば、今回はカール役のハリス・ディキンソンがカール役に決まっていたので、ヤヤ役で故チャールビ・ディーンが候補に挙がったときに、二人がどんな表現をするかを観察しました。チャールビが演じるヤヤとハリスが演じるカールを隣に並べてみたら、ヤヤはカールよりも上のレベルにいる人という感じが出ていた。仲の良い友達に、「どうやって彼女を手に入れたの?」と言われるような感じですよね。そうやって、何かしらの力関係を探そうとしますね。

──そのためには、世界中のキャストに実際に会う必要がありますし、決定するまでに時間がかかるのも納得ですね。

そうなんです。カラフルな登場人物の芝居をつくりたいんですよね。観客、そして映画監督である私にも何かエネルギーを与えてくれるような。信憑性を持ちながらも意外な方法で俳優が芝居をしてくれると、さらに楽しくなります。例えば、ロシアの大富豪を演じるズラッコ・ブリッチは、マッチョな新興成金感はなく、すごく幸せそうな親しみやすい男として登場しますよね。彼のその選択は最高でした。

サバイバル能力抜群な船の清掃婦アビゲイル役のドリー・デ・レオンに至っては、もう逞しい一人の男性そのものでしたよね。彼女が抱えていた課題であり挑戦は、集団が増える中、孤島で指揮を取りらなければならないということ。私はいつも試してみるんです。彼らがやることを、私が信じられるかどうかをね。

 

──あなたは今、世界が誇るディレクターの一人であり、カンヌ映画祭の最高賞であるパルムドールを二度も獲得したわけですが、自分が少しでも傲慢になってしまうのでは…という恐れはあったりしますか?

面白いのが、この映画を編集していたときに、妻に見せたんです。そうしたら、「何やってるの!?これは酷すぎる」と言われたので、「僕はパルムドール受賞者だよ!ちょっとくらい信用してよ!」と言い返してしまいました。それから、「あなたは間違ってる」と言ってくる人と出会うたびに、その言葉が蘇ります。

なので、パルムドールを二つ持っていても、まだ十分な敬意は払われてないんです(笑)。彼女は常に私のアイデアに対して疑問を投げかけてくるので、今の目標はパルムドールを三度獲ることですね。そうしたら、尊敬してもらえるかも。

 

──なるほど。平等で問いを投げかけてくる関係のパートナーがいるから、傲慢になることはないと。

まぁ、私が映画祭や賞を信じるべき確かなものとして見ているならば問題だと思いますけど、映画祭や賞がどのように機能し、物事がどうやって配置されているかさえ理解していれば、そこまで真剣に捉えることはないです。自分一人の立場から、自分を見据えるということですね。

 

──賞のシステムも社会学的に見ているわけですね。次回作も期待しています。どんな内容になるのでしょうか?

『The Entertainment System is Down』というタイトルなのですが、文字通り、フライト中にエンターテインメントシステムが全く起動しなくなったとしたら、人間はどのような行動をし始めるか、を私も探りたいと思っています。

『逆転のトライアングル』

 

モデル・人気インフルエンサーのヤヤと、男性モデルのカールは、招待を受け豪華客船クルーズの旅に出かける。しかしある夜、船が難破。そのまま海賊に襲われ、彼らは無人島に流れ着く。極限状態に追い込まれる中、ヒエラルキーの頂点に立ったのは、サバイバル能力抜群な船のトイレ清掃婦だった――。

監督: リューベン・オストルンド(『フレンチアルプスで起きたこと』、『ザ・スクエア 思いやりの聖域』)
出演: ハリス・ディキンソン、チャールビ・ディーン、ドリー・デ・レオン、ウディ・ハレルソン 他
配給: ギャガ

2022年/スウェーデン、ドイツ、フランス、イギリス/英語/147分/シネスコ/原題:Triangle of Sadness

2023年2月23日(木・祝)、TOHOシネマズ 日比谷 他 全国ロードショー
Fredrik Wenzel © Plattform Produktion

公式サイトはこちら

Profile

リューベン・オストルンド

1974年4月13日、スウェーデン生まれ。長編デビュー作『The Guitar Mongoloid』(05)でモスクワ国際映画祭国際映画批評家連盟賞を受賞。その後に手掛けた長編映画は、すべてカンヌ国際映画祭でプレミア上映されており、同映画祭において2作連続でパルムドールを受賞した、史上3人目の監督。短編映画『Incident by a Bank』(10)はベルリン国際映画祭金熊賞を受賞。『プレイ』(11)ではスカンジナビア半島において最も重要な賞である北欧理事会映画賞を受賞している。

Ⓒ Sina Östlund

Text&Edit:Tomoko Ogawa

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