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映画『シスター 夏のわかれ道』イン・ルオシン監督にインタビュー。食のシーンに投影した、日常に潜む女の葛藤

映画『シスター 夏のわかれ道』イン・ルオシン監督にインタビュー。食のシーンに投影した、日常に潜む女の葛藤

2021年、中国で大ヒットした『シスター 夏のわかれ道』。人生に苦悩する若い女性の姿を映し出し、若者を中心に感動と共感の声がSNSで爆発的に拡散。並みいるハリウッド大作を押さえて2週連続で興収1位を記録しました。監督も脚本家も1986年生まれの女性であり、女性のまなざしで中国の現状が描かれている本作。イン・ルオシン監督に話を聞きました。


──この映画の主人公は、中国の四川省・成都で暮らす看護師のアン・ラン(チャン・ツィフォン)。ある日、疎遠だった両親を交通事故で亡くしたことで、北京の大学院に進学して医者になる夢を追うか、見知らぬ6歳の弟ズーハン(ダレン・キム)を引き取るかの選択を迫られます。そんなアン・ランをはじめとする女性たちの、人生に葛藤する姿が印象的でした。

家父長制と、その影響を受けた女性の生き方や運命は、いまや世界的な話題です。中国では以前に比べれば女性の地位は大いに向上しましたが、抑圧された女性に対する無関心という隠された現実があることもまた事実です。大都市で暮らす若い女性の多くは、自分の生き方や職業を自由に選ぶことができますが、アン・ランにはそれができません。彼女は生まれたときから男尊女卑の産物です。でも持ち前の独立心と反骨精神で、多くの可能性を切り拓きます。「女性は(女である前に)一人の人間である」、これこそが家父長制を揺るがす力の核心だと思います。

 

──そもそも今回のプロジェクトはどのように立ち上がったんですか?

立ち上げたのは、脚本家のヨウ(・シャオイン)さんです。ヨウさんとは中央戯劇学院演劇文学演出科で同級生だった仲ですが、最初は2016年の年末頃に彼女からざっくりとした脚本のアイデアを聞き、意見を求められて。2019年の年末に私が監督することが決まってから、より密に話し合うようになりました。脚本は2、3回ほど書き直しています。

 

──脚本について監督から提案した部分というと?

書き直したり付け加えたりというより、カットする方が多かったです。初稿の時点で、どう考えても120分の尺では収まらないくらい、いろんな物語が含まれていたので。カットしたのは、アン・ランの母方の叔父さん(シャオ・ヤン)とその娘の話だったり、事故を起こしたシングルファザーと保育士の話だったり。そういうサイドストーリーは完成した映画でも垣間見えますが、初稿ではもっとしっかり描かれていたんです。それらをカットし、ストーリーの中心軸を姉弟関係に据えました。また、アン・ランと父方の伯母さん(ジュー・ユエンユエン)のシーンにもよりフォーカスを当てました。

 

──伯母さんが「6歳の夏の夜、母は弟にだけこっそりスイカを食べさせてた。“お姉ちゃんには内緒だよ”って」と打ち明けながら、アン・ランにスイカを思いきり食べさせるシーンにグッときました。スイカ一つで、二世代に渡る家庭内での男尊女卑を描くと同時に、二人のシスターフッドが表現されていて。

この映画の季節は夏で、夏といえばスイカです。どこかで絶対に登場させたくて、漠然と「アン・ランとズーハンに食べさせようかな」なんて思っていました。でも、あのアン・ランと伯母さんのシーンを撮る日になり、突然「今日スイカを使いたい」という衝動に駆られ、スタッフに無理を言って買いに行ってもらって。脚本のヨウさんもこの変更を喜んでくれて、「スイカはここで正解だったね」と盛り上がりました。

 

──もともとはどういう設定だったんですか?

「小瓜(シャオグァ)」と呼ばれる、小さめのメロンを使う予定でした。昔は高級品だったので、伯母さんが親に食べさせてもらえなかったことを描く上でいいと思って。でも最終的に、値段が高いか安いかは重要ではないと考えたんです。「おいしいものを大切な誰かに」、つまりこの場合なら「おいしいものを姉ではなく弟に」という、その行動自体を印象づけるべきだと。余談ですが、私の友だちも家庭料理の定番である紅焼肉(ホンシャオロー。豚の角煮の一種)を家族で食べるとき、おいしいヒレの部分を妹にあげて、脂身の多い部分を自分がもらうと話していて、それもヒントになった覚えがあります。

 

──スイカ以外にも、ズーハンがアン・ランに肉まんをねだるなど、食にまつわる表現が多く登場します。どうしてでしょうか?

日常に寄り添う映画にしたいという明確な意図があったからです。食が描かれていないと生活感が出ないですから。四川省・成都が舞台なので、アン・ランが彼氏の家族から夕飯に招かれるシーンでは、家庭でおなじみの四川料理を用意してもらいました。一方で、肉まんについては少し意味合いが違って。アン・ランはズーハンに対して当初、肉まんを買うのさえ渋りますが、最後には手作りしてあげます。肉まんは、ズーハンがお母さんによく作ってもらっていた料理だという設定をふまえ、「母」を象徴する食べものとして随所に登場させました。

 

──中国映画界では女性の活躍が目覚ましく、2021年はこの『シスター 夏のわかれ道』と、ジア・リン監督・脚本の『こんにちは、私のお母さん』(21)という、女性が監督・脚本を務めた2作が揃って大ヒットを収めたそうですね。この出来事を当事者としてどう振り返りますか?

ジア・リン監督は有名な役者さんでもあるので、事情が同じかは分からないのですが、女性の映画人が台頭してきた理由には、まず性別にかかわらず映画業界に足を踏み入れる若い世代が増えたことが挙げられます。今の20〜30代は人生を好きに選べるので。その結果、女性監督の分母も増えているわけです。あと、これまでは映画監督といえばほとんど男性だった中で、女性の視点で描かれる作品が新鮮に感じられ、待ち望んでいる観客が多くなってきているのかなとも思います。

 

──映画監督を目指したきっかけもぜひ知りたいです。

もともと演劇や映画が好きで、中央戯劇学院に入学したんですが、当初は劇作家や脚本家になるつもりでした。でも大学3年生のときに、自分の書いた脚本を自ら舞台化するという課題があり、その経験を通して「演出する側に行きたい」という気持ちが芽生えたんです。自分の手で作品を形にしていく過程が、とてもエキサイティングに思えて。

 

──どういう監督から影響を受けていますか?

ちょっと人数が多すぎて(笑)。まずアン・リー監督とエドワード・ヤン監督。それから中華圏以外ですと、演劇人ですが蜷川幸雄さん。大学院の修士論文は蜷川さん演出のシェイクスピア劇について書きました。映画人なら、小津安二郎監督、北野武監督、是枝裕和監督、宮藤官九郎さん。日本からも大いに影響を受けてきたので、こうして自分の映画が日本で公開されることを、改めてとても嬉しく思います。

『シスター 夏のわかれ道』

『シスター 夏のわかれ道』 イン・ルオシン監督 インタビュー

看護師として働くアン・ランは、医者になるために北京の大学院進学を目指していた。ある日、疎遠だった両親を交通事故で失い、見知らぬ6歳の弟ズーハンが突然現れる。望まれなかった娘として、早くから親元を離れて自立してきたアン・ラン。一方で待望の長男として愛情を受けて育ってきたズーハン。姉だからと、親戚から養育を押し付けられそうになったアン・ランは、弟を養子に出すと宣言。養子先が見つかるまでは面倒をみることになり、両親の死すら理解できずワガママばかりの弟に振り回される毎日。しかし、幼い弟を思いやる気持ちが少しずつ芽生え、アン・ランの固い決意が揺らぎ始める……。自分の人生か、姉として生きるか。葛藤しながらも踏み出した未来への一歩とは――。

監督: イン・ルオシン
脚本: ヨウ・シャオイン
出演: チャン・ツィフォン、シャオ・ヤン、ジュー・ユエンユエン、ダレン・キム
配給: 松竹

11月25日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか全国公開
©️ 2021 Shanghai Lian Ray Pictures Co.,Ltd. All Rights Reserved

公式HPはこちら

殷若昕 イン・ルオシン

1986年生まれ、中国安徽省出身。中央戯劇学院演劇文学演出科を卒業し、『イェルマ』『真夏の夜の夢』など多くの演劇や、映画の脚本、監督を担当。2015年に脚本を手がけた『結婚しましょう』は中国の小劇場の興行トップ10に入る。2020年に『再見、少年』で長編映画デビューし、本作が監督2作目となる。

Text&Edit: Milli Kawaguchi

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