『百年の散歩』
多和田葉子
新潮社 ¥1,700
《あの人》を待つ間、行き交う人々や風景、土地そのものが持つ記憶、異国の言葉にいざなわれ、虚実が淡く溶け合う世界で《わたし》は遊ぶ。カント通りの喫茶店で居合わせた客に仮名を付けて関係性を想像し、レネー・シンテニス広場では、自身の小説に作り上げたフランス人女性“レネ”を蘇らせる。壁に飾られたマヤコフスキーの写真を見つめれば、たちまち彼は語り出し……。本書は、ベルリンに実在する10の“通り”を舞台に繰り広げられる連作長編。自由奔放な発想と言葉遊びの快楽に浸りたい。
『観なかった映画』
長嶋 有
文藝春秋 ¥1,750
監督や役者の知識は必須。レビューとすり合わせてからでないと感想さえ気軽に言えない息苦しい昨今。《映画には常に勝手にして欲しい、僕も勝手に感じるから》と、長嶋有は言ってくれた。固有名詞を極力使わず、劇中で起きたことを主観に引き寄せていくコラムはまさに挑戦作。自作が映像化されるときの本音、コーエン兄弟のコメディから『プリキュア』への飛躍、扱われるゲームのセンスへの個人的な興奮……。映画を《魅力的なハッタリ》と捉えてこその、“好き”を語る緊張を感じさせない鑑賞録。
『やめるときも、すこやかなるときも』
窪 美澄
集英社 ¥1,600
大切な人の死が原因で、毎年12月の数日間、声を失ってしまう家具職人の須藤壱晴。彼はその苦しみを他人に打ち明けられぬまま、不特定多数の女性関係で紛らわせてきた。一方、困窮する実家を学生時代から経済的に支え続ける本橋桜子は、恋とは縁遠く32歳にしていまだ処女。少しずつ歩み寄っていく2人は、やがて過去の苦い記憶を語り始める……。《みんな自分の傷を抱えてそれぞれの人生を生きている、はずだ。》それでも男女が共に生きることとは? 人を思う覚悟と温もりに触れられる長編小説。