初夏の足音が聞こえてきたら、旅に出たくなる。5月16日は松尾芭蕉がおくの細道へ出発したとされる”旅の日”。編集部員それぞれの旅の形をリレーでお届けします。4人目は──
FROM EDITORS 初夏の旅 キャンピングカーで滋賀へ
Early Summer Trip 4
「小さな子を2人連れてるんですが、大丈夫でしょうか?」
電話口でこう確認しながら宿やレストランの予約をする旅の支度は、楽しいがしんどさもある。家で暮らしているように、くつろいだ日常のまま旅に出たい。ならば──と思いついたのがキャンピングカーだった。
冷暖房が必要ないこの季節は、車中泊でも過ごしやすい。道すがらの産直市場で地元の食材を調達し、お風呂は立ち寄り温泉を利用すればいい。ゆったり寝られるベッドもあれば、小さなキッチンもある。日本中に点在する道の駅マップさえあれば、予約はもちろん、時計すらいらない。ちょっとした城の主の気分になって車に乗り込む。
レストランや温泉の有無などを詳細に記した道の駅マップ。
東京の自宅から浜名湖、名古屋、奈良を経て、目指したのは琵琶湖の北、湖北地方。日本に七躯しかない国宝の十一面観音像のひとつ、向源寺(通称は渡岸寺観音堂)の十一面観音像に会うためだ。
高月町は里山に暮らす庶民が協力し合い、戦火から多くの観音像を守ってきた地域として名高い。その中でも白州正子が「近江一美しい」と評したのが向源寺の十一面観音像だ。
2017年1月号の別冊付録では、吉田さらささんと廣瀬郁実さんの監修のもと、世界一忙しい東京の女性たちのために七躯の仏様を選んだ。「開運特集を組むなら、もっともクラシックな仏教を扱ってみたい」という企画を採用してくれた編集長に感謝である。
この特集を見たある作家さんから「なんだかんだいってもね、仏様が面白いのは西だよ、やっぱり」と指摘された。奈良と滋賀を訪れたことがなかった私は、小さな棘のように心に引っかかっていたその言葉に導かれて目的地を決めたのだった。
撮影禁止のため、ポストカードでその御姿を。像高は194cm、平安初期の作とされる。織田・浅井の戦火の間は、住民たちが土中に埋めてお守りしたという。
およそ800kmのドライブを経て十一面観音像に対面した。眉から鼻にかけての美しいライン、引き締まった美しい唇。なにより、豊かな腰を少しひねった艶っぽい姿。渡岸寺では360度どこからでも観音像を見て構わない。一本の木を下から上へ、上から下へ、一寸も違うことなく削り出していった刀の力と、救済を求めこの像に集まった民衆のエネルギー、そして千年の時を経て今日まで守り続けられてきた奇跡を思うと、この場に立っていることが不思議でならない。
閉山の時間が近づき、名残惜しそうな私を見て家族がからっとした調子で言った。
「また、来ようよ」
この場所をもう一度訪れたい。そう思える旅は、素晴らしい旅だ。
次の旅までどうか何事もなく穏やかに過ごせますように──旅を締めくくるのは祈りであることに、改めて胸を衝かれた。旅と祈りはとてもよく似ている。心身ともに健康で、好きな場所に自由に行くことができる未来への祝福を、旅は内包している。
上:毎朝使っている温泉卵器も忘れずに積む。お湯を注いで15分でおいしい温泉卵ができる。下:眺めのいい場所を見つけて車を停めれば、そこが食卓になる。産直売り場で買った野菜やパン、ソーセージ。絹さやとたけのこは塩炒めに。
美味しいものを食べ歩くのも楽しみのひとつ。憧れの奈良ホテルに立ち寄って茶粥朝食を。
Keiko SUZUKI
2009年からGINZA編集部在籍。デジタルチーム。好物は牡蠣とギムレット。キャンピングカーは大人6人乗り、1週間のレンタルで15万円前後。有志が集まれば有意義かつ経済的な旅になるはず。