箱根の富士屋ホテルは明治11年開業、憧れのクラシックホテル。レトロな設えもお部屋もロマンティックだし、行ってみると迷路のようにどこまでも続く通路や、タイルで描かれた模様がかわいい温水プール、大胆な和洋混交の空間など、意外にキッチュなところもあって面白い。この展覧会がフォーカスするのは、富士屋ホテルをメンテし続けるプロフェッショナル「営繕さん」。椅子が壊れれば直し、傷んだ床板を取り換え、壁を塗り替え、絨毯を敷き直し、庭園を美しく保ち……。日々ホテルのあちこちを直し、居心地をよくするための工夫をしている。時には、スタッフからの要望でコンシェルジュカウンターやオイルヒーターの木製カバーを作ったり、手すりの欄干を付け足したりもする。しかも、看板もすべて手作り。平成の初期まではメニューやチラシなども活版印刷でこの部署が刷っていたというから驚き。
たとえば「立入禁止」のサインも、木の板に手書きでひとつひとつ作る。このひとつをとっても、普通じゃない。だって、出来立てピカピカのビルや駅、ホールも、数年経てば市販の案内板やポスターがペタペタ貼られ、プラスチックコーンが堂々と置いてあるのは当たり前。それだけ、大きな空間のイメージを統一させて、高いクォリティのまま保つことは難しいのだ。
驚くことに、営繕さんの仕事は、マニュアルが残されていないどころか、口伝もそこそこ、その都度考えてやっているらしい。少しの変化を恐れずに、その時の最善を尽くすことが、メンテナンス=保つことの極意なのかもしれない。見えない所で頑張っている営繕さんの仕事が見える絶好の機会。自分の生活空間を心地よくするヒントをここで見つけたい。
本館のホテル入口にある朱赤の欄干。撮影:白石ちえこ