今度の週末観たいもの、行きたい場所
●歳時/朝顔市とほおずき市
●展覧会/ゴードン・マッタ=クラーク展
●展覧会/建築の日本展
●映画/ブリグズビー・ベア
夏を迎える路上の草の市
文=猿田詠子
朝顔市とほおずき市、 祭の余韻を持ち帰る。「入谷朝顔まつり」は入谷子母神とその周辺で7月6〜8日開催。浅草寺「四万六千日」の縁日は7月9・10日で、境内にほおずき市が立つ。
日が長くなる季節は、少しだけ得した気分。まして、早起きできた日は格別だ。夏の朝といえば朝顔の花。薬種として奈良時代に渡来した朝顔は、江戸時代の文化文政期に観賞用の花として品種改良が盛んに行われ、それから庶民の花となった。
入谷の子母神(真源寺)では、毎年7月6〜8日に朝顔市が立つ。ふだんはひっそりとした子母神が、この日ばかりは早朝からにぎやかになり、鉢植えの朝顔の露店と縁日が言問通りに並ぶ。他では見慣れない「団十郎」という人気の朝顔は、その名の通り成田屋の柿茶色。ぐるぐる冷やかしたら、喫茶店デンにでも行こうか。モーニングセットもあるけれど、つい名物のグラパン(グラタンを詰めた超厚切りトースト)を頼んでしまう。すっかり満腹になっても、まだ午前中だ。
朝顔市の直後にくるのが、9〜10日の浅草寺のほおずき市。この日に浅草寺に詣でると「四万六千日」分の参拝と同じだけの功徳を得られるという、なんとも調子の良い日だ。そこに合わせたほおずき市と縁日は、江戸から東京の庶民にとって、魅力的な夏の夜遊び場だった。腹掛に股引姿の売り子の威勢の良い掛け声と、風鈴の涼しげな音が心地よく響く。かつて雷除けの民間信仰で売られていたトウモロコシの名残として、浅草寺ではこの日限定の雷除札が授与されるようになった。ほおずき市が終わると、東京は盂蘭盆会だ。 朝顔市、ほおずき市、それに先立つお富士さんの植木市(浅草富士浅間神社にて5月・6月最終週の土日)。この時期に出現する草の市は、都会に自然を持ち込んで、見慣れた風景を異化させる。そこから持ち帰った鉢がまとった祭の余韻は、軒先に並んで下町の夏の風情となる。
あわせて行くなら、観音裏に出てみよう。華やかな生菓子や渋い和菓子もよいけれど、ここにはキリッと洗練された焼菓子が似合う。ルスルスのクッキー缶や、NOAKEの縁起物サブレ・ポルトボヌールを手土産にして、もうしばらくハレとケのあわいを楽しみたい。
「入谷朝顔まつり」は入谷子母神とその周辺で7月6〜8日開催。浅草寺「四万六千日」の縁日は7月9・10日で、境内にほおずき市が立つ。
その反抗には、理由がある。 NYを駆け抜けたアート・ボーイ。
文=柴原聡子
70年代のニューヨーク。世界の経済は成長し続け、資本主義が都市を変えまくっていた。大規模な公共政策によって、マンハッタンにいた移民や貧しい人たちは郊外のブロンクスやブルックリンに追い出された。そんな強引とも言えるやり方に翻弄された人々から生まれたのがヒップホップ。都市とカルチャーはそうやって常にヒリヒリとした関係を結びながら新たなものを生み出してきた。
当時ニューヨークを拠点としていたアーティスト、ゴードン・マッタ=クラークは、経済優先のスクラップ&ビルドが繰り返され、都市がめまぐるしく変えられていくことに怒っていた。彼がやったことーー廃墟となった住居やビル、倉庫を文字通り切断したりくり抜いたりしてしまうプロジェクト、アーティスト仲間とソーホーに開いた安くて旨いレストラン「フード」、写真に撮ったグラフィティに自分で上書きしてしまう作品ーーは、社会の大きな力によって変わりゆく都市に、小さい力ながら抵抗・応答するものだった。
彼が向き合った激変するニューヨーク、実は現在の東京に似ているところがある。オリンピックを前にすごい勢いで変わっていく東京。それを、私たちは受け入れるしかない。一方で、小さくても愛すべきお店に通ったり、仲間と集まって何かを始めることはできる。ストリートには今もそういう可能性のかけらが転がっている。ゴードン・マッタ=クラークの活動も、きっとそんな「はじめの一歩」だったのだと思う。
日本では初となる回顧展では、映像や写真などの膨大な記録や資料、切断された家の断片も見られる。わずか35歳で亡くなるまで、全力で都市に応えようとした彼の軌跡は、2020年を目前にした東京を生きる私たちに、どう響くだろうか。
建物を文字通り切断する「ビルディング・カット」で注目を集めたアーティスト、ゴードン・マッタ=クラークの回顧展。見慣れた日常を変えていく彼の多面的な活動を、彫刻や映像など約200点で紹介する。 ≫ 6月19日(火)〜9月17日(月・祝)/東京国立近代美術館
寄り添うか、抗うか、それとも… 日本建築の鍵は“自然”にあり。
文=柴原聡子
今、日本は建築展ブーム。数年前から国内外で頻繁に展覧会が開かれ、どれも大盛況。建築好きの趣味では 効かないレベルの人気である。
本店の注目は、古代から現代までを時系列に関係なく独自の切り口で分けていること。監修は建築史家/建築家の藤森照信。時代を超えた大きなテーマでザクザク分類できるのは、歴史家だからこそなせる技だ。
セクションは9つ、木造から始まる。伝統的な建物が多くあるなかでも、近年の研究成果によって高さが48m(ビル16階相当)もあることがわかった「古代出雲大社本殿」の模型は圧巻。「東大寺南大門」も、ものすごく大きい。建築することは重力に抗う。何かを立ち上げる行為=人の為せることなのである。古代の木造建築には、そんな当時の人の気概が漂っていてロマンを感じてしまう。
2つめのセクション「超越する美学」は、多くの人が日本建築に抱くイメージに近いはず。伊勢神宮に始まり、茶室や、谷口吉生設計の「鈴木大拙館」などが並ぶ。素材や構成は何であれ、「もののあはれ」という言葉をつい思い出す透明感のある空間は、SANAAを筆頭に今の日本の建築家に共通する。これが、世界の人気を集める理由のひとつだろう。
ところで、結びのテーマ「共生する自然」でおやと気づいた。巨大ホヤみたいな「豊島美術館」や、洞窟を再現したかのような、石上純也設計の風変りな住宅の模型。隣のコーナーに展示されている伊東豊雄の「台中オペラハウス」はなんだかアリの巣っぽい。ガラスや鉄を使ったソリッドなモダン建築は、最近になって旧石器時代にまで戻ってしまったかのようだ。自然に抗って立ち上げる欲望から、自然に還る欲望へ。未来の断片がここに現れているのかもしれない。
今、日本の建築が世界の注目を集めるのはなぜか。縄文住居から現代建築まで、100プロジェクト、400点を通してその秘密に迫る。千利休作の茶室「待庵」原寸再現やライゾマティクスによる体験型インスタレーションなどエンタメ要素も充実。 ≫ 開催中〜9月17日(月・祝)/森美術館
“ポップ”からは 逃げられない。
文=小野寺 系
幼い頃から両親によって部屋に閉じ込められ、25歳に成長した青年ジェームス。外界から隔絶された彼の楽しみといえば、毎週部屋のポストに届く、愉快なクマの着ぐるみが宇宙を冒険するSF教育番組「ブリグズビー・ベア」を見ることであり、またそれを研究し、自分の考えを動画投稿サイトにアップすることだけだ。
ある日、警察が踏み込んできて、両親は逮捕される。じつは彼が両親だと思い込んでいた男女は、幼い頃にジェームスを誘拐し、長年にわたり自由を奪ってきた〝ニセ両親〟だったのだ。さらに驚くべきことに、教育番組「ブリグズビー・ベア」は、ニセの父親がジェームスひとりを教育するため、自宅の裏のスタジオで撮影した〝ニセ教育番組〟であり、ニセ動画投稿サイトにコメントしてくれていたのも、ニセ両親だった。
この無茶苦茶な展開が、今回紹介する映画『ブリグズビー・ベア』の冒頭部分のストーリーだ。本作が、アメリカのコメディ番組「サタデー・ナイト・ライブ」のスタッフや出演コメディアンによって作られた作品なのだと聞けば、この突飛な内容も納得できるだろうか。
救出され本当の家族のもとに帰ったジェームスは、初めて「ブリグズビー・ベア」以外のTV番組や映画を見てショックを受ける。そして、初めてのホームパーティや、女の子とのキスなど、思春期の出来事を急ぎ足で体験していくことになる。
だが多くのものに触れたジェームスが最も興味があるのは、やはり「ブリグズビー・ベア」だった。なぜ自由になったはずの青年は、捕らわれていた頃に見ていた教育番組に固執するのか。そして観客をフクザツな気分にさせるこの映画は何なのか。本作はハッキリとした答えを提示してはくれないが、ニセ父親を演じているのが『スター・ウォーズ』で主人公ルークを演じていたマーク・ハミルだということが、それらの謎を解くヒントになっている。
自由を奪われポップな教育ビデオを見せられて育ち、その影響から抜け出せない主人公の青年。それは無自覚にポップカルチャーの洗礼を受けて育った、〝大人になりきれない〟人々を表している。『スター・ウォーズ』に代表される娯楽映画や、コミック、ポップソングなどに溺れ、若い頃にそれらが世界のすべてだと思っていた人は、とてつもなく多く、その呪縛から逃れることは難しい。もはやそれは切り離せないほど人格のなかに刷り込まれているからだ。
しかし本作のジェームスへのあたたかなまなざしは、「それは悪いことではない」と言っているように思える。彼は「ブリグズビー・ベア」によって多くの人とつながり、自分や他人を楽しませる方法を見つけ出すことになる。ポップカルチャーは呪いでもあり、また祝福でもあったのだ。
『ブリグズビー・ベア』(2017)
隔離された部屋の中で謎の教育番組だけを見て育った青年が、初めて外の世界に触れるハートウォーミング・ストーリー。人気コメディ番組のスタッフ、キャストによるセンスとユーモアが光る。ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテほかにて6月23日(土)より公開。
小野寺 系
Kei Onodera
映画評論家。クマの教育番組でなく、本物の親にヤクザ映画を見せられ続けてしまった幼少期を持つ。
Twitter: @kmovie Web: k-onodera.net
Illustration: Shohei Morimoto