10代の終わりのある夏に、友人とインドを旅したことがある。人々の大きな目、照りつける日差し、色あざやかなサリー。道端のにおい、施しをねだる子ども、ガンジス川のほとりで行われる火葬。すべてが想像していた以上に強烈だったけれど、そんな旅の途中で見かけたある欧米人のカップルの姿が、いまでもとても印象に残っている。
彼らもわたしたちとおなじバックパッカーのようだったけれど、その腕の中には、なんと小さな赤ちゃんがいるのだった。まだ生後5、6ヶ月くらいだったのではないだろうか。大きなリュックを背負い、赤子をひょいと抱えて、慣れたようすでスタスタスタとほこりだらけの道を歩いていく彼らの姿は、ものすごくかっこよかった。それからかなりの年月が経っているというのに、子どもを産んだ今になってあのカップルの姿がまた思い出されるのだから、よっぽど自分にとって印象的な光景だったのだと思う。「そうとう旅慣れてる人たちだったんだろうな」「いや、乳児連れでインド行こう!とはならないでしょ。やっぱり現地で暮らしている人たちだったのでは」「もしや、旅の途中で産まれた子とか?」。すれちがっただけの人たちのことがこんなにも気になるのは、いつか自分が子どもを産んだときもあんなふうに旅をしたいと、気づかないうちにつよく影響を受けたからかもしれない。
ところで先日、古本屋さんでおもしろい本を見つけた。おぐにあやこさんという方が2000年に書かれた、『ベイビーパッカーでいこう!』という本である。なんと彼女も、リュックを背負い、生後6ヶ月の子を連れてスペインへ3週間の旅に出かけたという。そのときの旅行記+子連れ海外旅行のコツがまとめられたものだ。じつはわたしも来年あたり、子を連れてどこかへ行こうと思っているので(2歳になるまでは航空券がタダだというし)、参考になるかもしれないと思って買ってみた。しかもこのおぐにさん、夫氏は同行せず、首が座ったばかりの赤ちゃんとのふたり旅だったという。ひー! さらに、子連れであってもバックパッカーの基本である「宿は現地についてから探す」ということもやっていらして、ものすごくタフなのである…!
赤ちゃんがいても、出産前のように自由に行動したいと考える人は多いと思う。もともとアクティブな人であるなら、なおさらだ。このおぐにさんという方は、その気持ちを煮詰めて熱々の玉にしたようなエネルギーの持ち主なのだった。旅先では、家でふつうに生活している時のようには、赤ちゃんに対してきめ細かなケアをしてあげることができない。お風呂に入れてあげられない日もあるし、手作りの離乳食を与えることもむずかしい。こまめに清潔な肌着に替えてあげることも無理だし、しかるべき時間に寝かせられない日もあるだろう。飛行機で泣いたらどうしよう? 現地で病気になってしまったら? 不安なことをあげていくと、まったくまったくキリがない。おぐにさんも最初はそんなことを気にしていたけれど、旅が進むにつれ、現地の人の厚意にふれるなどして、だんだんと気持ちが解放されていくのがおもしろい。なんなら、ベビーカーとともに夜の酒場へくりだして、ワインだってガブガブ飲んでいる。日本では赤ちゃんには靴下をはかせないようにと教えられるけれど(足の裏で自分の体温を調節しているため)、スペインでは「靴下をはかせないとだめだよ!」と口々に言われたというエピソードもたのしい。
わたしはこれを読んで、ニュートラルな考えのつもりでいた自分も「育児は〇〇をしないといけない」という呪いに、ずいぶんとがんじがらめになっていたのだなあと気づかされた。国によって育児の常識もさまざまであるのだし、つまり子育てに本当の正解はない。旅行中という多少ワイルドな環境でも赤ちゃんはすくすくと育つのだから、ふだんだってもっと力を抜いて大丈夫なのだ。そして、自分も子とふたりの海外旅行、行けちゃうかも? という気になってくる。まあ、さすがにホテルはおさえてから行きたいけれども。
気になるのは、来年ともなると、自分の子はとっくに歩き始めていること。「親が自由に動けるのは、子どもが歩きだすまでだよ」と、これまでに何人にも言われた。まあなんとかなるだろうとタカをくくっているけど、甘いだろうか。ぐふふ、楽しみである。