世界的な観光地であり、女子の永遠の憧れ、京都。この街にお引越ししたライターYが、ストリートから神社仏閣まで、初心者目線で見つけた気になるモノやスポット、イケてる人たちなどなど、フリースタイルでご紹介します。今回のテーマは、かつて京都が最先端の地であった着物の柄について。前回は〈花手水〉。
秋の初めの京都の街は、たたみかけるような夏の蒸し暑さとはうってかわって、清涼感でいっぱい。清々しい空気を満喫しながら、最近ご近所になった岡崎・平安神宮あたりを日々開拓しています。ある日、知人から久々のお誘いを受けて、大鳥居からほど近い古書店『山﨑書店』にお邪魔したのですが、そこで見せてもらった明治時代の着物の“図案”が、衝撃的なおしゃれさ。聞けば、店主の山﨑純夫さんが数十年前からコレクションしていた古い書籍を取りまとめて、展覧会を開催中なのだとか。

京都で着物といえば、旅行者がレンタルして観光するのがここ数年人気だけれど、実は着物の柄やデザインの成り立ちにおいて、この街の歴史は切っても切り離せない存在なのだといいます。というのも、この地には古くから仏教書や浮世絵の出版に携わった彫師や摺師と呼ばれる職人たちが数多く存在したから。明治期になって新政府が東京へと移り、廃仏毀釈のあおりを受けて職を失ったそれらのクラフツマンが、出版業界とタッグ。その結果生まれたのが、着物の柄の図案本だったというわけ。特に明治20年代から大正時代にかけては、“ベルエポック京都”とも呼べるような出版物が多数生まれたのだと山﨑さん。『山﨑書店』では、それらの図案本をはじめ、日本の模様にまつわる資料1,500点を収録したカタログを刊行。その記念として『きものノ国「日本」展』の開催に至りました。もともとは図案本に収録されていた木版画の一部も、1枚ごとに販売。小さいサイズのものもあり、300円ほどからと手が届きやすい価格帯なのが嬉しい。
左は明治39年に発行された図案集『都のひかり』(左)。100年以上前のものなのに、とても今を感じさせる図案が次から次へと。
今でも寺町通に軒を構える老舗出版社・芸艸堂(うんそうどう)の『冕服図帖』(明治40年)より。冕服とは貴人が着用する礼装用の衣服のこと。これらのモチーフが、職人たちのイメージソースに。
わらびはその先端が熨斗の形に似ていることから、昔から縁起の良い文様とされてきたといいます。それにしてもこの配置と躍動感!¥3,000。
個人的に花柄が好きなので、どうしても目がいってしまいます。牡丹は春の着物の柄の定番で、こちらの出典は昭和4年に出版された『四季応用図案百選』。カラフルな色合いとデフォルメされたデザインにはっとさせられる木版画です。¥2,500。
貝も着物の柄の定番モチーフで、貝の図案だけを集めた本もあるほど。シックな黒の背景に流線が入り、どこか宇宙的。大正3年に出版された工芸品の図案集『徴古帖』より。¥1,000。
明治中期以降、万国博覧会など、欧米で開催された国際的な産業見本市への参加のため体系的な図案集の出版が盛んに。同時に図案家たちは、西洋文化の影響を受けた美術書に触れる機会が増え、着物の柄も進化。北欧のバイキング船と海の生き物たちという、和洋折衷なテイストがたまらない♡ ¥3,500。
シンプルにデフォルメされた扇がとてもモダンな図案。鎌倉時代の絵巻物『春日権現験記』からのモチーフ。9×6cmのミニサイズで¥300。
これは桃?出典は前述の芸艸堂から明治29年に創刊された『美術海』。毎月賞をかけて職人たちから着物の図案を募り、作者の名前とともに掲載するという画期的なスタイルで、当時業界の人たちは、同誌を読んで最新のデザインをチェックしていたのだそう。¥1,000。
すすきと雁(?)の秋の風景。雲を表していると思われる茶色のラインの入り方がなんともおしゃれ。こちらも『美術海』より。¥1,000。
伊豫簾純子(いよすだれどんす)と呼ばれる、縞地に独特の文様を織り出した裂の図案。白の(ラーメンの丼ぶりの柄でおなじみの)雷文がきいています。¥1,000。
展示・販売されている作品は基本的には一点物で、ポチ袋大からA4ほどまで、サイズ感もさまざま。アートのように、額に入れて壁に飾るのもきっと素敵なはず。ただし木版画は強い光にさらされると劣化するので、UVカットガラスやアクリルがベター。ディスプレイは直射日光が当たらない場所をチョイスし、たまには“休憩”のために模様替えをすると、良い状態を長く保つことができます。
縁起物の代表格・結び目モチーフ。ビビッドなオレンジと青という反対色の配置もよき。結び目の図案ばかりを収録した昭和8年発行の『むすび模様』より。¥3,000。
日本だけでなく、西洋の草花を描いた図案もあります。ひまわりを描いた、どことなくイングランド、ウィリアム・モリスあたりを連想させる一枚は、江戸後期の琳派の画家・酒井抱一の日本画を木版画におこしたもの。『四季の花』(明治41年)より、¥1,800。
雉の羽の繊細なタッチと、ボディの黒とのコントラスト。鳥は日本画的なのに、背景の草花はヨーロッパっぽい印象。一瞬、京都出身の画家・若冲を思い出しました。¥1,200。
この1枚にいたっては、モチーフがわからなかったのですが、おそらく高貴な人たちが着用する着物の柄の図案とのこと。どことなくエジプトっぽさ漂うのが妙に気になる。¥1,000。
抽象的なランダム文様。蓮?水玉?ミニサイズで¥300。
『山﨑書店』は1979年創業。大正時代に建てられた2階建の町家を改装し、2003年から現在の地で営業しています。“うなぎの寝床”な細長い造りで、地下にはなんと戦時中防空壕として掘られたスペースも。築100年の建物がそのままショップになっているあたりが、京都らしい。
店主の山﨑純夫さんと、スタッフの三枝陽子さん。山﨑さんの長年のコレクションと資料を、エディターでもある三枝さんをはじめとしたスタッフが編集。オンラインで公開中です。
会期中は入り口に木版の図案たちがずらりと展示されています。
エントランスは土間になっていて、地下へ続く階段が。
地下室は秘密基地のよう。普段は非公開で、会期中は書物の閲覧室に。
1階のショップへは靴を脱いであがります。親戚の家に遊びに来たみたいな感覚。ここにもそこかしこに図案が展示されていて、まるで宝探し。古今東西の美術書も色々。
お店の片隅に可愛らしい新聞が貼られていました。作者は京都を拠点にガリ版(謄写版)作品を発表するアーティストの水口菜津子さん。版画つながりで、興味が湧いてきました。

『きものノ国「日本」展』は10月31日まで開催中。着物好きはもちろん、テキスタイルやデザインに興味がある人にもおすすめです。平安神宮や『京都市京セラ美術館』、お庭が素敵な青蓮院門跡もすぐ近くなので、あわせてぜひ。
Hiroko Yabuki
エディター・ライター。『POPEYE』『BRUTUS』などで編集・ライティングを手がける。通訳案内士のラインセンスを持ち、海外アーティストのインタビューや撮影コーディネーションも行う。
Instagram: @tokyoai_hiroko
Photo&Text: Hiroko Yabuki