10 Aug 2018
今度の週末観たいもの、行きたい場所

週末のおでかけ
●歳時/目黒のさんま祭り
●展覧会/イサム・ノグチ ─彫刻から身体・庭へ─
●イベント/神宮花火ナイター
●映画/タリーと私の秘密の時間
歳時
ううむ、さんまは目黒に限る
文=柴原聡子
もくもく煙立つ目黒の祭り。 秋の味覚と落語に興じる。
9月に入ると、さんまの季節がやってくる。たっぷり脂が乗った銀色に輝く姿は、見るからにしておいしそう。食べるなら、やっぱり焼きさんま。弾けた脂が炭火に落ちてパチッとはぜる音なんて聞いてしまったら、もう我慢できない!
ところで、「目黒のさんま」という落語をご存知?お殿様を風刺したもので、秋の噺として有名だ。簡単なあらすじを。
目黒へ出かけた一行、お供が弁当を忘れてしまう。そこへ地元の百姓がさんまを焼く匂いが漂ってくる。家来が「下衆庶民の食べ物」と止めるものの、腹を空かせた殿様はあっという間に完食。アツアツのさんまの味に魅了されてしまう。
さて、ある日、親族の集まりに出かけた殿様。ここぞとばかりに、さんまを所望する。慌てた屋敷の者は、日本橋の魚河岸でさんまを買い、お椀に入れて出すが、中味は失礼がないように、小骨まで全部取って蒸して脂を抜いたぼそぼその白身。不味くてとても食べられない。「いずれで求めたさんまだ?」と聞く殿。「はい、日本橋魚河岸で求めてまいりました」「ううむ。それはいかん。さんまは目黒に限る」
目黒が海と無縁なことも知らず、知ったかぶりを披露してしまった殿様の世間知らずが笑えるこの噺。これにちなんで始まったのが、毎年9月の第1(または第2)日曜に開催される「目黒のさんま祭り」だ。この落語に登場する早駆けの場所とされる目黒駅周辺を会場に、大根おろしとすだちを添えた炭火焼のさんま、約7000匹が供される。これらが無料とあって、毎年約3万人の人々が押し寄せる。欲しい人は早朝から並ぶこと必至。行列が無理でも、他に落語などの催しもあるので、立ち寄ってみるだけでも楽しい。当日は、山手線のホームに届くかと思うほど、もくもくの煙と匂いが昇る。
かつて、長〜い廊下を運ばれて、冷めた魚しか食べられなかったというお殿様。人生初の焼きさんまはさぞおいしかったろう。秋空の下、煙の中で味わう落語もまた一興、だね。
「目黒のさんま祭り」は9月9日(日)開催予定。同月中旬から下旬の日曜に開催される予定の、「目黒区民まつり」でも、さんまが無料で提供される。今年の正式な開催日程は情報サイトなどで確認を。。
展覧会
宇宙人・イサム・ノグチ?
文=柴原聡子
アート、建築、プロダクト。いくつもの領域を横断したアーティスト、イサム・ノグチ。国内12年ぶりとなる回顧展は、彼の「身体」から「庭」へ向かった軌跡に注目したものだ。
初期の[北京ドローイング]は、ノグチが20代半ばに北京に滞在した際の素描。毛筆の太い線が、すみで描かれた身体とわかる輪郭の中に力強く引かれている。その形はエネルギーの流れにも見えるし、同時に、私たちがよく知るテーブルの足の形にも似ていて驚く。1930年代半ばからは、モダンダンスの開拓者マーサ・グラハムの舞台装置を手がけるように。
そして、1950年に再来日にたノグチは、あらためて日本と向き合うことになる。日本の豊かな自然や、埴輪な ど日本の古層文化のおおらかな造形 に惹かれていく。丹下健三や、谷口吉郎など、日本の建築家との積極的な コラボレーションも生まれた。広島平和記念公園の設計をしていた丹下とともに、広島関連の仕事にも取り組んだ。戦争の記憶がまだ色濃かった日本でのそれは、日本とアメリカ の混血であるノグチにとって複雑かつ厳しいチャレンジだったろう。
後半は、最晩年に至るまで長く手がけた庭や公園、ランドスケープなど、大地を素材とする彫刻作品を中心に構成される。1960年代からは香 川県牟礼町に拠点を移し(現在は 「イサム・ノグチ庭園美術館」として公開)、硬い花崗岩を使った石の彫刻を多く制作した。それらは、なめらか な曲面と、荒々しい素地が混在して いて、なんともリズミカル。すっくと立つ精緻に磨かれた石の存在は、空気を斬り込むかのようで、まるで異世界との出入口みたいだ。
世界の文化もジャンルも軽々と渡り歩いたイサム・ノグチ。グローバルという一言では説明できない彼の 「宇宙的」世界を堪能してほしい。
ランプシェード[あかり]シリーズでも知られるイサム・ノグチ。彼が意識し続けた「身体」、それを取り巻く環境、庭園への情熱に着目し、その活動の全容に迫る。 ≫ 開催中〜9月24日(月)/東京オペラシティ アートギャラリー
イベント
夏だけの、とびきり神宮ナイター
文=柴原聡子
都心でも、野球初心者でも、夏のナイターは楽しい。なかでも明治神宮球場は、思い立ったらすぐ行けるアクセスの良さだし、夜風吹く空の下でザ・日本の夏な気分に浸れる素敵なビアガーデンでもある。しかも、夏の間は花火まで上がっちゃうのだ。
かくいう私も、夏だけナイターに行きたくなる派。まず、野球場の観客席のムードそのものにわくわくしてしまう。選手を紹介するアナウンスが流れると、わあっと歓声が上がる。バッターがカーンと打ったら、みんなが騒ぎ出す。気軽に入れる外野席からは、選手がすごく小さくしか見えない。でも、静かになったり、盛り上がったり、だらだらしていたり、周りの反応を見ていればなんとなくゲームの流れはつかめる。おしゃべりの合間、どれどれとグラウンドの方を見たらゲームがぐっと展開していた…なんてことも現場の醍醐味だ。
試合の中盤、5回裏が終わったところでパーンと花火が上がる。ほんの短い間だけれど、芝生のグラウンドに上がる花火は、グリーンに映えてとても爽やかだ。応援の音頭をBGMに飲む冷えた生ビールも心地良く回る。そんなこんなで、2、3時間の試合はのんびりゆったりと過ぎていく。
私が行った時はザアっと通り雨があった。雨の予報は出ていたから、みんな傘をさしたり合羽を着たりして観戦していた。ちょうど雨が止んだ頃に花火が上がり、恐る恐る傘を閉じて、空を見上げた。その日、ヤクルトスワローズが勝ったのか負けたのがは忘れてしまった。でも、夏の雨上がり、神宮の空を彩った慎ましい印象の花火は、よく憶えている。
夏限定のにわか野球ファンになってみてはどうだろう。近場でちょこっとお腹に入れて、神宮ナイターに行って、試合の合間に見る花火。それって、とびきり粋だと思う。
【神宮花火ナイター】
毎年恒例の5回裏の打ち上げ花火。各日300発が上がる。人気試合のチケットは売り切れることもあるので、事前に確認がベター。≫ 8月9日(木)、8月14日(火)〜19日(日)、8月24日(金)〜26日(日)、8月31日(金)〜9月2日(日)/明治神宮野球場
映画
頑張りすぎる私に さよなら
文=小野寺 系
輝かしい高校時代という過去の栄光に縛られ、現実を直視できない〝イタい〟大人の女性を、シャーリーズ・セロンが毒舌を交えてコミカルに演じた、ジェイソン・ライトマン監督、ディアブロ・コディ脚本の『ヤング≒アダルト』は、多くの観客に〝刺さる〟映画だった。
同じ監督・脚本・主演俳優がふたたびタッグを組んだ本作『タリーと私の秘密の時間』は、またしても強烈なユーモアのある女性が主人公なのでうれしくなってくる。
主人公マーロは夢見ていた〝幸せな結婚〟にたどり着き、子どもにも恵まれているが、その生活は、かつて彼女が望んだものとは異なっていた。夫の単身赴任と3人目の子どもが生まれたことが重なり、殺人的な忙しさで仕事、家事、育児に追われる彼女は、自分のプライベートな時間はおろか睡眠時間さえ満足にとれない状況に陥り、心身ともにボロボロになっていた。
日々の生活の過酷さを、本作は暴力的なまでに容赦なく描く。そこが命をかけた戦場ならば、兵士として戦っているマーロが上品といえないセリフを吐かなければやってられないというのにも納得がいく。
身だしなみを整えられず、ストレスで際限なく食べてしまい体型が崩れていくマーロを演じるため、美しい体型を誇るシャーリーズ・セロンは、今回18キロもの増量をして、たるんだお腹を披露している。
そんなマーロのもとに、若い女性のベビーシッター、〝タリー〟(マッケンジー・デイヴィス)が訪ねてくる。彼女は子どもたちの世話を完璧にこなし、マーロの精神的なケアまでしてくれる。興味深いのは、彼女はなぜか必ず夜にやってきて、朝になる前に帰っていくという点である。果たして何者なのだろうか…?
ともあれ、この救世主によって自分の時間を取り戻したマーロは、日々の生活を楽しみ、ふたたび周囲の人に心からの笑顔で接することができるようになっていく。
本作は家庭のためすべてを捧げようとするママの物語を、美談として消費する映画ではない。むしろ特定の役割に縛られる様子を恐ろしい光景として表現し、そこから部分的に解放される姿を描いているのだ。
役割をこなすことが、その人にとって「犠牲」になってしまうのならば、そこから脱却することには価値がある。そのためには、不完全な自分を許すことや、可能な限り負担を減らす道は正当化されるべきだろう。そして本作は、〝これしかない〟と思えるラストにたどり着く。
驚くべきは、こんなにもシリアスで社会的な内容を、要所で笑うことができるような、優れた娯楽映画として成立させてしまったことである。それが可能になったのは、やはり、この監督・脚本・主演タッグ3人がそろったからこそだ。
『タリーと私の秘密の時間』(2018)
仕事や子育てなど日々の生活に疲れ果てたマーロのもとに、タリーと名乗る若い女性のベビーシッターが現れる。仕事は完璧だが身元を明かさない彼女の正体とは…?8月17日(金)TOHOシネマズ シャンテほか全国ロードショー。
小野寺 系
Kei Onodera
映画評論家。今回はモントリオールで結婚生活を送る妹の家に滞在して書いています。「カナダでは夫が責任を持って妻の大変さを支える家が多いよ」と夫妻は力強く言っていました。
Twitter: @kmovie Web: k-onodera.net
Illustration: Shohei Morimoto Edit: Satoko Shibahara
GINZA2018年9月号掲載