シティガール未満 vol.2 ーー奥渋のサイゼリヤ

シティガール未満 vol.2 ーー奥渋のサイゼリヤ

上京して6年目、高層ビルも満員電車もいつしか当たり前になった。日々変わりゆく東京の街で感じたことを書き綴るエッセイ。


ミルクアイスのせシナモンフォッカチオ、319円。
サイゼリヤのメニューを指差して「久しぶりにこれ食べようかな」と言うと、大学時代のサークルの後輩も「あ、私もこれにしようと思ってました」と笑った。数年前まで、私たちはよく大学近くのサイゼリヤで、ミルクアイスのせシナモンフォッカチオを食べていたのだった。
あの頃と違うのは、今いるのが当時通ったサイゼリヤではなく、奥渋のサイゼリヤだという点だ。渋谷駅からセンター街を抜けて東急ハンズを過ぎたところにあり、正式には「サイゼリヤ 渋谷東急ハンズ前店」だが、ここでは奥渋のサイゼリヤと呼ばせてほしい。なぜなら今日の私は、奥渋というエリアにこだわりがあるからだ。

事の発端は、 私が最近ハマっているドラマ『デザイナー 渋井直人の休日』による。52歳独身のフリーランスデザイナー渋井直人の、一見オシャレなのに実は自意識過剰でダサい日常を描いたもので、クスッと笑えてどこか哀愁漂う雰囲気に毎週癒されている。その第5話で、渋井がインスタのフォロワーの美女とのデートにチョイスしたのが、奥渋だ。
奥渋といえば、オシャレだけどギラギラしていない落ち着いた街で、まさに渋井のようなオシャレな大人が行くイメージがある。
一方で私は、奥渋には全く縁がない。縁がないから、「オシャレだけどギラギラしていない落ち着いた街」という、曖昧で乏しいイメージしか持っていないのだ。
もちろんわざわざ奥渋に行くようなデート相手もいないが、大学時代の後輩が奥渋に住んでいるのを思い出した。出不精な私は、その時ハマっているものや人物などをきっかけにしないと、出かける機会も友人も減ってしまう。後輩に連絡してみると、「私も普段サイゼリヤしか行かないので、この機会に開拓しましょう」とのことだった。

アップリンク前で待ち合わせをして、「奥渋 KAMIYAMA STREET」の旗が並ぶ通りを歩く。
「なんか入りづらい店が多いんですよね。こういう、ガラス張りの」と後輩が言う。
イタリアンらしき看板を見つけて覗いた店内は、かなり暗い照明で、各テーブルの上に置かれたキャンドルの火が揺れている。人間は火を見ると落ち着くと言うが、これは不安にさせるタイプの火だ。オシャレ度を試されている気がする。奥渋なので覚悟して来たつもりだったが、いざオシャレな店を前にすると緊張してしまう。
後からロケ地を調べてわかったのだが、偶然にもこの店は、第5話で渋井が予約を間違えて入れなかった店“angel”として使われていた。渋井はその後もデート向きのオシャレで落ち着いた店にこだわって探すもどこも満席で入れず、1時間奥渋を彷徨った挙句女性は帰ってしまうという失敗に終わるが、この日はどこもさほど混んでいなかった。

奥渋を一周し、奥渋ではまだ庶民的と思われるビストロに入った。そこでバーニャカウダと鴨のローストを食べているあいだじゅう、私はサイゼリヤのことを考えていた。
そもそも後輩とは大学周辺の安い中華料理店やサイゼリヤでしか会ってこなかったので、慣れないのもあるだろう。やはりオシャレで高めの店にいるのは精神的にも経済的にも落ち着かず、無性にサイゼリヤが恋しくなったのだ。結局2時間ほどで切り上げて、サイゼリヤに向かった。

今までサイゼリヤには100回くらい行っているが、今日ほどサイゼリヤに安心した日はない。座り慣れた固いソファに落ち着く。ミルクアイスのせシナモンフォッカチオはさっきの店のお通し代よりも安い。
私はこんな安心感を、『デザイナー 渋井直人の休日』にも求めているのだと気付いた。つまりそれは、オシャレな人の普段見せない自意識を見たいという欲求だ。

ここで言うオシャレな人とは、ファッションスナップに載っていたり、サロンモデルや被写体をやっていたり、フィルムカメラで写真を撮っていたりするような都会の若者を指している。インスタの投稿は自撮りより他撮りがメインで、加工はほとんどせず、わかりやすいインスタ映えは狙わない。キメ過ぎず、自然体っぽいのに可愛い、かっこいい、オシャレなのが特徴。音楽や映画に詳しかったりもする。 『デザイナー 渋井直人の休日』の登場人物で言えば、池松壮亮演じる「古書店兼カフェ ピータードッグの店主」のようなイメージだ。
とにかく、かっこつけていないように見えるのにかっこいい。私はそのような人たちを羨ましく思うと同時に、自分の外面を見せている割には自意識を見せないことに疑問を覚える。
本当に自然体でこんなにイケているのか?こんなに持ち物や自分の写真をインスタに投稿しているということは、実は自己顕示欲や承認欲求が人一倍強いのではないか?
だから、インスタグラマーやモデルがたまにインスタのストーリーズで容姿のコンプレックスを長文で吐露していたり、なぜか投稿した写真を消しては再投稿するのを繰り返したりしているのを見つけると、嬉しくなってしまう。この人も私と同じように、自意識過剰で自信が無かったりするのかもしれない、と。

渋井直人も同様に、オシャレな人ではある。周りからは「こだわりの人」、「一流デザイナー」と呼ばれ、ファッションやインテリアにもこだわり、休日にはアナログレコードでDJもやるという、絵に描いたようなオシャレライフスタイルを送っている。
しかし渋井は、オシャレなキャリアとライフスタイルの裏にある、ダサくて痛くて恥ずかしい自意識を見せてくれる。
一流、オシャレ、かっこいい、モテるなどと褒められればクールに謙遜しつつ心の中では舞い上がるし、職質されたら自分のことを「オシャレ」「有名人」などと必死で弁明してしまう。すぐに女性が自分に好意を抱いていると勘違いしたり、自分より売れている同期のデザイナーに嫉妬したりもする。インスタ用に手料理の写真を何枚も撮っている間にパスタは延び、推し(欅坂46の渡辺梨加)の写真集を買っているところを担当編集者に目撃されれば、聞かれてもいないのに「資料資料!」と言い訳をする。
渋井は、自然にかっこいいのではなく、基本的にかっこつけている。そんな姿に共感し、安心するのだ。
もちろん渋井直人はフィクションだし、おじさんだ。でも、表参道で見かけるオシャレなあの人も実はスナップされたくて何往復もしていたり、憧れのインスタグラマーもいいねの数が気になって仕方がなかったりするのかもしれない、と思えるところに救いがある。

わかっている。こんなことを気にしている自分が一番ダサい。終電に揺られながら思った。
でもいつか、サイゼリヤ以外の奥渋にもリベンジしたい。まずは、後輩に教えてもらったタルト専門店でテイクアウトして代々木公園で食べるコースから。

絶対に終電を逃さない女

1995年生まれ、都内一人暮らし。ひょんなことから新卒でフリーライターになってしまう。Webを中心にコラム、エッセイ、取材記事などを書いている。

Twitter: @YPFiGtH

note: https://note.mu/syudengirl

Illustration: Masami Ushikubo

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