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シティガール未満 vol.3 ーー池袋ロサ会館

シティガール未満 vol.3 ーー池袋ロサ会館

上京して6年目、高層ビルも満員電車もいつしか当たり前になった。日々変わりゆく東京の街で感じたことを書き綴るエッセイ。前回はこちら


ハローワークに通い始めて、何度目かの面談日。起床した時点で昼過ぎ、厳密に言えばベッドから起き上がっていないので起床ではない。慢性的な浅い睡眠から覚醒し、一度も身体を起こすことなく、行くかキャンセルするかの逡巡に30分を費やした。

初めてハローワークに行った時、睡眠障害により生活リズムが不安定なため一般的な勤務時間で働けないと判断され、門前払いされた。平日毎朝決まった時間に出勤することがそんなに大事なのか、という疑問を抱きつつも、騙し騙しハローワークに通っていたのは、安定した収入が欲しかったからだ。
就職するために、睡眠障害を治そうと試行錯誤して、少し改善しては期待し、また悪化して絶望することを繰り返し、あの職員による一般的な定時で働けないという判断が正しかったという確信が、日に日に強まっていた。眠れないことよりも、眠れないことを気にして生きることが辛かった。睡眠に振り回されることにも、いい加減疲れていた。

そして気が付いたら映画館にいた。と書きたいところだが、私はそこまで衝動的ではない。明確な意図はなかったが、「ハローワークをサボって映画を見に行く」という爽快そうな行動をすれば、潔く就職を諦めて新たなスタートを迎えられそうな気がしたのかもしれない。
『カメラを止めるな!』を選んだのも、あれだけヒットしたのだからハズレではないだろうというのと、爽快そうだからという理由だった。
もうどこも上映していないかと思いきや、調べてみると池袋のシネマロサだけが上映していた。

最寄り駅に向かう途中で、ハローワークにキャンセルの電話を入れた。電話に出た担当者は「この前応募された会社は担当の方が忙しいようで、なかなか連絡が来なくて」と回りくどい言い方をするが、その会社の面接から1ヶ月も経っている。いわゆるサイレントお祈りというやつだろう。
日を改めての面談を提案されたが、まだ予定がわからないなどと適当な理由をつけて電話を切った。

シネマロサが入居しているロサ会館は、池袋駅近くのロマンス通り沿いにある。「ロマンス通り」と言いながら、大衆居酒屋やネットカフェ、パチンコ、カラオケなどが立ち並ぶ、ロマンスの欠片も感じられない雑多な繁華街だ。
その中でロサ会館だけがロマンス通りという名前にふさわしく、ピンクの壁に薔薇の絵が描かれた、レトロで可愛らしい外観をしている。

先にチケットを買って、ロサ会館内のゲームセンターに入った。ここでは、シネマロサの半券を提示するとメダル20枚進呈もしくはクレーンゲーム1回無料というキャンペーンがある。普段ゲームセンターで遊ぶことはないが、上映時間までの中途半端な時間を潰すにはちょうどいい。

平日昼下がりのゲームセンター。
主な客層は40〜60代の男性で、若者はほとんどいない。その多くが1人で黙々とゲームをしているが、よく見るとただ座っているだけの人も少なくない。煙草を吸いながら競馬ゲームをしている人、格ゲーの椅子に座ってスマホを見ている人、微動だにせずぼーっとメダルゲームをしている人。ジャラジャラと大量のメダルが落ちる音と強い煙草の匂いが、それ以外の音と匂い全てをかき消し、そこにいる人々を均質に見せている。まるで何も生産しない工場のような空間にも思えた。
ゲームセンターといえばもっと若者が多くて活気のあるイメージだったが、平日の昼下がりならこんなものなのだろうか。

競馬ゲームの小さな馬の模型が、一斉にレールの上を走り出す。それを虚ろな目で眺める老人の吐いた煙草の煙が、換気扇に吸い込まれていく。
子供の頃よく遊んだゲームセンターを思い出す。家族でイオンに行くと、親が買い物をしているあいだの暇潰しに、弟とゲームセンターの床に落ちているメダルを拾って遊んでいた。
思えばその頃の私は、大学に行って就職して定年まで働くという、いわゆるレールに乗った人生なんてつまらないと思っていた。
それが今となっては、レールから外れることがたまらなく不安だ。もちろんレールに乗った人生はつまらないという価値観自体も浅はかだったと思うが、自立して生活していかなければならないことを考えると、やはり安定が欲しい。

クレーンゲームコーナーに移動すると、若い女性と中年男性が目に入った。終始うつむいたまま小さくうなずくだけの女性の顔を覗き込みながら、貼り付いたような笑顔の男性が話しかけ続けている。会話は全く聞こえなかったが、彼らのひどく緊張した面持ちだけで、彼らが親子でも親戚でもなく、初対面かそれに近いことを推測するには十分だった。
パンパンに膨れ上がったリュックを背負った男性が、クレーンゲーム機に100円玉を入れる。硬い表情を崩さない女性からは緊張も読み取れるが、気怠そうにボタンを押す姿は、乗り気でないようにも見えた。
右側のアームがぬいぐるみの頭を掠め、男性はわざとらしく「惜しい!」というリアクションを取る。少し間を置いて、男性がロサ会館の出口を指差し、小さく頷き合う。
時計を見ると、いつのまにか上映時間が迫っていた。

映画が終わったあとゲームセンターに寄ってみても、さほど変わらない光景だった。煙草を吸いながら競馬ゲームをやっていた老人は同じ椅子に座っていて、馬の模型はレールを走り続けている。
人にはそれぞれ事情がある。平日の昼からゲームセンターに来たくて来ているとは限らないし、その人の人生の選択が、第一希望とは限らない。
私の人生は消去法だ。新卒で就職できなかったから、フリーライターをやっている。諦め切れずに平行して就職活動も続けてきたが、私にとっては、レールから外れる人生よりも、外れない人生の方が難しいのかもしれない。

半券を提示して、あの男女がやっていたのと同じクレーンゲーム機を指定した。彼女が取れなかったぬいぐるみに狙いを定める。予想は付いていたが、全く落ちる気配は無かった。
今日は眠れないだろうなと思った。不眠症も3年目となると、ベッドに入るまでもなくわかるのだ。外出して疲れた日はだいたい朝方まで眠れない。
でももういい。ハローワークに行くのもやめる。
私はこうしてまたひとつ、人生の選択肢を消去する。
それでもこれが私の人生ならば、できることをやるしかない。これからまた、生活できる働き方と、自分を愛せる生き方を、模索していくのだ。

絶対に終電を逃さない女

1995年生まれ、都内一人暮らし。ひょんなことから新卒でフリーライターになってしまう。Webを中心にコラム、エッセイ、取材記事などを書いている。

Twitter: @YPFiGtH

note: https://note.mu/syudengirl

Illustration: Masami Ushikubo

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