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シティガール未満 vol.6──歌舞伎町

シティガール未満 vol.6──歌舞伎町

上京して6年目、 高層ビルも満員電車もいつしか当たり前になった。 日々変わりゆく東京の街で感じたことを書き綴るエッセイ。前回はこちら


若い女性なら誰でもいい。
この言葉は私の頭にこびりつき、 1年経った今でもふとした拍子に甦っては私を殴っている。その時仕事をしていた編集者さんとの打ち合わせでのことだった。

「この前、 知り合いの40歳くらいのおじさんと2人で飲んだんですけど」
「へえ。どういう経緯で?」
「飲みに行きませんかって連絡が来て、1回しか会ったことなかったんですけど、まあ趣味も合いそうだったし、行ってみたんです。で、 なんで誘ってくれたんですかって聞いたら、『誰にも相手にされないおっさんだから、 面白そうな若い女性と話したいんだと思う』って言われました」
「それ絶対下心あったでしょ」
「え、そうですか?でも、普通に映画とか仕事の話しただけで解散しましたよ」
「いや、別に性的な感じとかはなくても、若い女性と話したいってそういうことじゃん。若い女性なら誰でもいいんだろうね」

最初はピンと来なかった。確かに私は生物学上も性自認も女だし20代前半だから、若い女性であることは間違いない。しかし誰でもいいから若い女性と飲みたがる中年男性が求めているのは、愛想良く話を聞いてくれて積極的に褒めてくれるような女性だというイメージがあった。私はそのような女性像とは真逆といっていい。愛想も悪く、 お世辞も言わない、ショートヘアで派手な柄シャツを着ているような私は、外見的にも内面的にもいわゆる「女性らしさ」からかけ離れているので、そもそもそういう人が寄りつかないと思っていた。

「えー、そうですかね?」
「そうでしょ。それ記事にしようよ」
「そんなに面白いですか?」

この時点でもまだ「若い女性」としての自覚は全くなかったが、もし編集者さんの言う通りだったら悔しいと思った。 そういった社会の風潮に迎合しているような女性に対してどこか「私はそういう女とは違う」という自意識もあったのだろう。その証拠に「一応奢ってくれたでしょ?」と聞かれた時、本当は千円払ったのに、「そういう女」 として扱われた上に奢ってすらもらえない女だと思われたくなくて 咄嗟に「そうですね」と答えてしまったのだった。

打ち合わせが終わった帰り道であの日を思い出す。真夏の夜、歌舞伎町の端に位置する大衆居酒屋「めだか」。おじさんはビール、下戸の私はジンジャーエール。見た感じはごく普通のおじさんだった。氷河期世代。独身。非正規雇用。もう何者にもなれないという現実を未だに受け入れられないと嘆く。手持ち無沙汰になった私はジョッキに残った氷が溶けて限りなく水に近づいたジンジャーエールを飲む。映画や音楽の話もしたが、3時間のうち半分くらいはおじさんの自分語りや人生に対する不満を聞いている時間だった気がする。
そこでようやく思い出した。そのなかに、決定的な一言があったことを。
若い頃の仕事の話をしている時だった。彼は「あの映画のプロデューサー、俺なんだ」と、 ある程度邦画を観ている人なら知っているであろう作品名を口にした。
思わず「すごいですね」と言うと、彼は「って、10年以上前の唯一の自慢話を未だにしてるっていう」 と自虐してから「でもこれキャバクラで話してもみんな知らないって言うんだよね」と軽くため息を吐いた。
編集者さんの言っていたことが、やっと腑に落ちた。前提となる映画の知識を共有している若い女性なら誰でもよかった のだろう。とにかく若い女性に褒められたり慰められたりしたかったのかもしれない。あの時何気なく言った「すごいですね」も、おじさんの思う壷にはまってしまっていたと思うと情けない。
しかも場所は大衆居酒屋だから、同じ歌舞伎町のキャバクラよりもずっと安上がりというわけだ。
おじさん自身も無自覚だったかもしれないが、そもそも面白そうな「人」ではなく「若い女性」 と限定している時点で、私は対等な人ではなく若い女性としての役割を求められていたと言 える。 それなのにおじさんの話を聞いているあいだ私の頭の中を渦巻いて いたのは、自分も将来こうなってしまったらどうしようという不安だけだった。

それ以降、社会の中での若い女性としての自分をより意識するようになった。おじさんには「 俺でもなんとか働いてこの歳まで生きてるんだから大丈夫だよ」 と励まされたが、そういえば他の知り合いのおじさん2人にも同じようなことを言われたことがあった。思い返してみれば、そうだ。聞いてもいないのに自分語りをしてくるのも、 聞いてもいないのにカルチャーについて教えてくれるのも、聞いてもいないのに人生のアドバイスをしてくれるのも、 決まって年上の男性だった。 同じようなことをしてくる女性には1人も出会ったことがない。
そうなると勘繰ってしまう。私が若い女じゃなくても、この人は友達でいてくれるのか。この人はいろいろ教えてくれるのか。この人は仕事をくれるのか。私は私である前に、若い女なのか。

思えば子供の頃から、女性らしくあろうとしたことがほとんどない。父より背が高いのに当然のようにヒールを履いていた母に「女の子らしくしなさい」「女の子なんだから」などと一切言われずに育った私は、女としてどうあるかよりも、1人の人間としてどうありたいかを考えて生きてきた。女である前に、私は私だった。
女性らしく、女性だから、女性ならでは、などという言葉を聞くたび、性別で一括りにされることに違和感と嫌悪感を覚えた。女性らしさを求められそうな対人関係は避けてきた。
そんな私も所詮、男性と対等な1人の人間としてではなく男性を喜ばせるための「若い女」として扱われ、 しかもそれを何の疑問も抱かずに受け入れていたのだ。今までこの事実に気付かないまま生きてきたことを恥ずかしく思った。
もちろんこの時のような扱いを受けることが頻繁にあるわけではないが、いくらでも代替可能な若い女として誰かに求められるのは虚しい。だからこれからも私の価値観や生き方は変わらない。ただこの社会にいる限り、今の私は「若い女」 という枠から完全に解放されることはないのだろうと痛感させられた出来事だった。
ちなみにおじさんとはそれ以来会っていない。

絶対に終電を逃さない女

1995年生まれ、都内一人暮らし。ひょんなことから新卒でフリーライターになってしまう。Webを中心にコラム、エッセイ、取材記事などを書いている。
Twitter: @YPFiGtH
note: https://note.mu/syudengirl

Illustration: Masami Ushikubo

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