本とお酒が大好きなレイオス、35歳(♂)。90年代に流行った言葉、事象をモチーフにした連載です。
〜1990 僕はその頃10代で 〜「帰ってきたウルトラマリン」
とある道ばたで、不意に胸を掻きむしられるような懐かしい香りにふと足が止まる。いつか好きだった誰かの香り。周囲を見回してみるけれど、その香りの主を見つけることはできない。記憶を辿ってみたところで、それが誰だったのかも思い出せない。一瞬の感傷に浸り、また歩き出す。
そういうことって滅多にはないけれど、何年かに1度あったりするもんである。そして、その夜、酒を飲みながらあの香水を使っていたのは、一体誰だったっけ?とまた思い出に耽る。もうとっくに甘酸っぱさなんて失われた過去の恋愛をしゃぶりながら、酒を飲む。どうしようもない反芻動物、それが30を超えた男のくだらなくも、憎めない性質である。
僕が高校生の頃初めて買った香水は、ジバンシイのウルトラマリン。たとえば、あの当時付き合っていた彼女は、ウルトラマリンの香りを嗅いで「なんか昔この香水を付けている男がいたっけなぁ」とか思ったりしたのかなぁ。それともあの当時、同級生のほとんどがあの匂いを纏っていたから、ごっちゃになっていたのだろうか。キムタクが使っているらしいという、まことしやかな噂に釣られたのもあったろうけど、あの匂いもあのブルーも、関西の片田舎で学ランを着ていた僕にとっては、たまらなくシティ臭ムンムンに思えた。まあ、臭くなりすぎた上履きをごまかすために使っちゃってた僕には、似合ってたわけもないんだけど。
あの頃はとにかく、少しでも自分の中の子供っぽさを消したくて必死だった。そのくせ乗っていたのは、ママチャリのハンドルを無理矢理曲げた、鬼ハン仕様という矛盾。
そういえば、最初、加減がわからずにどう考えても香水過多だった僕に、香水の付け方を教えてくれたのは、彼女だった。もしも、あのまま誰も教えてくれないままだったら「ああ、あのコースイ・カタオね」と陰で変なあだ名を付けられていたことだろう。どうもありがとう。
しかし、思い出すと言われたとしても、それはそれで、複雑なんである。もしも、人混みの中で隣を歩いている彼女が、突然立ち止まって、鼻から息を吸い込み、誰かを探し求めるような素振りを見せようものなら、内心穏やかではいられない。
っていうか、だからか!?だから女の人は、男にそういう話をしないのか。男のうざったい猜疑心を知っているから、黙っているのかもしれない。女の人の優しい秘密主義。だけど、もしも、昔の男と香水がかぶっていたら、突然男に噛み付いて「なんかぁ、私ぃ、昔からこの匂い嗅ぐとぉ、凶暴になっちゃうのよね、先祖が狩猟民族だったからかな、ごめんね」くらいのことはやってほしい。そしたら男はそっとトイレに流すだろう。その男がドMだったら、逆効果だけど。
もうだったら、香水なんて付けなければいいじゃないか、と言われるかもしれないが、そうもいかんのである。酒も煙草もやるし、冬場は2、3日風呂に入らないこともある我が身としては、むしろ逆に、香水の本場感さえ漂ってくる始末。
ただなんだかんだ言って、今でもどうしても忘れられないのは、香水なんかじゃなくて、眠っている小さなあの子を抱きしめながら嗅いだ、甘酸っぱい頭皮の匂いだったりする。
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レイオス
1982年生まれ。さすらいのシングルファザー。