

門脇麦と岨手由貴子が、人生の指針にした6冊。
自分らしい生き方を見つけるには?
同じ東京の空の下、異なる境遇を生きる二人の女性を描いた映画『あのこは貴族』。上流家庭育ちの華子と地方出身の美紀はふとしたきっかけで出会い、心を通わせ、それぞれに恋愛や結婚だけではない、人生を切り拓いていきます。爽やかな後味のシスターフッドムービーを手掛けた岨手由貴子監督と主演の門脇麦さんに、「自分らしい生き方を見つけるには?」というテーマでおすすめの本を教えていただきました。

- ——東京の上流家庭に生まれ育った箱入り娘の華子(門脇麦)と、猛勉強して入学した名門大学を家庭の事情で中退し、自力で都会を生き抜く地方出身の美紀(水原希子)。監督は山内マリコさんによる同名の原作小説を映画化するにあたり、二人のキャラクターをそれぞれどのように捉えていましたか?
- 岨手由貴子(以下、岨手) 美紀に関しては、私も上京組でしたし、原作を読んだ当初から共感できました。地方から出てきて東京で生きていると、孤独を感じることも多いし、居場所を得るのすら難しい。都会を自力でサバイブしているだけで、立派だなと思うんです。
対して華子は、生まれ育ちが異なるので、リサーチして脚本に起こすのも難しかった。私からすると、大人になっても親の言うことを聞いているのが不思議で。でも徐々に、いつまでも親の庇護の元で重圧を感じ続けるというのも、それはそれで苦しいものなんだなと、気持ちがわかるようになりました。
- 門脇麦(以下、門脇) 私は東京出身で、華子のような育ちの方は幼い頃から身近にいたから、環境はわりとリアルに想像できるというか。華子は家族からしっかりと守られながら、「怪我をしないように」「危なくないように」と敷かれたレールの上を歩いてきたので、きっと失敗したことがほとんどない。そのまま大人になってしまい、今更つまずくのがとても怖いんだろうなと思いました。
- ——華子は20代後半で、結婚を考えていた恋人から突然ふられたのをきっかけに、家族から植え付けられた「結婚=幸せ」という価値観に振り回され、焦りを募らせますね。
- 門脇 華子はよくもわるくもピュア。20代後半だったら普通、自分の経験を生かして対処できそうな局面も、彼女には難しかったり。この映画は、そんな華子の成長物語でもあると思うんです。お見合いをして、いろんな人に出会って。あれが華子の本当の意味での、人生のスタート地点だったかもしれませんよね。
- ——お二人の間では、役柄についてどのようなお話をしましたか?
- 岨手 最低限、「私たちが描きたいのは漫画っぽいお金持ちではなく、代々家柄や伝統が受け継がれてきた上流家庭の人たちだ」という認識の共有はしました。でも役柄については、そんなに話さなかったよね。
- 門脇 そうですよね。一番ディスカッションしたのは、衣装選びの時かな。お金持ちといえばハイブランドのイメージがありますが、華子の場合は「おばあちゃまからのお下がりかな?」と思うような、今風ではないけどきちんと見えるアイテムが中心でした。チェック柄のショールを羽織るとか。
- 岨手 基本はプレッピースタイルでしたね。特に衣装選びが難しかったのは、華子と美紀がホテルのラウンジで初めて対面するシーンです。当初は白い服を想定していたんですが、門脇さんが「白だと、勝負しにきた感じに見えそう」と意見をくれて。
- 門脇 あのシーンには黒いタートルネックに控えめなデザインのネックレスという、具体的なイメージが浮かんだんです。美紀に一目で「この子には敵わない」と思わせるシーンにする必要があって、そのためには一見すごく普通に見えるほうがいいんじゃないかと。いかにも、自分で好きな服を選んでいない感じを出したかったんですよね。
華子は多分、自分の軸というか、大切にしてきたものがなかった子で。この物語を通して、大切にしたいものを見つけていったのかなと思います。

- ——『あのこは貴族』の登場人物たちのように、自分らしい生き方を見つけたいともがいている時、お二人ならどうしますか?
- 門脇 難しいですね。そもそも「自分らしい」って何だろうとも思いますし。
- 岨手 私は、門脇さんのような俳優が自分らしさをどう考えているか、ぜひ知りたいです。自分自身でいる時間と、役を演じている、いわば自分じゃない時間とが両方あるわけじゃないですか。
- 門脇 人によると思うんですけど、私の場合は役を演じていても、自分じゃない時間は全くないんです。怒りっぽい役柄なら普段より沸点を下げようとか、感情のダイヤルを調節して、素の自分のまま、ガワを被って演じている感覚です。
- ——では華子のように、自分らしさについて悩んだことはあまりないほうですか?
- 門脇 もちろんあります。私自身もここ2〜3年で、やっと楽に生きられるようになってきた気がします。人生の早い段階で自分らしさを知るためには、子どもの頃の経験がやはり重要なんでしょうね。もし友だちとうわべだけの会話をするのが当たり前で生きてきたとしたら、本気のコミュニケーションをとる練習がまだできていないわけで。急に「自分を解放して、本音で話してください」と言われても難しいですもんね。
きっとそこは華子みたいに、経験と出会いを繰り返すことでしかクリアできないんじゃないかと思います。「自分らしく生きたい」という気持ちがある限り、それを取っ払ってくれるような出来事や出会いが、人生のどこかで起きるんじゃないかな。それは10代の時かもしれないし、60代の時かもしれない。
- ——自分を取り繕わずにいたいと願えば、必ず変わるチャンスが訪れるはずということですね。
- 門脇 でも「本当はもっと自分らしく生きたいのに」という気持ちを経験している方のほうが、人の痛みがわかると思うし、それはそれで素敵なことだとも思います。
- ——監督はいかがでしょう。自分らしくいるために、意識していることはありますか?
- 岨手 私は結婚しているんですが、家族や親戚に対して、性別や年齢を理由に“役割”を課さないようにしています。家父長制のような考え方が嫌いなんです。逆に私からも、役割を課されたくない雰囲気をちょいちょい醸し出していて……、夫の両親にも「由貴子ちゃんは、こういう子だから」と諦めてもらっています(笑)。6歳の息子にも、たとえば男の子だからとサッカーや野球を、本人の意に反して押し付けるようなことはしたくなくて。彼も自立した一人の人間だと考えていますし、本人にも時々そう伝えています。
- ——ご自身だけじゃなく周りの人に対しても、それぞれの“自分らしさ”を尊重するように心掛けているんですね。
- 門脇 そういうお子さんの育て方、いいですね。
- 岨手 あんまり伝え過ぎると、「お母さん、もういいよ!」って言われちゃうけど(笑)。


- ——お二人には、「自分らしい生き方を見つけるには?」というテーマで選書していただきました。岨手監督が選んだ3冊は漫画から海外文学までバラエティ豊かですね。1冊目は4コマ漫画『臨死!! 江古田ちゃん』(講談社/¥600[現在は電子版のみ販売。全8巻])です。家ではなぜか全裸を貫く24歳の主人公・江古田ちゃんの、東京でたくましく生きる毎日が、赤裸々な本音たっぷりで描かれています。
- 岨手 『あのこは貴族』の脚本を書く上で参考にした本の中から、テーマに合うものを選びました。江古田ちゃんは、美紀のイメージソースの一つです。地方から上京してきて、派遣社員をしながらスナックのホステスやヌードモデルのバイトをしたり、意中の男性から都合のいい女扱いされてしまったり。彼女が東京の荒波に揉まれる日々が描かれていき、最終回でようやく腐れ縁の男性に別れを告げるんです。その後ただ、女友だちと喋るだけというラストが感動的で。東京で自活していくだけでも大変なのに、別れるべき人と別れられる江古田ちゃんに、「なんて立派なんだ!」と泣けました。
- ——一方、2冊目の『存在の耐えられない軽さ』(河出書房新社/西永良成訳/¥2,800)は現代ヨーロッパを代表する作家ミラン・クンデラによる、1968年のチェコスロヴァキアで起きたプラハの春を題材に、4人の男女の恋愛模様を描いた名作文学です。
- 岨手 人間が環境の創造物であることが、哲学的に書かれているんです。たとえば、境遇が異なる二人が恋人同士になり、ある一言の捉え方が全く違ったことから、決定的に離別してしまったりします。でも現実には、一緒に育った兄弟同士がまったく同じ性格になるとは限らないし、払拭できない絶対的な個性もたしかに存在しますよね。その謎にこそ、これまでにもたくさんの物語が人間を描いてきた中で、まだ描きしろがあると感じています。
- ——最後の『トコロテンの夏』(角川文庫/¥460[現在は電子版のみ販売])の作者である沢野ひとしさんは、作家・椎名誠さんの本の挿絵で知られるイラストレーター。彼の幼少期から、絵の仕事に就くまでの記憶が綴られたエッセイですね。
- 岨手 沢野さんのエッセイって、何かと何かの事象が理屈では無関係なのに、感覚的に繋がっているような表現が多いんです。たとえば恋人と別れたのに猛暑の中、電車を待つ情景だけを描写していたり、過去の愛人を回想するのに、子どもの服の色について交わした会話だけで関係性を表現していたり。意味を持たないような思い出が、なぜか心に焼きついて離れない感じって、わかる気がするんですよね。
- 門脇 すごく岨手さんの映画っぽいです。
- 岨手 そうだよね。『あのこは貴族』にも、物語の本筋には関係ないけど重要なシーンがいくつかあって、それは沢野さんに影響を受けた感覚だと思います。
- 門脇 面白い!岨手作品の秘密が解き明かされた感じがします。



- ——門脇さんにも、児童書や名作ノンフィクションなど、3冊を選んでいただきました。
- 門脇 共通しているのは、子どもの頃に読んだということです。本でも映画でも、ファーストタッチの作品が強烈な体験として、自分の中に残っていて。血となり肉となっているというか、大人になってからいろんな作品を読んだり観たりしてもなかなか、当時の衝撃を塗り替えられないんです。
- ——1冊目の『水は答えを知っている その結晶にこめられたメッセージ』(サンマーク文庫/¥705)は水を凍らせた結晶が、聞かせた言葉や音、見せた写真によってどう変化するかを、写真と言葉で紹介する本ですね。
- 門脇 科学的な根拠はどうあれ、この本から言葉の大切さを教わりました。水に「ムカつく」と言い続けると氷の結晶の形が汚くなり、「ありがとう」と言い続けると美しくなる。だとすれば人間も大半が水でできているから、どう話すかで顔つきから何から変わってくるはず。この本の刷り込みで、プライベートで雑な言葉を使ってしまうたびに「あ、今私の中で汚い血液が生まれた!」と思ってしまうんです(笑)。
- ——続いて『サンタクロースっているんでしょうか』(偕成社/中村妙子訳/¥800)は、1897年にアメリカの新聞『ニューヨーク・サン』紙に載った、名社説を訳した児童書です。新聞社宛てに届いた8歳の女の子からの質問に、記者が機知に富んだ答えを返しています。
- 門脇 サンタクロースは子どもの幸せを願う、親の心の結晶だと教えてくれる本で。小学6年生の時に親から「サンタはいません。実はママたちでした」と打ち明けられるのと同時に、この本を渡されたんです。
- 岨手 事実をただ伝えるだけではなく、同時に本を手渡してくれたところに、ご両親の愛を感じるね。
- 門脇 はい。それまで12年間も、毎年プレゼントを準備してくれたことに胸がいっぱいになって、おいおい泣きました。
この本で問われているのは、「あなたは何を信じて生きていくのか」ということだと思います。私は妖精とか、目に見えないものの存在を信じているんですが、なぜかというとそのほうが、人生が豊かになるからで。自分にもいつか子どもが生まれたら渡したい、大事な1冊です。
- ——サンタを信じるかどうか、読者一人ひとりに委ねられているところが素敵ですよね。3冊目の『夜と霧 新版』(みずず書房/池田香代子訳/¥1,500)はユダヤ人精神分析学者ヴィクトール・E・フランクルが、ナチスの強制収容所での経験を綴ったノンフィクション。人間の気高さと恐ろしさの両面を伝える、世界的ベストセラーですね。
- 門脇 人生のバイブルです。小学生で初めて読んで以来、深く心に残っています。戦争はよくないと実感しましたし、今でもしょっちゅうこの本のことを思い出しては、そのたびに日頃の悩みをちっぽけに感じます。頻繁に読み返すわけではないですが、実家でも一人暮らしの家でも本棚に置いてありますね。
- 岨手 昔から、本当に読書が好きだったんだね。
- 門脇 学生時代は授業中こっそり、机の下に本を隠して読んでいたほどでした(笑)。やっぱりいろんな言葉や価値観に出会えるのが好きなんだと思います。

INFORMATION
『あのこは貴族』
監督・脚本:岨手由貴子
原作:山内マリコ『あのこは貴族』(集英社文庫刊)
出演:門脇麦、水原希子、高良健吾、石橋静河、山下リオ、銀粉蝶
配給:東京テアトル/バンダイナムコアーツ
2021年2月26日(金)全国公開
©山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会
anokohakizoku-movie.com
門脇麦
Mugi Kadowaki
1992年生まれ、東京都出身。『愛の渦』(14)のヒロイン役で注目を集め、第88回キネマ旬報ベスト・テン新人女優賞など数々の新人賞を受賞。その後、映画、ドラマ、舞台で幅広く活躍。『太陽』(16)で神木隆之介とともに主演を務め、『二重生活』(16)では初の単独主演を果たす。その他出演作に『こどもつかい』、『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(ともに17)、『ここは退屈迎えに来て』(18)、『チワワちゃん』(19)など。近年は『止められるか、俺たちを』(18)で第61回ブルーリボン賞主演女優賞を受賞。また『さよならくちびる』(19)で第41回ヨコハマ映画祭主演女優賞を受賞。2020年はNHK大河ドラマ『麒麟がくる』にてヒロイン・駒役を務めた。2021年は主演舞台『パンドラの鐘』が4月14日~5月4日、東京芸術劇場シアターイーストで上演予定。
岨手由貴子
Yukiko Sode
1983年生まれ、長野県出身。大学在学中、篠原哲雄監督による指導の元で製作した短編『コスプレイヤー』が第8回水戸短編映像祭、ぴあフィルムフェスティバル2005に入選。初の長編『マイムマイム』(08)で、ぴあフィルムフェスティバル2008で準グランプリ、エンタテインメント賞を受賞。第27回バンクーバー国際映画祭、第5回香港アジア映画祭など、国内外の映画祭で上映される。2009年、文化庁委託事業若手映画作家育成プロジェクト(ndjc)に選出され、初の35mmフィルム作品『アンダーウェア・アフェア』を製作。2015年、『グッド・ストライプス』で劇場用長編映画デビュー。同作で新藤兼人賞金賞などを受賞。本作が劇場用長編2作目となる。
Photo: Ayumi Yamamoto
Stylist: Naomi Shimizu
Hair&Makeup: Naoki Ishikawa
Text: Yoko Hasada
Edit: Milli Kawaguchi
門脇麦:ドレス¥95,000(blamink TEL:03-5774-9899)
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