

池松壮亮と蒼井優の心に響くバイブル5冊。
言葉がわたしたちのヒーローになるとき
1990年から94年まで、漫画家・新井英樹が漫画誌『モーニング』で連載していた『宮本から君へ』。一生懸命になることがダサいとされた90年代当時、暑苦しすぎるほど一生懸命な文具メーカー「マルキタ」の新人社員・宮本浩の熱血ぶりは、読者から猛烈なバッシングを受けたそう。それから約30年が経ち、私たちは宮本の生きざまに、その不器用なヒーローぶりにすっかり魅了されています。真利子哲也監督によって映像化されたTVドラマ版(18)のスタッフ、キャストが再集結した映画版『宮本から君へ』では、原作の後半にあたる、宮本とヒロイン・中野靖子に降りかかる愛の試練が描かれます。ものすごい熱量をもって役を生き切った池松壮亮さんと蒼井優さんが、ヒーローという存在について、互いの人生のバイブル本について語ってくれました。

- ——池松さんは今回の作品で演じた宮本のことを「僕にとってどの歴史上人物よりもヒーロー」だと語ってらっしゃいましたが、彼のどんな部分に惹かれたんでしょうか?
- 池松壮亮(以下、池松) 僕は、宮本よりももっと社会に迎合して生きてきたし、もっと自分のその時その時の感情を大多数に寄せてきたし、ときには「自分の中の正論」に対して蓋をしてきたし。ある意味、社会で生きるための処世術のようなものをちゃんと身につけてやってきていて。でも一方で宮本は、これだけ自分の思った正論を通すために周りを蹴散らして、あるいは自分に牙を向けるじゃないですか。他人にも噛みつきますけど、やっぱり一番噛みついているのが、一貫して自分なんですよ。それはもうどうしたって、ここまで格好いい人に出会ったことはないと感じてしまいますよね。
- ——宮本と恋する靖子を演じた蒼井さんは、宮本のことをヒーローだと思いますか?
- 蒼井優(以下、蒼井) 少なくとも靖子にとってですけど、プロポーズされた瞬間は、100%ヒーローになったかな。けど、なんだろう?そのときに靖子が求めたヒーロー像にハマったというだけで、もうちょっと彼女の心が違っていたら、彼をヒーローと思うかはわからないですよね。「ちょっと、落ち着いて考えよう」となっていたかもしれない。
- ヒーロー像って、わりと移りゆくものなのかなぁと思うんです。時代とかだけじゃなく、そのときの自分のホルモンバランスとかの影響もあるんだろうし。言ってしまえば、自分にとってそのとき都合のいい筋の通し方をしている人がヒーローに見えたりするのかなぁと。つまり、今自分がいる実際のポジションより、自分をよくしてくれる、よいものだと思わせてくれる人。自分の生き方を肯定してくれる存在。だから、ヒーローは架空でいいんだよな。
- ——現実にいたことはなかったと?
- 蒼井 絶対的に一生憧れられるヒーローって、想像したことがないかも。それに、「この人はヒーローだな」と思ったこともあまりないですね。こないだ、20歳の頃にヒーロー的な存在として憧れていた登場人物を演じたんです。そこから10年経っていたから、その登場人物よりも、彼女と対立する側の気持ちの方がわかるようになっちゃってました。だから、やっぱり求めることはその時々で違うなという実感がありますね。私、小学校のときに、「人の長所があるとすればそれは短所でもあり、短所があればそれは長所でもある」と習ったんですけど。
- 池松 すごくいい小学校ですね。
- 蒼井 小学3年生くらいのときかな。全校集会で担任の先生が一生懸命考えてきて伝えてくれた言葉だと思うんですが、それはすごく覚えていて。
- 池松 正しい。それは本当に正しい。
- 蒼井 そういうこともあって、宮本がヒーローに見えるときもあったし、厚かましい人に見えるときもあったかな(笑)。でも、一瞬は確かにヒーローでした。
- 池松 さっき蒼井さんがいいことを言っていたけど、確かにヒーローは実存しないのかもしれない。僕にとって、実在のヒーローは三人いるんです。一人目は、死んだおじいちゃん。生きていたらちょっと違ったかもしれないけど、僕が14歳のときに亡くなっていることもあって、永遠のヒーローですね。あと二人は、姪っ子です。純粋だし、すごいんですよ、本当に何も恐れるものがなくて。姪っ子に限らず子どもたちはみんなそうですよね。僕はいつだって、未来の世代のほうが偉いと思っているので。
- 蒼井 どんなおじいちゃんだったの?
- 池松 僕はおじいちゃん子だったんですけど、わりと駄目なおじいちゃんだったんです。人間的に駄目という意味じゃなくて、世の中の道徳とかがあまり関係ない人で。でも、社会の誰かが作ったモラルには反していたかもしれないけれど、自分の心のモラルはちゃんと持っている人だったんですよね。だから、今の自分があるのは、おじいちゃんの影響が少なからずあるような気がします。

- ——宮本はままならないことや納得できないことの一つ一つに対して、ある種わがままにぶつかっていきます。「そうしたっていいんだよ」と、作品は私たちに語りかけているように感じました。お二人は社会へのままならなさを感じたら、どう自分の気持ちとの折り合いをつけていますか?
- 池松 そういうときって結局ままならないですけどね。ただ僕は会社員でもないし、普段スーツを着てないし、基本的にわがままにはやってはいる方なんでしょうけど……。いったん、蒼井さんにパスします(笑)。
- 蒼井 先輩から教えてもらった言葉で、こう考えたら楽になるなと思ったのが「言わなきゃわからないやつには言ってもわからない」というもので。それを言われたときに、なるほどなって。
- 池松 確かに。
- 蒼井 そういう状況のときは、相手にとって自分もそう見えているんだろうし。私はもともと感情がダダ漏れなタイプなんですが、自分がすごく怒っていたり、イライラしてるときはその状況をどうにもできない自分に腹が立って、「だったら自分がこの状況を動かせる人になりたい」と思うようにはなったかな。若い頃は、相手に牙が向いていた気がするけど、今は自分の無力さ故と思うようになりましたね。それを認めたくないときには、「こんなに睨める?」っていうくらい相手のことをすっごく睨んだりもしていましたけど(笑)。
- たぶん、私は本当の根の部分が楽観的。その手前は繊細だったりするんですけど、芯はポジティブだから、そこまでいくと、「嫌なことも経験できるのは生きているからだ」とか、「人生って素晴らしい」と思えるようになるというか。
- 池松 ままならなさを感じているとき……難しいなー。でも映画って、反逆的な側面が確実にあるんですよ。ままならないことって、要は圧力がかかっている状況ですよね。だから、昨日までの自分や、ままならない何かに反逆するということは、わりと映画の本質なんじゃないかと思います。「明日への逆転劇」みたいなことを、観ている人と共有しようというのが映画表現ですから。だからと言って、プライベートでは、個人的に何も対処法は持っていないですけどね。
- 蒼井 映画は俳優の私物ではないからね。ままならないことを映画でままなるようにしようと思ったら、私たちはたぶんプロデューサーや監督をやってるはず。だから、私たちの対処法は映画の中にはないというか、そこでは解決できないよね。
- 池松 現場でOKと言われても、「いや、ままなっていないんで、今のシーンもう一回やらしてください。俺の心がそう言ってるんで」とは言えないですしね(笑)。



- ——今日は、お二人がバイブルにしている本を教えていただきたいです。まずは、池松さんから。私物を持ってきていただきましたが、どの本もよく読み込まれている感じがします。
- 池松 僕のバイブルの中から、なんとなく蒼井さんに合いそうなものを持ってきたんですが、ラインを引いたりメモを書き込んでしまっていて貸せないので、自分で買ってください(笑)。まず、ヴィクトール・E・フランクルの『夜と霧』。アウシュヴィッツ強制収容所でのホロコーストを生き延びた人の実体験をまとめた超メジャーな作品ですけど、僕はこれより感動する本に出合ったことがありません。要は、人を愛しながら平和を祈るのも人間だし、人を殺すのも人間だという話です。
- 蒼井 読んでみます。
- 池松 あと、ぜひ時間があったら読んでほしいのが、『もの食う人びと』。辺見庸さんというジャーナリストの面白いおじさんがいるんですけど、この人が自分は怠けているから、世界のいろんなものを食って胃をいじめてやろうと旅をするという話です。
- 蒼井 どういうものを食べるの?
- 池松 現地の人たちが普段食べているものを食べさせてもらうので、ときに僕たちの日常的な価値観からすると、とんでもないと思うようなものを食ったりもするんですよ。僕は食の選択肢が多い国に生まれて、食べものに困ったこともないけれど、どうしたって、清く貧しくみたいな価値観にたびたび還ってきてしまう。読むと自分の原点に立ち返れるので、三年に一回くらい手にとりたくなる、バイブル的存在ですね。
- ——今日持ってきていただいた私物の『宮本から君へ』も、ボロボロになるほど読み込まれていますが、どんなきっかけで本作に出合ったんですか?
- 池松 僕は普段漫画とかは読まないんですけど、一か月のうちに、すごく信頼している二人から、「池松くんがやったほうがいい」と渡されたのがこの漫画だったんです。二人から言われたから読んでみようと読んだら、衝撃を受けて。それで当時のマネージャーに、彼は宮本っていう名前だったんですけど、「『宮本から君へ』って知ってる?」って聞いたら、タイムリーに主演の話が来てたんです。縁があるなと思いましたよね、さすがに。



- ——では蒼井さんは、どんな本を池松さんにおすすめしたいですか?
- 蒼井 アラスカに住んでいた、エッセイスト・星野道夫さんの本で『旅をする木』。昔から好きで何度も読んでいて、それこそ私のバイブルなんですが、彼は最終的に、熊の生態を取材しに行ったロシアのカムチャッカ半島で、熊に食べられて亡くなってしまうんです。でも、食物連鎖の一部になることは、彼の中では不思議なことではなかったんだなと。
- 池松 じゃあ、この本は誰かが完成させたんですか?
- 蒼井 これは、亡くなる前に書かれた本。物語なら、やっぱり今村夏子さんかな。
- 池松 前に僕、一冊おすすめされて読みましたよね。今村夏子さんの『星の子』。
- 蒼井 うん。私、今村夏子さんが大好きで。物語の動かし方がものすごい絶妙なんですよね。読者を驚かせながら、「いや、それはないでしょう」と思わせない、「人間ってそういうことしちゃうかも」というところのキワキワを攻めてくる。特に『あひる』という作品が好きで。これは読んだほうがいいよ、地味なんだけど、すごくいい。
- ——長く著書を読んでいるという星野道夫さんは、蒼井さんにとってのヒーローと言えます?
- 蒼井 私は星野さんご本人にお会いしたことがないから、星野さんのことは好きとも嫌いとも言えないんです。星野さんご本人というよりは、彼の一部である言葉が好きです。なぜ好きかと言ったら、自分の凝り固まった視点を広げてくれるから。そういう存在であることを知っているので、もちろん読み返すこともありますけど、読み返さなくてもその本のことを思い出すだけで、今どこかの海では鯨がジャンプしているなという、違う場所の出来事を豊かに想像できるようになった。だから、ものすごく感謝してます。
- ——最後に、蒼井さんが『宮本から君へ』の原作漫画を読んで、共感した部分があれば教えてください。
- 蒼井 男性が書いているのに、女性のキャラクターが女神化されていなくて、きちんと女なところ。物語の女性って、わりと「こういう彼女がほしいな」とか「こういう奥さんがほしいな」と幻想で書かれていることが多いと思うんですけど、靖子はきちんと二人の男の間で揺れ動いたり、いい女と駄目な女が同居していて、そのバランスがものすごく好きですね。あそこ、原作で靖子が泣いている宮本に「お前が泣いてどうするの」って言うところが好きだった。映画にもあるけど、あれはいい台詞だと思います。

INFORMATION
映画『宮本から君へ』
原作: 新井英樹 『宮本から君へ』 百万年書房/太田出版刊
監督:真利子哲也
脚本:真利子哲也、港岳彦
出演:池松壮亮 蒼井優 井浦新 一ノ瀬ワタル 柄本時生 星田英利 古舘寛治 ピエール瀧 佐藤二朗 松山ケンイチ
主題歌:宮本浩次『Do you remember?』(ユニバーサルシグマ)
レコーディングメンバー Vocal:宮本浩次、Guitar:横山健、Bass:Jun Gray、Drums:Jah-Rah
配給:スターサンズ、KADOKAWA
9月27日(金)全国公開
© 2019「宮本から君へ」製作委員会
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池松壮亮
Sosuke Ikematsu
1990年生まれ。福岡県出身。『ラストサムライ』(03)で映画デビュー。2014年に出演した『紙の月』、『愛の渦』、『ぼくたちの家族』、『海を感じる時』で、第38回日本アカデミー賞新人俳優賞、第57回ブルーリボン賞助演男優賞を受賞。そのほかの主な出演作に『デスノート Light up the NEW world』(16)、『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』(17)、『万引き家族』、『君が君で君だ』、第33回高崎映画祭最優秀主演男優賞を受賞した『斬、』(18)、TVドラマ『MOZU』シリーズ(14)など。最新出演作に『町田くんの世界』、『WE ARE LITTLE ZOMBIES』、『よこがお』(19)などがある。
蒼井優
Yu Aoi
1985年生まれ。福岡県出身。『リリィ・シュシュのすべて』(01)のヒロイン役で映画デビュー。『花とアリス』(04)、『ニライカナイからの手紙』(05)、『フラガール』(06)などで主演を務め、『フラガール』では第30回日本アカデミー賞最優秀助演女優賞と新人俳優賞をはじめ、多くの賞を受賞。近年の主な映画出演作に、『オーバー・フェンス』、『アズミ・ハルコは行方不明』(16)、第41回日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞した『彼女がその名を知らない鳥たち』(17)、『斬、』(18)、『長いお別れ』(19)など。公開待機作に『ロマンスドール』(2020年1月24日公開)がある。
Photo: Asami Minami
Stylist: Hidenori Nohara(Sosuke Ikematsu),
Arisa Tabata(Yu Aoi)
Hair&Makeup: Fujiu Jimi(Sosuke Ikematsu),
Chie Ishikawa(Yu Aoi)
Text: Tomoko Ogawa Edit: Milli Kawaguchi
衣裳すべてDIOR(池松壮亮)