

高橋一生とタナダユキが、愛のかたちに共感した4冊。
嘘も秘密も忘却も、すべては愛のなかにある
美大を出て、ひょんなことからラブドール職人になった哲雄(高橋一生)と、彼が一目惚れして結婚した妻・園子(蒼井優)。1月24日(金)に公開となる映画『ロマンスドール』は、そんな二人の夫婦関係の変化を追う物語です。惹かれ合って結婚していながら、だんだん会話が減り、セックスレスになり、しかしあることをきっかけに再び歩み寄っていく……二人の間に横たわる“愛のかたち”が印象的な本作。そこで今回、高橋一生さんとタナダユキ監督には、愛のかたちに共感したお気に入りの本を紹介してもらいました。

- ——結婚後、徐々にコミュニケーションが減りスキンシップもなくなり、でもやっぱり相手が大切で、やり直したいと気持ちを入れ替える。本作では、そんな現実にもありそうな夫婦関係の変化が、とても繊細に描かれています。ラブシーンも全然生々しくなく、美しくて見入ってしまいました。
- 高橋一生(以下、高橋) ラブシーンの美しさは、タナダさんの手腕です。綺麗だけれどちゃんとリアルな世界観を、タナダさんの演出が生み出したんだと思います。
- タナダユキ(以下、タナダ) R指定の作品はこれまでもそこそこ撮ってきましたが、今回はとにかく美しく仕上げたかったんです。そのために、現場にいる全員が一丸となって“ファンタジーとリアルの境界線”を狙いました。たとえば、叙情的なBGMをあえて入れないのもそう。(高橋)一生くんからの「このシーンで、うしろから抱きしめるのはどうですか」という、具体的な提案を受け入れたりもしました。フィルムで撮っていたこともあって緊張しそうなところを、カメラを回す直前まで一生くんと(蒼井)優ちゃんが楽しそうに話してることに、精神的にも助けられました(笑)。
- 高橋 フィルム撮影は大変でした。ひととおり長回ししたあとに「(レンズ面に)ちょっとホコリが入っちゃってました」ということもありましたし(笑)。けれど仕上がった作品には、フィルムならではの質感がよく出ていて、苦労した甲斐があったなと思います。
- ——哲雄と園子はごく普通の人々だし、お互いが過激に感情を吐き出すようなシーンもありません。普通の夫婦の日常を演じるにあたって、気をつけたことはありますか?
- 高橋 なにも気をつけていません(笑)。というのも、台本が完成されているから、僕はただそれをお芝居にしていくだけだったんです。物語の世界で行われていることを、日常のなかに、けれどきちんとお芝居として落とし込む、ということだけ頑張りました。僕と優ちゃんが台本を読んで演じる世界と、タナダさんが監督として演出する世界と、ほかのスタッフの方々が考える世界が、それぞれ自然に交わっていくような感じでした。
- ——この映画のなかに、物語の筋は2つあって。まず「哲雄と園子が徐々にすれ違っていく筋」、それと「哲雄がラブドール職人として、新素材をつかった新作ドールを完成させようとする筋」です。別々に進んでいたその2本の筋が、ラストに向かうにつれて重なり合っていくのがユニークだなと感じました。
- 高橋 哲雄と園子の関係性においては、最終的にドールづくりがかすがいになってきます。ドールを間に入れることで「人を好きになるってこういうことだったよな」と思い出しながら、つながり直していくんです。

- ——終盤で、哲雄が新作ドールを無心でつくっている姿には、すごく真に迫ったものがありました。
- 高橋 あれは本当に僕が淡々とドールをつくっていて、それをひたすらタナダさんが撮っているという状況です。ちょうど2018年最後の撮影でした。真剣にドールをつくっていて、気づいたら仕事納めでした(笑)。
- タナダ カメラが回る前に、ちょっと制作作業の練習をするじゃないですか。でも一生くんは本当に器用だから、油断してるとどんどんドールができ上がっていっちゃうんです。私たちスタッフからしたら「ちょっとちょっと、待って!」という(笑)。
- ——さすが、高橋さんはものすごく器用でいらっしゃるんですね。そんな高橋さんのお芝居から、どんなことを感じましたか?
- タナダ とにかく完全に哲雄でした。スタッフ側の問題などでどれだけテイクを重ねたとしても、まったく同じ芝居がなかったんです。もちろん「まったく同じに演じてくれ」と言ったらできる俳優さんですが。集中を切らさず、毎テイク新鮮に演じてくれる。だから見ていて本当に面白いんです。そんなある日「いまのすごくよかった」と伝えたら、ホッとしているのが伝わってきて……私はこれまで高橋一生という俳優はいつも100点で、一切迷いなく芝居ができる人だと思っていたから、こちらの感想でそんなに安心してくれるのはちょっと意外でした。だからそれ以降は、ちゃんと伝えるようにしました(笑)。
- ——伝えること、大事ですね。本作では、夫婦間のささいな嘘や秘密が、いつしか雪だるま式に大きくなり、そのせいで夫婦関係にヒビが入ってしまいます。
- タナダ そんなに大きな嘘や秘密じゃないし、お互いがよかれと思って小さな隠しごとをしている、くらいなんですけど……宣伝のためのキャッチコピーとしては「嘘」「秘密」というワードが案外大きく扱われていますよね(笑)。でもそれがとっかかりになって多くの方に観ていただけたらいいな、と思います。
- 高橋 物語のなかでは、とても静かに嘘や秘密が流れてくる印象です。『ロマンスドール』という日常的な世界に、ぽんと置かれている嘘や秘密。そしてそこを通り過ぎていく二人……というような感じを味わってもらえると思います。
- ——嘘や秘密を通り過ぎていく二人、ですか。そういえば終盤での、園子の「思い出さなくてもいいこともあるのかも。覚えてるばっかりじゃ悲しいこともあるもの」という台詞も印象的でした。
- 高橋 実際に僕らの人生で嘘が発覚したり事件が起きたりして、ひどい悲しみを味わったとしても、時間は止まらずどんどん流れていくわけです。たとえば大きな失恋をした次の日や、大切な人が死んだ次の日であっても、仕事に行かなければならない。悲しみもいつか、多かれ少なかれ忘れるときがくる。何が起きても止まってはいられないという、誰もがいつか感じるであろうこの不思議な感覚は、この作品のなかに多く含まれているような気がします。



- ——『ロマンスドール』を観て、丹念に描かれた夫婦愛のゆくえから目を離せず、心をぐっとつかまれました。そこで今回は、お二人が“愛のかたち”にハッとしたり共感したりした、お気に入りの本を2冊ずつ選んでいただきました。
- タナダ 私の選書は、いわゆる恋愛ではない“愛のかたち”の2冊です。『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』は、イギリスで暮らしているライターのブレイディみかこさんが、中学生の息子さんの成長を綴ったエッセイ。みかこさんは息子さんのことをもちろん愛しているんだけど、ちゃんと一個人として尊重し、少し離れたところから見守っていらっしゃるんです。その距離感や愛情のかけ方が素敵だなと思って選びました。
- ——2019年に「Yahoo!ニュース|本屋大賞 ノンフィクション本大賞」を受賞するなど、大きく話題になった本ですよね。
- タナダ そうですね。読み進めるうちに、ヨーロッパでは差別などの問題が日本よりもとても身近で……13歳の男の子にとって、ここまで差別や偏見が身近で切実な問題としてすぐ隣にあるとは、ちょっとしたカルチャーショックも感じました。日本でも差別や偏見はあるけれど、その質が少し違うと言いますか。たとえばみかこさんの息子さんの周りには、移民の友だちと白人至上主義の友だちが両方いたりして、どうしても価値観が衝突する場面があるんです。でも、息子さんはそのなかでフェアな考え方を貫こうと彼なりにすごく努力していて、そのたくましい成長に希望も持てるんです。「若者の未来は暗い」なんて言われがちだけど、案外そうでもないかもな、と。
- ——もう1冊は漫画『夢中さ、きみに。』。男子高校生の日常をシュールに描いた作品です。
- タナダ Amazonで何度もおすすめ欄に表示されて、「そんなにすすめるなら……」と思って読んだら面白かったんです(笑)。オムニバス形式の学園漫画で、あるお話では男子高校生が同性の同級生のことを「かわいいな」と思うんですけど、別に恋愛というわけでもない。性別関係なく「なんかいいな」って思う気持ちを、非常にセンスよく切り取っているんです。いまLGBTQについていろいろと意見が交わされているけれど、愛を突き詰めていくともしかしたら、この漫画に描かれているような“カテゴライズされるものではない感情”に行き着くんじゃないかなって思う。あと、江口寿史さんみたいな空気感の絵も好きですね。
- 高橋 確かに!とても近いかも……。読んでみようと思います。
- タナダ 80年代に江口さんが出てきたとき、時代の空気を感じたんですよ。子どもながらにカッコいいと思って。この和山やまさんの絵と空気感には、通ずるものがあるというか……でも、ちゃんと2019年の“いま”の空気をにじませているのがいい。恋とか愛とかって肩肘張るものじゃないし、かわいいものはかわいいんですよね。そういう自由で素直な気持ちを思い出させてもらえる作品です。




- ——続いて高橋さんは、小説と漫画を1冊ずつ選んでくださいました。小説『百花』は、認知症の母とその息子の物語です。
- 高橋 「忘れていく」「忘れられていく」という関係性について考えてしまう作品でした。生きることって、忘れることと密接にリンクしているんです。認知症の母よりも、ボケていない主人公のほうがじつは記憶違いをしていたりして。この本を読んで、人が死んでいくというのはどういうことなのかを、もう一度反芻しなおせた感じがあります。
- ——作者の川村元気さんは映画プロデューサーで、小説家でもある方です。高橋さんは、川村さんが原作を手掛けた映画『億男』でご一緒されていますね。
- 高橋 元気さんには以前、僕の祖母が亡くなったときの話をしたことがあるんです。祖母が病院で「どうしても焼きそばが食べたい」と言ったので、タッパーに入れて焼きそばを持っていったんです。亡くなったあとに病室を片付けていたら、そのタッパーが出てきて、感情が爆発してしまいました。身近な人を亡くしたことはそれまでにも何度かあって、多少は慣れていたはずなんですが……祖母の肉体が消えること以上に、「あったかい焼きそばをこのタッパーで渡したな」という記憶の片鱗のほうが、悲しみを呼び起こした。『百花』の主人公も、一輪挿しの花や花火がきっかけになって、いろんな母との記憶を思い出していくんです。
- ——もう1冊は漫画『宝石の国』。これはどういう作品ですか?
- 高橋 個々に違う特性を持った「宝石」と、「月人(つきじん)」という両種族が闘う物語なんですが、散りばめられた言葉にドキッとさせられるんです。宝石たちには性別がないので恋愛する必要もないんですが、どこか恋愛みたいな関係は生じていて。たとえばブラックダイヤモンドが、ペアで一緒に動いていたダイヤモンドに対して、ぽろっと「別れてよかった。遠くにいるあなたは大事に見える」というようなことを言うんです。これって、真理だなぁ、と。近くにいると愛せなくなってしまうから離れてよかったという、ある意味ひとつの愛のかたちだと思いました。
- タナダ まだ連載が続いてる漫画なの?
- 高橋 続いていて、10巻が最新刊です。宝石たちの体は途中で割れたり、割れた部分に別の鉱物をくっつけて直したりして、見た目が変わっていきます。それと同時に、体の各部分にはそれぞれ記憶が詰まっているので、部分が欠けるたびにいろんなことを忘れていくんです。ある宝石は、割れた腕を別の鉱物で直したあと「あの人を大事に思っていたのに、なんで大事だったんだっけ?」と思うようになってしまう。これは『百花』にも、『ロマンスドール』にも、そもそも人間の愛とも通じる部分だと思うんですが……“忘れる切なさ”は、愛とすごく関わっている気がします。
- タナダ 面白そうだね、読んでみたい!
- 高橋 本当に大好きな作品です。ごめんなさい、時間いっぱい熱く語ってしまった!(笑)

INFORMATION
『ロマンスドール』
監督・脚本:タナダユキ
原作:タナダユキ『ロマンスドール』(角川文庫)
出演:高橋一生 蒼井優
浜野謙太 三浦透子 大倉孝ニ ピエール瀧
渡辺えり きたろう
配給:KADOKAWA
1月24日(金)全国ロードショー
©2019 「ロマンスドール」製作委員会
romancedoll.jp
高橋一生
Issey Takahashi
1980年生まれ、東京都出身。ドラマ・映画・舞台と幅広く活躍。2012年に舞台『4four』の演技において第67回文化庁芸術祭賞演劇部門新人賞、2018年にはエランドール賞新人賞、第31回日刊スポーツ映画大賞助演男優賞などを受賞。近年の主な出演作に、ドラマ『僕らは奇跡でできている』(18/KTV)、『みかづき』(19/NHK)、『東京独身男子』(19/EX)、『凪のお暇』(19/TBS)、映画『嘘を愛する女』(18)、『blank13』(18)、『空飛ぶタイヤ』(18)、『億男』(18)、『九月の恋と出会うまで』(19)、『引っ越し大名!』(19)などがある。現在、スナフキンの声をつとめるアニメ『ムーミン谷のなかまたち』(NHK BS4K)のシーズン2が放送中。2月より舞台『天保十二年のシェイクスピア』に出演する。
タナダユキ
Yuki Tanada
2001年、脚本・出演も兼ねた初監督作品『モル』で第23回PFFアワードグランプリおよびブリリアント賞を受賞。2004年、劇映画『月とチェリー』が英国映画協会の「21世紀の称賛に値する日本映画10本」に選出。2008年、脚本・監督を務めた『百万円と苦虫女』で日本映画監督協会新人賞を受賞。その後も映画『俺たちに明日はないッス』(08)、『ふがいない僕は空を見た』(12)、『四十九日のレシピ』(13)、『ロマンス』(15)、『お父さんと伊藤さん』(16)や、TVドラマ『蒼井優×4つの嘘 カムフラージュ』(08/WOWOW)、『週刊真木よう子』(08/テレビ東京)、『昭和元禄落語心中』(18/NHK総合)、配信ドラマ『東京女子図鑑』(16/Amazonプライム・ビデオ)、『夫のちんぽが入らない』(19/Netflix)など数々の話題作を世に放ってきた。
Photo: Ayumi Yamamoto
Stylist: Takanori Akiyama (Issey Takahashi)
Hair&Makeup: Mai Tanaka (MARVEE / Issey Takahashi)
Text: Sakura Sugawara Edit: Milli Kawaguchi
ニット¥25,000(ラッピンノット/HEMT PR TEL:03-6721-0882 東京都渋谷区神宮前2-31-8 FKビル3F)
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