麻木久仁子
曲名♪時代
タレントとしての30年。 隣にはいつもあの曲が。
快活で知的でユーモラス。麻木久仁子さんの印象を言葉にするなら、そうなるだろうか。そんな麻木さんの30年以上に及ぶタレント人生の節目節目には、いつもある歌が鳴り響いていたという。中島みゆきさんの「時代」だ。
「私、20代の頃は全然売れてなかったんですよ。大学の友人たちはバブル景気で内定をいくつももらって20代のうちからキャリアを築く一方、私だけお先真っ暗で。そんななか、番組の打ち上げかなんかでカラオケに行くと歌っていたのが『時代』でした。この暗いトンネルはどこまで続くんだろう、でもいつかいい時代が来るはずって言い聞かせながら……。売れないタレントの歌なんて誰も聴いちゃいないんですけど(笑)」
その後、30代に入ると仕事が軌道に乗り始めた。と同時に、結婚と出産も経験した。すると、「時代」はまた違った表情を帯びてきたそう。
「育児で忙しくてカラオケに行くチャンスは減りましたが、いつも心のどこかにこの曲があって、ごくまれに忘年会とかで行ったときにはやっぱり歌っていました。仕事と家庭の両立で悩んでいる自分を代弁してくれるような気がして。結果、夫とはすれ違って離婚したわけですけど。それから40代後半では、人間関係でいろいろあったり……。そうかと思えば、脳梗塞になって、もういいだろうと思ったら、今度は乳がんになって、50代に入ると更年期。今はもう精神的には落ち着きましたけど、そうすると人生を振り返るタイミングに入ってきて、『時代』がまた違って聴こえてくるんですよ。20代の頃は『この先どうなるんだろう?』と思っていたけど、〝この先〟があるとは信じていた。つまり、死ぬとは思ってなかった。でも、あれやこれやを経験した後だと、いつまで生きていられるかなんてわかりません。そういうときに聴くと、『でもまぁ、とにかく時代は回っていくよな。なるようにしかならないし、最期のときまで喜び悲しみを繰り返すよな。それでも最期の最期まで、明日はきっといい日になると思いながら終わっていけたら御の字だよな』と思えたりして。最近は私が夜遊びはしないと知っているから、カラオケにも誘われなくなっちゃったけど、子育ても終わったことだしまた行きたいですね。行ったらやっぱり『時代』を歌う気がします。でも、そのときは、ものすごくネガティブに歌っていた20代の頃とは違って、そういうポジティブな意味での諦念みたいなものを込めて歌えると思うんです。その気持ちの変化が、私のタレントとしての30年なのかな。30年もかかったし、もっと高尚なものを残す人生もあったのかもしれないけど、それはそれで悪くなかったです」
長い歳月をかけて〝人生のオハコ〟を育てる。これぞまさにカラオケの醍醐味といえるだろう。しかし、麻木さんのカラオケライフは、どうやら〝時代の先〟を行っているようだ。
「先日、久しぶりにカラオケに行ったんですよ。でも、歌ったわけじゃなくて。周りの友人たちが口をそろえて『バーフバリ』ってインド映画を勧めるからブルーレイを買ったら、『みんなで鑑賞しよう!』ということになって。それで私も寄稿している書評サイト『HONZ』のメンバー10人くらいで、渋谷の『パセラ』に観に行ったんです。『バーフバリ!バーフバリ!』って絶叫しながら観ましたよ(笑)。私の知らないうちに、カラオケってそんなこともできるようになっていたんだなって驚きました。これからは、そういう新時代のカラオケの楽しみ方にもチャレンジしていきたいです」
「時代」/作詞・作曲・歌=中島みゆき