デザイナー松下貴宏さんがパリのアトリエから届けるm’s braque(エムズブラック)という名のブランドをご存知だろうか。独自のパターンメイキングと高いカッティング技術に裏付けされた抜け感のあるスタイルに、ファッション通のファンが多い。
2001年秋冬コレクションで”BRAQUE(ブラック)”という名でデビュー。その後2007年春夏よりm’s braqueとしてコレクションを発表している。メインのコレクション以外にも2017年秋冬からm’s braque BIOLOGIQUE(エムズ ブラック ビオロジック)という完全オーガニック・天然繊維に特化したラインを立ち上げるなど、表現の幅を広げている。
2018年秋冬コレクションは、松下さんが昨年夏のバカンスで訪ねたというイスラエルで受けた衝撃をデザインに落とし込んだ。Tシャツに短パン姿の旅行者たちの周りを行き交うのは、真夏でも黒いハットに白いシャツ、黒いスーツで正装したユダヤ教信者たち。普段の生活でドレスコードを強いられることもなく、ハイブランドもストリートスタイル推し、ジーンズでどこでもいける世界から来たデザイナーは、規律を堅く守る人々の姿を見たときの、背筋が伸びるような、ドキッとした、その感覚をコレクションで表現した。そこにはパリや東京では忘れかけられている、規律を守る中で生まれるキリリとした静謐な美意識があったのだ。
コートの裏地などにヘブライ文字がデザインとしてあしらわれている。
一方、完全オーガニックのでは、日本最大のワインの産地山梨県産赤ワインの染料を使用。1点1点釜に入れ手染めするという、手間のかかる工程を経て製造されている。ジーンズなどすでに完成されたデザインのある定番アイテムは、あえてデザインに手を加えることはせず、素材や質感でm’s braqueらしさを出す。20代の時のザラついたエネルギッシュなデザインから、30代、40代と時間を経て、余計なエゴやわざとらしさを加えずとも、自分のスタイルを表現できるようになって来たと言う。シンプルな定番アイテムにm’s braqueらしさが光る。
デザイナー松下さんに話を聞いてみた。
–パリでデザイン、日本で生産を行う理由を教えてください。
パリに来たのはたまたま。縁があって今もそのまま住んでいるだけです。日本で生産を行うのは、細かい注文や特殊ミシンを使った縫製など、日本でしかできない技術があるから。
–パリの良さはなんですか?
特にパリに執着はないのですが、パリのよいところはボーッとできるところ。情報が入りすぎて来ないから、トレンドではなく、自分の作りたいと思うものを見失うことなく製作に集中することができます。
–自身のブランドをやる意味とは?
売れるものじゃなく、売りたいもの、これを作りたいんだというものを作るスタイルでどこまで表現できるかの挑戦。デザイナー側からファッションを提案すること。
–デザイナーの仕事とは?
面白いものを毎シーズン提供すること。
–インスピレーションの源は?
昔は特定の時代やファッションアイコンに影響を受けることもあったけれど、最近は全くファッションに関係のないところからインスピレーションを得ることの方が多いです。今気になっているのは建築。インスピレーションが湧かなくなったら旅へ出ます。
アイデアソースにもなるアートブックや写真集がずらりと並ぶ。
m’s braqueのアトリエにはいつも緑がいっぱい。
松下さんが着用しているのが2018年秋冬コレクションのチャイナジャケット。
ハーレムパンツやチャイナジャケットなど毎シーズン作っているブランドのキーアイテムはあるが、コレクション毎にガラリとイメージが変わるのもm’s braqueの特徴。「変わることはリスクがある。でもだからこそ楽しい」と、トレンドが目まぐるしく変わっていくこの社会で、その流れに飲まれることなく、時にリスクを取りつつじっくり自分の作りたいものを作る。そんな姿勢でものを作っている人がいる。そしてそんなリズムを受け入れるパリの包容力が、インタビューで語った「ボーッと出来るところ」なのだろう。日本の技術に松下さんにしかないエスプリが加わった、独自のm’s braqueの世界観。時代に左右されない上質な服を長く着たい、そんな方に手にとってみてもらいたい。
ホームページには2018年春夏コレクションが掲載されています。18春夏のコレクションは日本的要素を随所に表現。フランスに長く滞在したことで、逆に日本に新鮮さを感じるようになって来たという松下さん。秋冬コレクションとは異なる大胆な和のモチーフを取り入れたコレクションも興味深い。
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