誰もがいつの間にか好きになっている。ピンクのドレスをまとった中年女性の希望の星、お笑いコンビ、阿佐ヶ谷姉妹。彼女たちの飾らない暮らしがドラマに! 残り2話となった『阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし』を、ドラマもお笑いも大好きなライター・釣木文恵が振り返ります。
好きにならずにはいられない『阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし』は新しい幸せの形
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事務所総出で紡がれるドラマ
あるお笑い芸人の半生を描く物語──。といっても、下積みの苦労がことさら強調されるわけでもなければ、賞レースに命がけで挑む姿が描かれるわけでもない。ドラマ『阿佐ヶ谷姉妹ののほほんふたり暮らし』(NHK)で観られるのは、お笑いコンビ・阿佐ヶ谷姉妹の日々を綴った同名のエッセイを原作に、二人の女性が自分たちの幸せを求めて暮らす姿だ。
脚本は『バイプレイヤーズ』や『子供はわかってあげない』のふじきみつ彦。阿佐ヶ谷姉妹が所属する事務所・ASH&Dの看板であるシティボーイズのライブや「大竹まことゴールデンラジオ」にも携わった経験があり、同事務所のザ・ギースとも関係が深い。そんな彼だからこそ、阿佐ヶ谷姉妹の温度感をたいせつにしながら物語を紡ぐことができるのだろう。
語りはこちらも事務所の先輩であり、阿佐ヶ谷姉妹をテーマとした歌を作詞したこともあるきたろう。ザ・ギースが芸人仲間役で出演するほか、こちらも同じ事務所のラブレターズ塚本もお坊さん役で登場。事務所総出でこのドラマを支えているようすを見るだけで心あたたまる。
ノンフィクションなご近所との関係
ドラマでは姉のエリコを木村多江、妹のミホを安藤玉恵が演じているが、この二人が思った以上に本人に似ているのには驚かされる。特にエリコのしゃべり方や抑揚、声がたまに少しだけハスキーになるところ。ミホのマイペースな雰囲気と、不敵な笑み。本人たちを自然と好きになっていたように、ドラマの阿佐ヶ谷姉妹のことも1話からすっかり愛おしくなってしまった。
劇団の養成所で出会った二人は、一緒に暮らすことにし(1話)、最初はすこしズレていた息も次第に合ってきて(2話)、初期の頃やっていた歌ネタ以外の新たなネタを見つけてテレビに出演し(3話)、男女の幸せについて一旦考えもするけれど(4話)、事務所に所属し活躍をはじめる(5話)。
二人が暮らす家の大家さん(研ナオコ)、近所の中華料理屋の奥さん(いしのようこ)ら、阿佐ヶ谷の人々は総出で彼女たちを応援する。原作を読めばわかるけれど、まるで昭和のドラマのような、21世紀の今となってはファンタジーのようにさえ思える二人を囲むあたたかい大家さんやご近所さんとの交流は、決してフィクションではない。
たしか2016年のこと、阿佐ヶ谷姉妹の初単独ライブが彼女たちの地元阿佐ヶ谷のお隣、座・高円寺で開催された。私もはりきってチケットをとって観に行った。歌と笑いに満ち溢れたステージのエンディングで、エリコさんが感謝を述べている最中に泣き始めた。客席に大家さんとおせんべい屋さんを見つけたのだという。その横で慌てるでもなく笑って挨拶を代わり、場をまとめたミホさんのこともよく覚えている。本当に彼女たちは、周りの人に愛され、応援され、それを全身で受け止めながら一歩一歩進んできた人たちなのだ。その空気がドラマにも現れている。『のほほんふたり暮らし』は、かぎりなくノンフィクションに近いドラマなのだと思う。
二人が勝ち取ってきた自分たちの幸せ
ドラマの中で、二人は自分たちにとっての幸せを求め続けている。
一人でいるのが好きなミホが話す「お姉さんとだと二人でいても一人でいるような気分になれるのよ」(1話)という言葉。その後、のらりくらりとエリコの誘いをかわし続けていたミホはエリコと住むことになる。エリコがミホと一緒に暮らしたい理由は「私が楽しく暮らしたいから」(1話)だ。そして、幸せの形に迷うエリコに大家さんは言う。「幸せってのは人それぞれだからね」(4話)。
ドラマのオープニングでは必ず、きたろうによるナレーションが入る。「これは姉妹のふりをしたふふふな二人が阿佐ヶ谷の町でメガネを寄せ合い暮らす、それだけの、ただそれだけののほほんとしたお話です」。たしかに彼女たちはずっと、のほほんとしている。なかなか仕事がなくて困っているときも、忙しくなっても。5話では単独での仕事が増えてエリコが心を乱したりもするけれど、極力二人の仕事を増やすことで再びのほほんを獲得する。
阿佐ヶ谷姉妹は、新しい幸せの形の体現者だと思う。本人たちはそんな大仰なことは考えてもいないだろうし、こんなふうに言われることを好まないかもしれない。けれどときどきまわりの幸せと自分の幸せを比べそうになる自分は、彼女たちの存在に勇気づけられる。
劇団時代の友人がつぶやく「私も私にとってのエリコやミホに出会えてたら人生違ってたかもなって二人見てると思っちゃうもん」(2話)という言葉には頷かざるを得ない。数年前、大喜利ライブで出た「1995年の自分にメッセージを」という内容のお題にエリコさんは答えた。「ミスドで一緒にお茶してるオカッパ女を手放すな!」。
同居こそ解消したけれど、今も同じ阿佐ヶ谷のアパートで隣同士で暮らす二人。彼女たちは努めて、のほほんを守り抜いている。エリコさんが「オカッパ女」を手放さなかったから今がある。そうやってブレることなく果敢に勝ち取ってきた幸せの姿を見せてくれる。きっと自ら言葉にして語ることはないであろうその強さを、ドラマを通じて私たちは受け取ることができるのだ。
脚本: ふじきみつ彦
演出: 塚津田温子、新田真三、佐藤譲
出演: 木村多江 安藤玉恵 他
原作:『阿佐ヶ谷姉妹の のほほんふたり暮らし』阿佐ヶ谷姉妹/幻冬舎
放送: 毎週月曜午後10時25分~、再放送土曜午前0時20分~
主題歌:阿佐ヶ谷姉妹「Neighborhood Story」
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![Writer 釣木文恵](/_next/image?url=https%3A%2F%2Fapi.ginzamag.com%2Fwp-content%2Fuploads%2F2021%2F05%2Fc6cb8d9df137fb800d9d2c29204567ca.jpg&w=3840&q=75)
Writer 釣木文恵
ライター。名古屋出身。演劇、お笑いなどを中心にインタビューやレビューを執筆。
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![Illustrator まつもとりえこ](/_next/image?url=https%3A%2F%2Fapi.ginzamag.com%2Fwp-content%2Fuploads%2F2021%2F05%2Ff125378b33c59000931be382037d272c.jpg&w=3840&q=75)
Illustrator まつもとりえこ
イラストレーター。『朝日新聞telling,』『QJWeb』などでドラマ、バラエティなどテレビ番組のイラストレビューを執筆。趣味はお笑いライブに行くこと(年間100本ほど)。金沢市出身、東京在住。
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