クォーター・ライフ・クライシス。それは、人生の4分の1を過ぎた20代後半〜30代前半のころに訪れがちな、幸福の低迷期を表す言葉だ。28歳の家入レオさんもそれを実感し、揺らいでいる。「自分をごまかさないで、正直に生きたい」家入さん自身が今感じる心の内面を丁寧にすくった連載エッセイ。前回は、vol.94 カレーと蜂蜜色。ニューアルバムについてのインタビューはこちら。
家入レオ「言葉は目に見えないファッション」vol.95
広島の夜
vol.95 広島の夜
10月からはじまった全国ツアー。土日はライブ、平日は楽曲制作にテレビ収録に打ち合わせと充実していた秋だった。先のことを考えすぎると積み上がったTo Do Listにさぁ一体どこから手を付けましょうか、とため息が出そうになるけれど。ちゃんと今日1日、目の前の事に集中して生活しているといつの間にかTo Do Listが整理され、ノートに記したそれに横線が入っていく。一気に片付けようとせず、少しずつ取り組んでいくことの大事さを感じるのだけど。改めて、その感覚を磨いていこうと思ったのは、香川、広島公演と2日続けてのライブが終わった夜だった。その日は宿泊だったので、現地イベンターの方とスタッフがいる打ち上げに顔を出した。
「早くセーター着たい」「ダウンは今年ずっとクローゼットにお留守番?」と、11月とは思えぬ会話に倣うように、2軒目から合流したその打ち上げは店先のテラスで行われていた。ワインのボトルが既に空いている。肌に触れた風がまだ湿り気を残したので、冬はまだ遠い気がした。何を飲むか尋ねられ「まだ歌唱続くので私は炭酸水で」と伝えると穏やかな瞳で深い頷きが返ってくる。グラスとグラスが交わされる乾杯の音が夜に包み込まれていく。普段バックステージや会場、リハスタジオでしか顔を合わせない人たちのはじめて見る表情。アルコールが手伝って、ほんの少し垣間見えたりするその方の過去や感覚が面白い。夜が深くなればなるほど、話すそれは音楽のことになる。より良いライブにするためには?お客さんに喜んでもらうためには?色んな角度からの意見に頷きながら、自分に問いながら、言葉を選んでいると。隣に座って赤ワインを飲んでいたスタッフが「でも、ひとつひとつだから。人って急には変われないから。急激に変われてもそれって張りぼてに近いものになっちゃう。誠心誠意やりながら、少しずつ変わっていくものが本当なんじゃないかな」って私を諭すでもなく、ぽつんと言ってくださったのがすごく心に響いてきて少し泣きそうになった。早く、早く、じゃなくって。私はこのツアーに来てくれた1人1人の方を心に十分すぎるくらいに焼き付けて、そして次に進んでいきたい。残りの公演もあなたと私、である空間を精一杯作っていきたいと思った。
Text:Leo Ieiri Illustration:chii yasui